帝国議会 ①
― ロンディウム市街 中央区 国会議事堂 ―
皇女がロンディウムに帰還した翌日の午後、国会議事堂には全ての議員が詰めかけていた。この後の議会で火の国への遠征の採否を決定するためである。
ゴシック様式の壮麗な国会議事堂は、これまで長きに亘って帝国議会が運営されて来た由緒ある建物だ。議場は貴族院と庶民院に分かれており、議会における優位は貴族院にある。赤色のベンチが並ぶ貴族院にて、今まさに議会が開始されようとしていた。
黒のスーツ姿のルーファスは、二階の傍聴席に座り議場の様子を眺めていた。ルーファスが見下ろす一階の正面には議長、右側には主戦派の議員、左側には反戦派の議員が席に着いていた。双方の派閥の最前列には、今回の演説を行う帝国宰相と、ルーファスの上官であるアルメリアが座っている。
ルーファスは議長席の後方に目を向け、思わずため息を吐く。
(本当に出席されるとは……。)
議長席の後方、王座の前に特別に設けられた座席には、シャルナ皇女が着席していた。深い青色のアフタヌーンドレスと、金剛石のあしらわれたティアラを身に付けたシャルナは強い存在感を放っていた。
帝室に属するシャルナは投票権を持たないが、演説によって議会に関与することができる。間違いなくこの議会における主役の一人だった。
「これより議事を開始します。議題は、火の国エフレインへの遠征の採否。宰相閣下、工部省長官、そして皇女殿下の演説の後、表決を取ります。」
議事の進行を務める貴族院の議長が口を開く。議長の経験が長い彼は、貴族院に無くてはならない存在として議員たちの信頼を得ていた。
「帝国宰相、ジェローム・アバディーン」
アバディーンが起立し、中央にある論壇の前に立った。初老のアバディーンは、これまで帝国が勢力を急拡大する中、混乱する国内を上手く収めてきた。その功績から堅実な政治家として知られているが、それは専ら内政に関してのことである。
ミスガイス等の諸外国に対する戦略の立案は帝室と帝国軍に依存しているため、外交の手腕を不安視する者もいた。
議場が沈黙に包まれる中、アバディーンが手元の書類を見ながらゆっくりと話し始める。
「帝国政府は、今回の遠征に向けて周到に準備をして来ました。動員する兵力は軍艦三十隻。周辺の港から徴発する船舶を含めると五十隻の見込み。これは、エフレインとハイドレシアの兵力を合計した三十五隻を上回る数です。」
アバディーンの話し方は、政治家の演説というよりも官僚の答弁を思わせる淡々としたものだった。
「そして戦局を左右する魔女の数も帝国が上回っています。帝国が擁する魔女部隊『雷花』の六名に対し、敵の魔女は五名。更に、帝国軍が誇る『鴉の魔女』に相当する魔女はいないと聞きます。」
目の前にいるアルメリアを気にする素振りも見せず、アバディーンが続ける。
「『鴉の魔女』はその力を取り戻しました。今回の遠征でも、必ずや軍功をあげるでしょう。」
周囲の議員がはっとした表情でアルメリアに視線を向ける。雷の魔女は、宰相に向けていた視線を落とした。
「帝国領から徴集した準帝国軍人の練度も申し分ない。動力を風に頼らない『電気船』の操縦にも彼らの力が大いに役立つはずです。」
幾人かの議員が肩透かしを食らったような表情で顔を見合わせる。アバディーンの演説内容は、まるで帝国軍が作成した報告書を読み上げているようにしか思えなくなっていた。
(アバディーンが演説下手なのは本当だったみたいだな。)
ルーファスは軽蔑を宿した視線を宰相に向ける。その視線には、平然とアルメリアに喧嘩を売ったことへの苛立ちも含まれていた。
「遠征の目的はヒブラルタル海峡の制圧。ここを抑えれば帝国は西大陸への盤石な足掛かりを手に入れられます。そして帝国軍の士気は高く、いつでも出撃が可能です。必ずや帝国に勝利を齎すでしょう。……帝国に、ウォーデンの加護があらんことを。」
