3 規格外品(その1)
エッシャー大尉率いる部隊は、アシュレーらを連れ帰ってきた小隊と合流し、包囲の輪を狭めて廃墟の目抜き通りの奥深くまで展開していた。アシュレーは未だミハルの腕に腹部を貫かれたままの状態で、普通に考えて無理に引き抜けば多量の出血は免れなかっただろう。だが意識を取り戻した本人がどうしてもというので、エッシャー大尉は部下に指示して数人がかりでアシュレーからミハルを引き剥がした。
傷口からは当然のように滝のような出血があったが、そこはさすが〈不死人〉、傷はどれほどもしないうちにすぐに塞がっていく。それをまじまじと見やりながら、エッシャー大尉がうめくような声で言う。
「スレイトン先生のところからすぐに退院出来たのはそういう事だったんですね……」
「なんなら、もう少し気味悪がってもらってもいいんだぞ。そういうのには慣れている」
「そりゃもう、気味悪いですよ。充分に」
大尉はそう言って、防護マスク越しに乾いた笑いを漏らしたかと思うと、メアリーアンと、それに付き従うノイエの姿を差して問うた。
「……それで、あの子たちは一体何者なんです?」
「あの少女の方が、俺とミハルが追いかけていた試作被験体……の、コピーということになる。で、その実験体を屑鉄平原で拾ったのがもうひとりの少年ってわけだ」
「それがどうしたら、二人とも〈ブリザード〉の中で平気でいられるんですか。あなたのご同輩ということです?」
「さて。攻性生物の仕組みを科学的に解明するのは、俺の仕事じゃない」
アシュレーはそういって肩をすくめる。
「とにかく、あの二人は味方だ。迂闊に発砲しないように、兵士達に伝えてくれ」
迂闊に、と付け加えたのは、アシュレーの中でもメアリーアン=イゼルキュロスを真の意味で仲間と言い切ってよかったのかどうか、迷いがあったからなのだが、少なくともノイエ少年がいる以上、部隊を敵に回す事に進んで荷担するとも考えにくいので、信用していいのだと思うしかなかった。
ともあれ……とにもかくにも、彼らの前には共通の敵が、今まさに現れようとしていたのである。
そちらはまさに、異形の怪物としてそこに降り立とうとしていた。
翼を広げて舞い降りてくるのは、一羽の鳥だった。翼を広げた大きさがゆうに人の身長を越えている。そんな大型の鳥が、〈ブリザード〉の強風に煽られつつも、右へ、左へと揺られつつ、ゆっくりと滑空してくるのだった。
兵士達が銃を構えるが、無駄だ、とアシュレーが吐き捨てる。実際、恐怖に駆られて先走って引き金を引いてしまったものが一人二人いたが、命中してもしなくても、サラエサラスはなんら意に介する様子は見せなかった。
そのサラエサラスは、まっすぐに彼らの前に下りてくるかと思いきや、少し距離を置いて地面に降り立った。〈ブリザード〉の気流の関係か、と思ったが違う。
彼が着地したその足元に、かつてアイボリーだった残骸が散らばっていたのだ。
「何をするつもりだ……?」
アシュレーがまず思ったのは、死した仲間への弔いか、という事だった。攻性生物とはいえ、仲間の死に対してなんら感慨が無いわけでもないはずだ……そう思ったのだが、実際は違っていた。
サラエサラスはそこでいったん無形化すると――その変化の様子に、駐留部隊の兵士達からいっせいにどよめきが走ったのだが――そのままアイボリーの残骸の上に、のそのそと乗りかかったのである。
何かを咀嚼するように、蠕動運動を繰り返して……ややあって、彼がその場をあとにしてこちらに近づいてくる頃には、そこに散らばっていたはずのアイボリーの残骸がすっかり消え失せてしまっていたのだ。
「仲間を取り込んだというのか……?」
アシュレーが驚きのあまり口走る。実際どうだったかはともかく、感覚的にはそれに近い現象が起きたのだろうと納得するより他になかった。
事実、メアリーアンの眼前まで一気に距離を詰めたサラエサラスは、いきなり攻撃をせずに……いったんは距離を置いた位置に立ち止まって、ぶよぶよとした無形化状態から、いったんは人の姿に戻ってみせた。
面影はそのままだったが、もはや少年ではなくなっていた。十四、五の少年から、二十代くらいの青年の姿かたちになっていた。外見を自由気ままに変えられるにしても、その変化はやはり、アイボリーを取り込んだがゆえの変化だったに違いない。
「アシュレー、メアリーアン……みんな勢揃いしてるね。それにさっきの少年も」
サラエサラスは、ノイエを見てほくそ笑む。
「君からは、イゼルキュロスの匂いがする。……どうやら普通の人間ではなくなってしまったみたいだね。こういう連中と付き合っているから、そういう目に会うんだよ」
まるでノイエのことを知っているような口ぶりだった。もっとも、サラエサラスらはBEEを偵察に放って、グラン・ファクトリーの様子を見張らせたりもしていたようなので、少年の事も恐らくは周知していたのだろうが。
「駐留部隊の皆さんも、はじめまして。こんな〈ブリザード〉の日に、わざわざご苦労さんだね」
