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ホワイトアウト・シティ  作者: 芦田直人(あしだ)
第7章 メアリーアン
36/46

2 彼女たちは

 そのイゼルキュロスの提案で、とにかくもメアリーアンをその場から運び出す事になった。

 地面の上にとても強固に固定されているように見えたが、衝撃を加えれば脆い材質のようだった。こんな状態のときに同じ攻性生物のような、破壊力のある外敵に遭遇してはひとたまりもなかっただろう。

(私の時は、こういう事態を想定してわざわざスーツケースを用意したんだけれどもね)

 イゼルキュロスは淡々と言う。実際に手を動かすのはノイエ少年とアシュレーで、手近に転がっていた瓦礫の破片などを手に、地面に張り付いているその外周部をこつこつと叩いて、少しずつ砕いていく。

 そんな風に手を動かしながら、一同はあらためてお互いに対し自己紹介をするのだった。

 男の名前はアシュレーで、連れの女性はミハル。彼らはそれぞれ〈不死人〉と〈シミュラークル〉であり、イゼルキュロスの追跡と、それ以外の試作実験体を追ってこの街で行方不明になった追跡者達の行方を調べるのが任務だという。

 ノイエもまた、自分の名前と、イゼルキュロスやメアリーアンに関わることになったいきさつを、かいつまんでアシュレーたちに説明するのだった。

「その話、大体サラエサラスたちに聞いた通りだな」

(あなたはあの連中と接触したの?)

「アイボリーから取引を持ちかけられた。手を組んでお前を倒し、その代わりに連中の事は目こぼしする、と。……結局、あっさり決裂しちまったけどな」

(それが、どうしてこじれたりなんかしたの?)

「お前は気にかけてもいないだろうがな。……クラウヴィッツの街でお前と一悶着あったあのとき、メアリーアンと約束したんだよ。俺が助ける、とな」

(そう言えば、そんな事を言っていたわね)

 話が見えてこない。ノイエは二人に割り込む形で質問する。

「アシュレーさんは、イゼルキュロスとはどういう関係なんですか?」

「関係というか、何というか……〈イゼルキュロス〉はそもそも戦科研――王立戦略科学研究所という、王都の研究機関から脱走した試作被験体だ。国際条約の改正で攻性生物のような生体兵器の開発や保有は大幅に制限がかけられ、いうなれば実質全面的に禁止ということになったからな。廃棄を怖れて、多くの実験体が王都を逃げ出したのさ。……で、俺はこいつの捕獲という任務を受けて、王都からずっと追いかけてきてたんだ」

「ミハルさんと二人で、ですか?」

「ミハルとはハイシティに来る直前のマゼラヴィルで合流した。その前は情報省の黒服の連中が一緒だったが、あいつらはクラウヴィッツの街で全滅させられてしまった。……イゼルキュロスにな」

 アシュレーは続ける。

「戦科研は攻性生物の研究の全貌を明らかにしたくなかったから、一体どれだけの数の試作被験体がいたのか、そのうち何体が逃亡したのか、詳しい情報が開示されていないんだ。……俺と同じような任務で動いている連中は他にもいただろうが、中にはそういう同業者がいることすら知らずに任務についているやつもいたんじゃないのかな。俺自身、逃げたのは一体や二体ではないのだろうと漠然と考えていただけで、詳しいデータを知っているわけじゃない」

「そういう意味では、私達のもう一つの任務は、確かにイレギュラーと言えますね」

 傍らのミハルがぽつりと言葉を差し挟む。

「情報省だって、消息を絶った追跡チームの足跡から、このハイシティに三体が潜伏しているらしいと漠然とあたりをつけているだけなんだろうな。俺たちを送り込んだところで、何か事態が進展すると本当に期待しているわけでもないんだろうが」

「……さっき言ってた、メアリーアンとの約束、ってのは何なんです?」

「気になるのか?」

 真っ直ぐに問い返されて、逆にノイエの方がしどろもどろになる。

「……ま、メアリーアンって言っても、ここでさなぎになっているメアリーアンと、俺が知っているメアリーアンは全然別人ってことになるんだけどな」

「今こうしながら訊くのもどうかと思うけど……その〈さなぎ〉とか〈羽化〉とかって、具体的にどういう事なんです?」

 ノイエは先ほどから疑問に思っていたことを素直に口にしたが、アシュレーはと言えば何か思い出したくもない事を思い出したように、憮然とした面持ちで答えた。代わりにイゼルキュロスが答えてくれるかと思ったが、アシュレーに聞こえない内心の声に少年が耳を傾けている風でも無かったので、やむなく彼が知っていることを話して聞かせるのだった。

