帝国議会 ②
「シャルナ・アレクサンドラ・アデレード皇女殿下。」
議長が起立して振り返り、皇女に向かって恭しく頭を垂れる。シャルナがその場から立ち上がると、議場にいる全員が皇女の方へ身体を傾けた。千人に及ぶ人々が固唾を呑んで見つめる中、シャルナは背筋を伸ばし厳然とした表情で口を開いた。
「我が国は建国以来、絶えず周辺諸国の脅威に晒されて来た。その歴史を紐解けば数え切れぬ程の闘争を目にするだろう。では、その闘争に終止符は打たれたのか? いや、まだ打たれてなどいない。」
シャルナは言葉を切り、議員たちの表情を眺めやる。議場は静まり返り、皇女が発する次の言葉を待っていた。
「人は過ぎ去った恐怖を容易に忘れ去るものだ。十五年前を思い出してみるがよい。我が国に鴉の魔女も、魔女部隊も、今のような生産設備も無かった時だ。
我が国は帝国ですらなく、東大陸の脅威に怯える小さな島国だった。ミスガイスを筆頭に東大陸で繰り広げられていた覇権争いを、舞台の袖で見ていることしかできない程に。自国の行く末を他国に委ねることがどれだけ恐ろしいか、私は思い返すたびに寒気を覚える。
それでも我が国は、東の敵からの脅威を奴らの海岸線より内側に封じ込めた。では西の敵はどうか? まだ我々は何も手を打っていない。
この数年で、我々は技術の進歩が如何に早いかを目の当たりにした。電気船を発明して以来、ロンディウムからエスケンドリアまでの航行日数は一月から一週間に短縮された。驚くべき進歩だ。そして、電気船には更なる改良の余地が残されている。
我が国が電気船を創るのならば、西の敵もいずれ同様の船を創り出すだろう。そうなってからでは遅いのだ。西の敵からの脅威も奴らの海岸線から外に出してはならない。
今ならばまだ間に合う。我が国の戦力が、火の国を上回っている内はな。だが、五年後、十年後はどうなっている?
帝国の覇権は一時的なものに過ぎない。僅かな気の緩みが、これまで築き上げた地位を崩壊させる。過去の恐怖を忘れるな。我が国こそ最も恐ろしい国であることを示すのだ。」
議員たちは身じろぎ一つしない。今まさに歴史が大きく動く、その瞬間に立ち会っていることを全員が実感していた。彼らの表情の変化を見て取ったシャルナは僅かに口角を上げる。
「火の国全土を支配下に置くのは先の話だ。アバディーンが言った通り、遠征の目的はヒブラルタル海峡の制圧。ここを抑えれば火の国は船を出せなくなる。
そしてコーベットが言った通り、帝国領からの移民によって我が国は少なからず影響を受けている。しかし、それはもうすぐ杞憂となる。確かに、ミスガイスを攻略した直後、我が国はなだれ込む移民の対処に追われた。
だが、今やミスガイスの治安は帝都よりも良いくらいだ。毎日続いていた暴動も、雇用の回復と共に鳴りを潜めた。移民が帝国領へ帰還するのは時間の問題だ。
これからも帝国領は拡大を続ける。内政に問題が生じるのは当然だろう。だが私が統治する限り、あらゆる問題は須らく解決へと向かう。」
皇女は宰相と雷の魔女に向けていた視線を正面へと戻す。
「我々はずっと敵の脅威に怯えてきた。これが子や孫の時代まで引き継がれるなど、あってはならない。私の代で終止符を打つ。もう、眠れぬ夜を過ごす必要は無くなるのだ。だからこそ、火の国への遠征は今こそ決断しなければならない。」
議場が熱気に包まれていた。皇女の演説を聴く者たちは皆、最後の言葉を今か今かと待っていた。
「帝国に、ウォーデンの加護があらんことを。」
演説の終了と同時に、居並ぶ議員たちの殆どが起立し、口々に叫んだ。
「帝国万歳!」
「シャルナ皇女殿下万歳!」
議場を揺るがす程の拍手を受けながら、シャルナは満足げな表情で席に付いた。
(流石は皇女殿下だ。この場の空気を主戦派一色に変えてしまわれた。)
形だけは拍手をしながらも、ルーファスの心の内は平静ではいられなかった。
(もう戦争は避けられない。)
「皆さん、静粛に!」
議長が声を張るが、万雷の拍手は暫く止みそうになかった。この後の表決は、議長からの呼びかけに対する各議員の返答で判断される。しかし、表決など取らずとも遠征の採否は明らかであった。




