表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイトアウト・シティ  作者: 芦田直人(あしだ)
第8章 ホワイトアウト
41/46

2 シャットダウン

 メアリーアンを抱えたノイエ少年がサラエサラスに追われつつミサイルから離れていったのち、置き去りにされたアシュレーはミハルと合流すべく来た道を引き返した。

 元の地点に近づくにつれ、向こうから金属をこすり合わせるような、耳障りな音が響いてくる。アイボリーが何かを威嚇して咆哮をあげているのだ。果たして、ミハルは無事なのだろうか。

「あ、アシュレーさん!」

 広い交差点を曲がったところで、瓦礫に身を潜めていた例の伍長に呼び止められた。彼はもうひとり仲間の兵士とともに、その場に身を隠しながら遠巻きにアイボリーと〈強化機動服〉の取っ組み合いを見守っていた。

「目を離している間にとんでもない事になっているな。……あれを操縦しているのは、ミハルか?」 

 アシュレーの質問に誰かが答えるより前に、ついにアイボリーが強化服のアームを引きちぎる派手な破裂音が響いてきた。アイボリーはアームを投げ捨て、操縦席のハッチをこじ開けるべくかぎ爪をかける。

 一同がなすすべもなく見守っている中、乗っていたミハルはハッチの外に引きずり出され、乗員のいなくなった重機はアイボリーの手であさっての方角に軽々と放り投げられてしまった。

 その膂力で無理やり引きずり出されたミハルもまた、そのまま重機とは別の方角に投げ捨てられる。それ以上見ていられなくなったアシュレーと伍長らは、ミハルを回収すべく意を決して瓦礫から飛び出し、彼女の元に駆け寄った。その動きをアイボリーは見逃さなかった。その場にのこのこ現れた無粋な人間風情を蹴散らそうと身を転じたが、伍長と一緒に身を潜めていたもうひとりの兵士がその場から銃を連射し、伍長とアシュレーを援護する。ミハルに駆け寄る両者もまた、手にした銃を闇雲に撃ちまくりながら突撃した。

 ミハルも身を起こし、銃を抜くと狙いを定めてアイボリーを撃つ。ミハルの放った銃弾はアイボリーの身体にかろうじて残されていた、女性らしい乳房のような膨らみの間を射抜いたのだった。

 そこまでの一斉射が効いたとも思えなかったが、アイボリーは不意にバランスを崩し後方に仰け反る。

 アシュレーらが駆け寄ろうとしているのを認識しているのかいないのか、今度はミハルの方が猛然とアイボリーに突撃していくのだった。その右手が、鋭利な爪に変貌していた。それでどうにか異形の怪物に食い下がろうというのだった。

 だがそんなミハルを、アイボリーは遠方からあの長い触手をふるって、あっさりと払いのける。

「グゥ……ッ!」

 ミハルの身体が、軽々と宙を舞った。

 彼女もさすがに〈シミュラークル〉だ。普通の人間なら相当なダメージのはずだが、それでも彼女は立ち上がった。とは言え無傷とも言えず、このままいつまでも戦っていられるはずもなかった。

 彼女に追いついたアシュレーはアイボリーに真正面から向かいかかって、走りながら銃を構え、引き金を引く。

 彼の印象を言えば、過去に一度だけ相対した羽化後のイゼルキュロスよりもなお、アイボリーは強靱であるように思えた。体格がまるで違っていたし、四本の足はがっちりと地面を捉え、強化服との格闘にも耐えたように多少のことでは小揺るぎもしない。その上で別に二本の腕と触手とが巧みに攻撃を繰り出してくるのだ。接近戦ともなれば、生身の人間であればひとたまりもなかっただろう。

 アシュレーは牽制の銃撃を放ちながら、ひとたび立ち上がったものの再び片膝をついたミハルの元に向かった。

「大丈夫か、ミハル!」

「アシュレー、私の事は構わずに、〈メアリーアン〉を」

「彼女にはイゼルキュロスがついている。俺の出る幕じゃない。……それより、立てるか?」

「ご心配なく」

 そう言った彼女だが、衣服はあちこちアイボリーの爪で引き裂かれてずたずたにされている。アシュレーが思っていた以上に、彼女は劣勢を強いられていたのではあるまいか。

「もう充分だ。退け!」

 当然、アイボリーは彼らを追ってくるだろう。彼女の負傷はミハルとの戦いでつけられたものではなく、それ以前にどこかで負ってきた傷だ。手負いの獣ゆえに執念深く、簡単に獲物を諦めたりはしないだろう。この状態のアイボリーとサラエサラスとでメアリーアンを挟撃させるわけにはいかない。どうにかして彼女だけでも他へ誘導しないと。