結びの言葉を述べたアバディーンが自席に戻る。演説の終了に気付いた議員たちがまばらに拍手を送るが、議場にはざわめきが残った。主戦派の議員ですら戸惑いを隠せない者がいる。
議事の形式を討論にしていれば、アバディーンは反戦派による追及の矢面に立たされただろう。主戦派が擁護することも困難だったに違いない。演説形式にした理由は明白だった。
「皆さん、静粛に。」
議長が声を張る。議場のざわめきは瞬時に収まった。
(相手が宰相だけであれば、もしかすると遠征を阻止できたかもしれないな。)
ルーファスが心の内で悪態を吐く。
遠征をするからには、必然的に帝国にも多くの死傷者が出る。初めて戦端を開く火と水の国が相手ではその影響は計り知れない。議員の中には子息を戦場に送り出す者もいる。
今回の演説では、帝国軍に属する彼らが命を懸けるだけの大義を話さなければならないが、アバディーンの演説にはそれが決定的に欠けていた。
「工部省長官、アルメリア・コーベット」
議長の呼びかけでアルメリアが起立し、論壇の前に立つ。黒のアフタヌーンドレスを着用した魔女に対し、主戦派の議員たちが忌々しそうな視線を送るが、アルメリアは表情を変えず静かに彼らを眺めた。
「まずは、この場に来られなかった三名の議員へ。彼らの魂に安らぎがあらんことを。」
アルメリアが暫しの間、目を瞑る。議場にいる多くの議員もそれに倣った。
「彼らは帝国に迫る危機を感じ取っていました。同じ志を持つ私には、彼らの遺志を継ぐ責任があります。」
声を張っている訳ではないが、静まり返った議場においてアルメリアの声はよく響いた。
「帝国に迫る危機、それは治安の悪化です。急速な領土の拡大に、人々の生活が追い付いていません。帝国領で家や仕事を無くした人々は移民となって帝都になだれ込んでいます。
石炭の採掘や工場での生産といった無くてはならない仕事の多くを担っているのは、親を失った移民の子供たちです。彼らは著しく健康を損ねながら日銭を稼いでいます。
代わりに仕事を失っているのは帝国民です。更に路上で生活をする彼らに付け込んで、凶悪な犯罪を引き起こす者たちも現れています。……これは果たして、我々が目指す国の姿なのでしょうか。」
アルメリアの問いに対し、主戦派の議員たちが視線を逸らす。宰相を含め、彼らは雷の魔女を直視することができなかった。帝国の危機は当然理解しているが、有効な手を打てていないのが現状である。
彼らは決して認めようとしないが、閉塞した事態を打開するために戦争での勝利に縋ろうとしているのだ。
「私は帝国の拡大と繁栄を否定している訳ではありません。ですが、今は足元を固めなければ……。行き過ぎた戦線の拡大は、却って他国に付け入る隙を与えます。
今採るべき道は、他国との経済圏の拡大です。火の国と途絶しかけている貿易を再開するのです。我が国の機械設備と労働者は、火の国の生活を豊かにするでしょう。自ら経済を縮小する道を歩んでいる場合ではありません。」
アルメリアが議場を見渡しながら、はっきりとした口調で告げる。
「皆さま、どうか考え直して下さい。帝国の行く末に責任を持つ議員として、そして子供たちの将来に責任を持つ一人の親として……。帝国に、ウォーデンの加護があらんことを。」
フェリシアがアルメリアの娘であることは、この議場にいる全員が知っている。アルメリアの最後の言葉に思わず涙ぐむ議員もいた。
自席に戻るアルメリアに対し、反戦派の議員たちが大きな拍手を送る。主戦派もその半数程度が拍手を送っていた。
(俺たちができることは全てやった。後は皇女殿下を待つのみだな。)
傍聴席から一際大きな拍手を送るルーファスは、最後に控える主役に視線を向けた。