「戦科研の生物兵器開発の方針は二本立てだ。一つは人間の兵士の代用品。俺のように戦死した兵士から〈不死人〉を作り出したり、ここにいるミハルのように攻性生物に人間に模した機械の身体を与えたり。〈兵士〉が人間にそっくりなら、人間の代わりに銃も撃てるし戦車にも乗れる。だがわざわざ作るのであれば、どうせなら一対一で人間の兵士を圧倒するだけの戦闘能力があるに越したことはない。……そこでもう一つのテーマだ。人間を性能で圧倒するのに、人間の姿かたちを敢えて守る必要があるのか、と」

「さなぎ、っていうことは、昆虫が、幼虫から成虫になるみたいに? ここにいるメアリーアンも、強くなるために、人間からそうじゃない何かに姿を変えようとしている、っていうこと?」

「そういう事だ」

 アシュレーは手を動かしつつ、淡々と説明する。

「こいつら攻性生物は、基本的にはヒトDNAをベースにつくられている。だが、ベースがそうだからと言ってその形質がヒトに近いとは限らない……能力だけじゃなくて、外見もな」

「……」

「俺がイゼルキュロスを追いかけていた最初のうちも、彼女はごく普通の人間にしか見えなかったものさ。だがやがて彼女は逃亡の旅の途上で羽化を果たし、本来想定されただけの戦闘能力に目覚めた。その後は〈メアリーアン〉と呼称される、人間の時の形状をコピーした存在と常に行動を共にし、自らはその異形を隠していたわけだが」

「今度はそのコピーであるメアリーアンの方が、イゼルキュロスと同じプロセスを辿って、攻性生物としての変化を遂げようとしている、と?」

「どうしてそうなるのか、それ以上は俺に訊かれても困るが」

 アシュレーは追跡者であって、攻性生物の開発者でも専門の学者でもない。そもそも遺伝子を操作して新たな生命を創造する技術は、この時代の人々が科学技術を発展させて独自に会得したものではなく、〈旧世紀〉の遺跡から復元された技術を、見よう見まねで真似ているだけなのだ。

 だから――イゼルキュロスやメアリーアンに今まさに起きている変化は、誰が想定していたわけでもなく、説明もつかない事なのかも知れなかった。

「まあ、昆虫めいているのも無理はないのかも知れない。元々攻性生物として最初に実用化されたのは、ライナが操っていたBEEのような、昆虫をベースにしたものだった。だから、あながち的外れな見解でもないのかも知れないぞ、それは」

「そうなんですね……」

 感心げにそう相槌を打ったノイエは、しばし無言で手を動かしていたかと思うと、何かに思い至ったのか急にはっと顔を上げる。

「……ちょっと、待ってくださいよ」

「なんだ?」

「アシュレーさん。あなたは〈王都〉からずっと、イゼルキュロスを追いかけてきたんですよね?」

 唐突に問われて、アシュレーが少し面食らったような表情で答える。

「そうだが、それがどうかしたか?」

「教えてください。あなたがイゼルキュロスの追跡を始めてから、どれくらいになるんです?」

 あらためてそのように質問され、アシュレーは指折り数える。

「そうだな……一年。いや、もうちょっとになるか?」

「最初に辞令が下った日付から起算すれば、今日で四百三十三日になります。およそ十四ヶ月という事になるかと」

 ミハルの補足を聞いて、ノイエは硬い表情を見せた。

「アシュレーさん、それじゃ、イゼルキュロスの〈羽化〉をあなたがその目で確認したのはいつなんですか。その十四ヶ月の中で、彼女が羽化をしたのは、一体いつごろの話なんですか」

「どうしたんだ、少年。何を急に真剣になってるんだ」

「ここにいるメアリーアンは、うちの工場で『生まれて』からまだ一週間近くしか経っていないんですよ?」

「……」

 少年が何を言わんとしているのかはアシュレーにも分かった。彼自身、つい先ほど旧市街で相対したメアリーアンが今こうやって変わり果てた姿になっているのを見て、そのことには薄々勘付いていたのだった。

 だからアシュレーは何も言い返せなかった。黙りこくったままの彼に向かって、ノイエは続ける。

「こういう事態に巻き込まれたから、という事情があるのかも知れないけれど……いくらなんでも早すぎませんか。生まれてから羽化するまでがこれだけの間なら、羽化したあとの彼女は……」

(ノイエ、落ち着きなさい。……それは別に、慌てたり悲しんだりすることじゃないのよ)