 すぐ後方に伍長もおり、連れの兵士も例の瓦礫の影からこちらに援護射撃を続けている。とにかくそこまでは、と思いアシュレーは倒れたミハルを引き起こして、二人で全力疾走する。

「俺の足に合わせなくていい! 全力で走れ!」

「しかし!」

 ミハルが珍しく躊躇を見せた。アシュレーの命令は命令だが、同時にミハルにとっては彼はそもそもは護衛対象でもあるから、言われるがまま離れてしまうわけにはいかない。

 彼女が躊躇している間に、アイボリーが追いすがる。

 繰り出した触手の一撃がミハルを殴り飛ばし、彼女は再度彼方へと放り飛ばされてしまうのだった。

 アシュレーはその場で立ち止まる。ミハルの元へ向おうにも、目の前にアイボリーが立ちはだかっているのだ。

(アシュレー……もしかしたらあなたの事は殺さずに済むかもと思っていたのに」

「俺は〈不死人〉だぞ。そもそもそう簡単に殺せるものか」

(なら、試してあげるわ!)

 触手ではなく、二本の腕を彼女は高々と振り上げる。その爪で引き裂かれれば、いかなアシュレーといえどひとたまりもないだろう。

 アシュレーは無駄と知りつつ、銃を構えた。残弾もさほど無い今、まさに絶体絶命だった。

 だが、彼が引き金をひかないうちに、仁王立ちになったアイボリーの身体が銃弾によろめいた。

 振り返ってみれば、伍長らのさらに背後から、たった今駆けつけた駐留部隊の装甲車両が、その主砲をアイボリーに向けていた。

「アシュレーさん! 早く下がるんだ!」

「伍長!」

 兵士達が、入れ違いにアサルトライフルを闇雲に撃ち放ちながら突撃してくる。アシュレーは自身も銃を乱射しながら、一緒にミハルの元に向かうのだった。

「ミハル、無事か!」

 目立った破損は見受けられなかったが、さすがに何度も殴打され放り投げられて、無事というわけにはいかなかっただろう。よろよろと上体を起こしたものの、なかなか立ち上がれずにいた。

「しっかりしろ。増援が来てくれたようだ。一緒に退却しよう」

「駄目です……私から、離れてください」

「何を言っている!?」

「そうではありません。……今さっきの衝撃で〈バーサク・モード〉に障害が出て、敵味方の識別が正しくスキャン出来ていないのです。もしこのままあなたがたを味方だと認識できなければ、私は無差別攻撃を開始します……」

「ミハル!」

「〈バーサク・モード〉シャットダウン開始……エラー……キャンセル……システム完全閉鎖、実行開始……プロセス完了まで三十秒……二十九秒……それまで何とか持ちこたえて……」

「くそ……ここまで来たってのに、今更何なんだよ」

「……もし完全シャットダウンも不可能だった場合、私を破壊して止めてください。それしか方法はありません」

「しかし」

「破壊してください!」

 ミハルがそう叫んだ。アシュレーはやむなく、ここまで駆けつけてきた兵士達にその場から離れるように促す。旧式の〈シミュラークル〉の身に一体何が起きているのか、傍目にすぐ理解するのは難しかっただろうが、とにかくアシュレーは叫んだ。

