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ホワイトアウト・シティ  作者: 芦田直人(あしだ)
第8章 ホワイトアウト
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3 規格外品(その2)

「どうしても話したそうだから、聞いてやってもいいぞ」

「ずいぶんと偉そうな物言いだね。……そもそもアシュレー、あなたは〈追跡者〉なのだから、僕が何者なのかをそれなりに知っているんじゃないの?」

「お前の事は、カモフラージュのために外見を自由に変化させられる、としか資料には記述がなかった。多少の変装という程度だと思っていたのだが……確かに、どういう生き物なのだ、お前は」

「見ての通りさ。イゼルキュロスにせよ、アイボリーにせよ、普段は人のままの外見をしていて、いざ戦う場になると本来の戦闘形態になる。……君と一緒にいたあの〈シミュラークル〉も運用上は、時には兵士として軍隊組織に順応するために人と同じ特質が求められ……その一方では、実際の戦闘の場で、人並み外れた戦闘能力が要求されるわけだ。一見相反する要件を満たすために、彼女らには形質変化の能力がもたらされていた」

 その形質変化を突き詰めていくと、サラエサラス自身の能力や、イゼルキュロスの現状に行き着く、という風に言いたいのだろう。

「だが……そうならそうと、何故資料に書いてなかったのだろう? お前は本当に、〈サラエサラス〉として、そういう風に開発された攻性生物だったのか? それとも、何かの手違いで生まれてきた、本当の意味でイレギュラーな生き物だったのか?」

「名前は、必要だからそう名乗っているだけのことさ。おい、とか、お前、とか、そんな風に呼ばれるのは御免だもの」

「……」

「そういう意味では、最初に〈喰った〉獲物の選択が良かったのだろうね。偽装を得意とするなんて、僕の形質そのものと言えたし、サラエサラスっていう名前の響きも気に入ったし」

「それじゃ、元々の〈サラエサラス〉ってのは……」

 ノイエが恐る恐る問うたのに、サラエサラスはにんまりとした。

「別に、びっくりする事もないでしょ。君だって、〈イゼルキュロス〉に喰われたんだから」

 その言葉にノイエは愕然とした。少年の身に起きた普通ではない変化についての言及としてはおおよそ一番ショッキングな表現と言えたし、隠しおおせる事ではないとは言えイゼルキュロスの存在をすでに知られていた事も、少年を警戒させた。

 そんな諸々の内心の動揺を察知したのか、サラエサラスがにんまりする。

「やっぱり、そういう事なんだ? ……いやね、〈ライナ〉が、そうじゃないかと言うのでね」

 サラエサラスがそう言った瞬間、彼らの頭上すぐをかすめるようにメアリーアンが上空を通り過ぎていき、そのあとを巨大な翼のサラエサラスが追っていくのが見えた。それが通り過ぎていく一瞬、何かを体内から吐き出したのだった。

「――!」

 ノイエは自分の頭上に落下してくるそれを、右手を伸ばしてとっさに受け止める。

 吐き出されてきたのは……錆びた金属パイプだった。傍らにいた小さなサラエサラスが、ほくそ笑む。

「……どう? 見覚えがあるでしょ?」

 そう、それは幼いライナを串刺しにした例の金属パイプだった。それを見て、ノイエは愕然とした。

 それがサラエサラスの体内から出てきたという事は、アイボリー同様にライナの亡骸もまた、彼に取り込まれてしまったとでもいうのだろうか。

「亡骸を晒しておくのも可哀想だろう? あの子も、アイボリーも、僕の血肉になっている。僕らは今ここで真に結束して、今度こそイゼルキュロスを……メアリーアンを葬り去る」

 あっちを仕留めたら、その次は君だからね……サラエサラスはノイエを睨み据えたまま、そう言い切ったのだった。

(そう簡単にはいかない)

 ノイエの声帯を借りて、イゼルキュロスがそうきっぱりと告げる。それを聞いて、何が満足なのかサラエサラスは大笑いをするのだった。

「いいだろう。どうせ手違いで生まれてきた者同士、せいぜい気が済むまで殺し合おうじゃないか」

 高笑いしながら、小さなサラエサラスはその形状を人間のそれから、上空を滑走する巨大な鳥と同じような、翼持つものに変容し、人々の目線までばさりと飛び上がる。

「アシュレー、それに兵隊ども、よく聞くがいいさ! お前達の目には、僕らは呪われた生き物に見えるかも知れない! だがどんな手違いであっても、僕らをこの世界に産み落としたのはお前達人間だ! 今更何もなかった事に出来ると思うなよ!」