フフフ、とほくそ笑んだサラエサラスだが、兵士達はよりいっそう警戒を強めて、銃口を突きつける。
「まずは羽化したばかりのイゼルキュロスからだ。……どうせ他は雑魚だろうしね。君を倒せば、敵はいないも同然だ」
そんな青年の言葉に、メアリーアンは唇を固く結んだままの表情で、戸惑いもせずにすっと前に進み出た。最初から彼女自身、その覚悟は決まっていたというのか。
両者は黙り込んだまま、しばし睨み合っていた。
先ほどのアイボリーとの激突を見れば、両者の戦いがかなり派手なものになるのは容易に予測がついた。兵士達が二歩、三歩と引き下がって、アシュレーがそれに続いて、呆然と立ち尽くしたままのノイエ少年を無理矢理下がらせる。
メアリーアンとサラエサラスは、しばし微動だにしないまま、にらみ合いを続けていた。
それを見守るノイエに、アシュレーがこっそりと耳打ちする。
「少年、確かお前さんの連れがどこかで置き去りになっているとかいう話じゃなかったか」
「あ……フランチェスカですね」
早く救援を、と訴える少年の言葉をアシュレーがそのままエッシャー大尉に伝えると、こういう状況でも彼の指示は早かった。配下の兵士数名に声がけし、ノイエとアシュレーから大体の位置を聞き出すと、探索に向かうように命令を下したのだった。
「君も同行した方がいいんじゃないか?」
「いや、僕はここにいます」
「どうしてだ。顔を見せて、安心させてやればいいのに」
「今の僕を見ても、彼女は安心しないと思いますよ。……それに、メアリーアンを一人にしていくわけにもいかないし」
ノイエは寂しげに、そう言い放った。
兵士達が背後でもぞもぞと動いているところに、メアリーアンとサラエサラスはなおもじりじりとにらみ合いを続けている。
いつまでそのままなのか、と思った瞬間、先に動いたのはメアリーアンの方だった。
彼女の方には飛び道具のたぐいはない。その手の爪で、ただ引き裂くだけだ。
だが飛びかかった瞬間、サラエサラスはそれを予期していたのだろう、一瞬のうちに無形化したかと思うと、さっと分裂して左右に避ける。
水たまりから弾けたしずくのように、その場から離れていく二つのかたまりは、すぐさま見慣れた野犬の姿になって、それぞれに思い思いの方角に駆けてゆく。
メアリーアンはそのどちらも追いかけはしなかった。誘いには乗らず、逆に何もない方角へと駆けていく。
サラエサラスはそんなメアリーアンを追って、二匹とも転進する。彼女の誘いに、サラエサラスの方が乗った格好だ。
そんな彼らをさらに誘い出すように、メアリーアンは背中の羽根を広げて、ひらりと宙に待った。〈ブリザード〉の強風に煽られつつも、安定した飛行を見せる。
サラエサラスたちはその場でさらに二つに分離し、四体の鳥になって、やはり風にのって高く高く上昇していくのだった。
かと思うと、急にメアリーアンが失速し、急降下していく。ノイエたちがはらはらしながら見守っていると、彼女は降下しざまに、急上昇して追いかけてきたサラエサラスの一体に取り付き、これを真っ二つに引き裂いて、別々の方角へとちぎって捨てたのだった。
怒った他のサラエサラスたちが、やはり急降下して彼女を追いかけてくる。彼女はまるで乱気流に呑まれたかのような急激な動きで、不意に上昇に転じ――それも意図した動きだったのかも知れないが――サラエサラスらの突進をひらりとかわすのだった。
残った三体のサラエサラスは、空中でくっついて一体となり、大きな翼を広げてメアリーアンに躍りかかる。
今度はメアリーアンは避けなかった。真正面から組み合って、翼をひと思いにもぎ取ってしまったのだった。
戦闘力では、メアリーアンの方がサラエサラスを上回っているように見えた。だがサラエサラスは、身体の一部を欠損したところで再び無形化し、くっついて何度でも元の形に戻ってしまうのだ。メアリーアンがいくら相手を引き裂き、ちぎって投げても、なしのつぶてであった。
「何て奴だ。……一体、どういう仕組みなんだろう」
エッシャー大尉がぼそりと呟く。
すると……まるでその言葉に呼応するかのように、メアリーアンが投げ飛ばしたサラエサラスの欠片の一つが、不意に一同の目の前に落ちて、そこで静止した。
かと思うと……その欠片はミニチュアサイズの人形のようなサイズのまま、先の青年の姿形に変貌したのだった。
サイズが手のひら大である以外は、元々の人の姿と同じだった。
「……僕のことが、そんなに気になるのかい?」
そんな風に、気安く問いかけてくるのだった。
そもそもメアリーアンが必至で戦っているというのに、こんなところでよそ見をしているなんてふざけている、とノイエが憤慨しそうになったが、敢えておのが力を誇示するような態度に、不気味なものがあったのも事実だった。
アシュレーが一歩前に進み出て、敢えて促す。
「どうしても話したそうだから、聞いてやってもいいぞ」