「走れ!」

 無論、アイボリーもすぐそこまで迫っている。兵士達はライフルを乱射して、味方の退却を促す。

「アシュレーさん、あんたも早く!」

 伍長に促されて、アシュレーは一番最後にミハルの側から立ち上がった。

 〈バーサク・モード〉によって爛々と赤く光を放つミハルの目が、アシュレーの姿を捕捉した。

「……!」

 ミハルの繰り出した鋭い手刀が、次の瞬間、深々とアシュレーの腹部を貫いていた。

「ごふっ」

 わき腹に風穴を空けられ、アシュレーは口からもごぼりと血を吐いて、その場に膝をついた。

 もはやミハルの顔からは完全に表情らしい表情が消えていた。ただ機械的に、一番側にいた動くもの――つまりアシュレーに襲いかかり、これを倒しにかかったのだった。

 その時だった。

 アシュレーが見上げた上空から、何かが落ちてくるのが分かった。脇腹の痛みに意識は集中していたが、辛うじて見上げた視界を横切った何かを、その目で見極める。

「……イゼルキュロスか!」

 彼が呻いたとおり、次の瞬間、アシュレーとミハルのすぐ側に、いきなりノイエ少年が飛び下りてきたのだ。

 一体どんな高さから落ちてきたのか知らないが、深々と身を屈伸させ、多少よろめきながらもどうにかその場に着地する。

 少年はもはやメアリーアンの〈さなぎ〉を抱えてはいなかった。

 では、メアリーアンはどこへ行ったのか? その答えを、アシュレーは一拍のちにすぐ察知した。

 目の前のミハルの、さらにそのすぐ背後に、淡く光を透き通す六枚の羽根が見えた。

 無論、ミハルのものではない。ミハルの背後に立つ者の持ち物だ。

 ミハルはおのれの背後に誰かが立つことを察知し、すぐに振り返ろうとしたが、彼女の右腕はアシュレーの腹部に食い込んだままだった。アシュレー自身が両腕でがっちりと掴みかかったまま、離そうとしない。

 振り返る事もできないミハルに対して、メアリーアンは悠然とその一撃を繰り出す。すらりと伸びたたおやかな白い腕。その先端の指先が、やはり禍々しい刃物のように、鋭く光っていた。

 ひと思いに、ミハルは背中から胴体を差し貫かれた。

 ミハルの眼差しの光芒が一瞬だけ強く光ったかと思うと、そのまま赤い光が消えていく。正気に返ったわけではなく、その一撃で彼女の全機能は停止してしまったようだった。当たり所がよかったと言えばそれまでだが、生体部分や、小型のエネルギー・ジェネレータの部分は、硬い人工骨格で覆われているのだ。その上を強靱な人工筋肉で包んでいるはずだったのに、メアリーアンの一撃はそれをあっさりと貫いたというのか。

 〈バーサク・モード〉が暴走した時点で、ミハルが所持していたのは弾丸の尽きた拳銃一丁だけだった。ほかに銃火器のたぐいを所持していなかったのは幸いだった。仮にアサルトライフル一丁を携えていただけだったとしても、ここにいる友軍兵士があらかた射殺されていた可能性もあったのだ。そういう意味では、伍長達は胸を撫で下ろしてもよかったが……アシュレーは傷のことを抜きにしてもそういう気分にはなれなかった。

 機能停止したはずの彼女だが、その表情が一瞬だけ、それでいいのだ、と優しく微笑んでいるようにみえたのは、彼の思いこみに過ぎなかっただろうか。

 アシュレーはミハルの右腕に腹部を貫かれたまま、力無く崩れ落ちたミハルの残骸を抱き留めた。そのアシュレー自身もその場にがくりと膝をつき、二人の身体を伍長たちが担いで、そのまま退却していこうとする。

 だが……その一行の前に、威嚇するように翼を高々と広げた、アイボリーが立ちはだかっていた。

 いつの間にか回り込まれてしまっていた。ミハルが停止してしまった今、目の前の彼女を圧倒するだけの戦力は、アシュレーにも、駐留部隊の兵士にも無かった。しかも彼女は、兵士達を前に怯む素振りもなく、アシュレーと一緒にひとまとめになぎ倒そうとでもいうかのように、群衆の方ににじり寄ってくるのだった。

 兵士達が銃を構えたまま、じりじりと後ずさる。

 アシュレーもそうした方がいいのは分かっていたが、ミハルを抱きとめたままどうすることも出来ずに、呆然とするしかなかった。

 アイボリーが咆哮をあげ、今まさに襲いかかろうとした、その時。

 兵士達が構えたライフルの射線上に、メアリーアンが素早く回り込み、毅然と立ちはだかった。

 その姿はどこまでも神々しかった。白いスカートの裾をなびかせて、六枚の透き通った羽根を誇示するかのように広げた彼女は、まるで武器持って戦う男達を鼓舞し戦地へいざなうためにやってきた、戦いの女神か何かのようにすら見えたものだった……あるいは、死地へいざなう天使か。

 そしてその手には、鋭い鉤爪が。

 アイボリーの表情が喜悦に歪む。仇と狙った獲物に、ようやく巡り会えたのだ。

 お互いかわす言葉もなかった。象牙色の異相の怪物は、やはり異形の女神を獲物と見定め、無言のままに突進してくる。

 真正面から相対するメアリーアンに向かって、二本の醜い触手が伸びる。

 メアリーアンは避かなかった。その触手をはっしと掴まえてしまうと、逆に力任せにたぐり寄せる。

 アイボリーが、ぐらりとバランスを崩した、その一瞬。

 メアリーアンはかるく地面を蹴って、一気に間合いをつめる。アイボリーが繰り出す鉤爪の一撃を紙一重でかわし、彼女のすぐ懐にまで潜り込んで……おのが両の爪を、彼女の乳房の間――先ほどアシュレーが打ち抜いた、胸部の真ん中――に突き立てる。