 異様な光景は若い兵士たちを怯えさせるのに充分だった。彼らが無意識にじりじりと後ずさる中、アシュレー一人がその場に毅然と立ち……まるでサラエサラスを挑発するように言葉を吐く。

「今の話だと、お前が生まれた経緯が一番手違いらしい手違いのようだがな」

「うるさい!」

 叫んだ瞬間、小さなサラエサラスは身体全体を鋭い槍のような形状に変え、瞬時にアシュレーを襲った。

 アシュレーは真っ向からそれを睨み据えたまま動かなかった。回避すらしなかったのは彼の視界に、ノイエ――いや、イゼルキュロスが一歩踏み込んでそれを右手で払い落とそうとするのが見えたからだったが。

 あさっての方向に転がっていく小さなサラエサラスに、イゼルキュロスが言う。

(まさに、その通りね。少なくとも私やアイボリーやライナや、元々のサラエサラスは……最終的に廃棄される事になったとはいえ、試作実験体として意図されて作られた攻性生物だった。でもあなたは、そうじゃない)

「ああ、そうとも」

 槍のような細長いかたまりから、元のミニュチュア人形に戻りながら、サラエサラスは言う。

「どうせ僕は、君ら攻性生物にも劣る、実験室の片隅で生まれたただの細胞片さ! それがどうした!」

 サラエサラスが、吐き捨てるように言った。

 ――研究室の片隅で偶然に作り出されてしまった「思考する細胞」。増殖していくに合わせ、細胞群は自我に目覚め、思考能力、判断能力を備え持ち、やがてヒト並みの知性に目覚め……そして攻性生物「サラエサラス」をおのれに取り込み、逃亡試作体に紛れ込む事で、そのまま世に解き放たれてしまった。

 イゼルキュロスやアイボリーのように、元々人に似ることを期待されて作られたわけですらないのだ。元々人間ではないから、人間的な倫理観にまったく共感を覚えない、人々の理解の範疇を超えた異形の怪物。

 その怪物に、イゼルキュロスは告げる。

(どうせ私も呪われた生き物。あなたを否定はしない。……ただ、弱い者は淘汰されていく、あなたに言わせればそういう事なのでしょう? ここでふざけて喋っている暇があるなら、あなたが目の敵にする私やメアリーアンを、まずは片付けてしまったらどう? その言葉通り邪魔するものを皆殺しにして、あなたの優位性を、生存の正当性を現実に示してみてはどうなの?)

 それは、明白な挑発だった。

 小さなサラエサラスはそれ以上何も言わなかった。無形化し、ゴムボールのようにひとりでに弾んで、再度上空を通りがかった本体に自ら合流していく。

 メアリーアンを追い回していた巨大な翼は、そこで不意に地上へと降りていく。アシュレーたちを抹殺しにやってくるのか? いや、そうではない……。

 地上に降り立ったサラエサラスは、いったん無形化したかと思うと……それまで見せたことのない形質に変化を始めた。まずは青年の姿に、次にその下半身を地を駆ける獣のような強靱な四つ足に変貌させ……背中には大きく広がる翼、両手には何者をも引き裂く鋭利な爪――。

 そう、それはメアリーアンに打ち破られた、アイボリーに酷似した形態ではあった。だがサラエサラスはアイボリーよりも一回り以上も巨大な体躯でもって、メアリーアンの前に立ちはだかる。

 まるで、抵抗すら出来ずにメアリーアンに敗れ去ったアイボリーの、雪辱戦を挑もうとでもいうかのようだった。メアリーアンを挑発するような咆吼。メアリーアンはそれに答えるかのように、その場に降り立ち、まっすぐに相対する。

 サラエサラスの、金属的な不気味な咆吼が、絶望的にこだました。

 体躯の大きさでも圧倒的で、しかも彼には結局どのような攻撃も通じないのだ。メアリーアンは、勝ち目のない戦いに挑もうとしているかのようだった。

 だが……人々が不安げに成り行きを見守る中、イゼルキュロスだけが、このように呟くのだった。

(所詮、何かを真似することしか知らないというわけなのね)

 横で聞いていたアシュレーにも、口を貸したノイエ自身にも、彼女の余裕が一体どこから来るのか、不思議ですらあった。



(次話につづく)

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