 そのまま彼女の細腕が、アイボリーの体内に深々とめり込んでいく。象牙色の女は、信じられない、という表情で、おのが懐に潜り込んだ宿敵を見やっていた。

 どれほどの猶予が与えられることもない。アイボリーが何か反撃を試みるよりも先に、メアリーアンは二の腕までめり込んだ両手を、そのまま左右にこじ開ける。

 その端正な横顔が、憤怒の形相に歪むこともなかった。まるでアイボリーの身体がはじめから柔らかい粘土細工か何かで出来ていたかのように――無論それはライフルの一斉射を受けても小揺るぎもしなかった強靱な肉体だったのだが――ひと思いに、真っ二つに引き裂いてしまった。

「――!」

 信じられない光景だった。だが一番信じられなかったのはアイボリー自身だろう。メアリーアンの細腕が、物理的な法則のいくつかを無視したかのように、あっさりとアイボリー自身を引き裂いてしまう。上半身が縦に二つに引き裂かれ、右の肩口から腹部のあたりまでが、ばっくりと裂けてしまう。

 アイボリーは慌てて後退しようとしたが、メアリーアンはそうやって引き裂かれてしまった右の腕を無造作に掴みかかり、そのままひねり上げて、彼女の身体からちぎり取ってしまった。

 アイボリーの口から、全く言葉をなさない悲痛な叫びがもれる。まるで金属加工の工場から響いてくるような、まったく金属的で無機質な雑音だった。

 痛みにのたうち回る二本の触手が、闇雲にメアリーアンを襲う。彼女は二本の爪で、触手をあっさりと切り落としてしまう。

 禍々しい、呪われた長虫のような不気味な肉片が、ぼとりと地面に落ちる。落ちてもなおうねうねともがき続けるのが、なんともグロテスクだったが、もちろんそれらがそれ以上独立した意志でもってメアリーアンや他の何者かを襲ったりする事はなく、次第にその動きも停まった。

 大きく損傷を受けたアイボリーは、そのまま撤退を開始する。まだ地を駆ける四肢と空を羽ばたく翼が彼女には残されているのだ。

 だがメアリーアンは容赦しなかった。おのが羽根でふわりと宙をまい、彼女の背後に回ったかと思うと、左の翼を無情にもばっさりと切り落としてしまう。それを彼方に放り投げると、鋭利な爪をアイボリーの首に回して……そのまま切断したのか引きちぎったのか、なんとも言えない乱暴な所作で、彼女の首をねじ切ってしまったのだ。

 あれだけ復讐に燃えていたアイボリーだというのに、さなぎから孵ったばかりのメアリーアンには、何一つ出来なかった。

 首を失ったアイボリーの身体が、そのまま地面に崩れ落ちていく。サラエサラスのように無形化して別の何かに変身する事もなく、物言わぬ彼女はおのが骸をその場に晒すばかりだった。

 兵士達は、圧倒的な強さを見せつけたメアリーアンを、腰のひけた様子でただ呆然とみているしかなかった。アシュレーは傷のせいか一時的に意識を失っているようで、ノイエだけが、そんな彼女をじっと真正面から見据えていた。

 ノイエは振り返って、怯えきった兵士達に声をかける。

「彼女は味方だよ。少なくとも無闇に人を襲ったりはしない」

「そ、それはいいが、ぼうず。どうしてお前は〈ブリザード〉の中で平気でいられるんだ」

「それは……僕も、この人達の同類だから、かな?」

 伍長に向かって、ノイエは力なく笑う。

「それよりも、兵隊さんたち。早くアシュレーさんを安全なところに連れていかないと。もう一人無傷のままの敵が、もうすぐここに近づいてくる……らしいから」

 らしい、と言ったのはそれがノイエ自身ではなく、イゼルキュロスがもたらした情報からだったのだが。

 色々疑問は多かったが、ただでさえとんでもない化け物だったアイボリーを前に、まだ別の仲間が残っていると聞けば伍長たちも心中穏やかではいられなかった。アシュレーの負傷のこともあり、何はともあれ兵士達はアシュレーとミハルを担ぎ上げて、慌てて退却していく。

 メアリーアンはと言えば、〈ブリザード〉の結晶が舞い落ちてくる空の一点を、しかと見つめていた。

 そう、そこから今まさに、サラエサラスがやってこようとしていたのだ。



(次話につづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