 慌てるな、という方が無理があったかも知れないが、イゼルキュロスは敢えて声帯のコントロールをノイエに返そうとしなかった。反論のすべを封じられ、辛そうというか、もどかしげというか……そんな複雑な表情のノイエに対し、少年自身の口から諭すような口調で、イゼルキュロスが言うのだった。

(私は自然の摂理の中から生まれてきた生き物ではないけれど……それでも、『死』という生きとし生けるもの全てが縛られている規範から、逃れられているわけではないのよ。……実際、あのサラエサラスたちに殺されていなくても、もうほんのわずかの命だったはずだから)

「……何を言い出すんだ」

(アシュレー、あなたがクラウヴィッツで、メアリーアンに言った通りだったのかも知れない。何もかもを振り切って逃げたところで、私達の行く末に未来などあるはずもなかった。あの子と二人、命尽きるまで逃げて逃げて逃げ続けるしかなかった……その命脈尽きる場所というのが、つまりこの屑鉄平原だった、ということ)

「だが、それとここにいるメアリーアンの羽化が早いのと、どういう関係があるんだ?」

(この子のことは正直私にもよく分からない。……というか、私には私に関する何もかもが、予期せぬことだらけなのよ。私自身の羽化にしてもそうだったし、メアリーアンとの出会いも突然だった。私は常にそれらに戸惑わされ続けてきた」

「……」

「ここにいるメアリーアンは、私が最後に産み落としたメアリーアン。考えてもみて。私は人間や普通の生き物のように、同じ種の別の個体とつがいになって子を産み落とすわけではない。そんな私が、子孫のようなものを世に残して自己を未来に伝えていこうとすれば、ダミーとして自身を複製する能力を使って、継承者たるコピーを遺すより他にないのかも知れない。……姿かたちだけではなく、私の形質をなるべく忠実に写し取った、より完全に近しい複製を」

 彼女の述懐に、一同は何も言えず押し黙ったままだった。

 イゼルキュロスはなおも続ける。

(恐らく、私の身体が再生不可能な致命傷を負うなり、個体としての寿命が尽きるようになったときに、全機能をコピーに委譲する、そういう機能が私には元々備わっていたのかも知れない。あの日、サラエサラス達に致命傷を与えられたことで、その措置が作動し、そして一番最後のメアリーアンが誕生した)

「……」

(だけど実際には、私の死は、死というには少し中途半端だった。私自身を産み落とすという最後の仕事を成し遂げた今でも、私の意識は滅びずに未だにここにあるし、彼女は彼女で、本来の私の形質とは少し違う彼女になってしまっているように思う。……理由は分からないわ。私が確実に絶命していれば、メアリーアンはきちんとした正統な後継者たり得ていたのかも。私がまだ生きているから、彼女は不完全だったのかも)

 イゼルキュロスの無情な言葉は、自分の喉から出ているだけに無視しようとしても難しかった。ノイエは改めて、さなぎになったメアリーアンを見やる。

「可哀相だよ。……彼女は何も悪いことなんかしていないのに」

(ノイエ、それは違う)

 イゼルキュロスが優しく諭すように言う。声が少し震えているのは、彼女ではなくノイエ自身の気持ちが昂ぶっているせいで声帯の制御がうまくいっていないせいだ。

(なにかの罰で寿命が短いのだとしたら、人間よりも寿命のサイクルの短いほかの生き物たちは、人間よりもはるかに罪深い存在という事になってしまうわ。……確かに、私やメアリーアンの場合はその出自そのものが罪深いから、罰を受けているのだと言われればそうなのかも知れない。けれど肝心なのは、与えられた命をどのように使い切るか、という事なのじゃないかしら?)

「……」

(私は、何かを色々と学ぶほどの猶予があまりなかったから、人間達のように賢くはないかも知れないけれど……旧世紀の人々が信じていた「神」のような存在に、誰かの行いや言動が常に見張られていて、それに見合った報いや罰が与えられるだなんて、それはとても残酷なことではないかと私は思うの。そんな罰や報いのために生き方を左右されなくてはいけないとしたら、生きるという事はとてもむなしいことになってしまうでしょうね。旧世紀の文明が何故崩壊したのか知らないけれど、彼らはそんなむなしさに気付いてしまったから、滅び行く自分達を止められなかったのかも)

「……」

(だから、何かのため、誰かのためではなく、私は自分自身が悔いのないように生きていけたら、という風に、いつも願いながら生きてきたわ。アシュレーや、私を追いかけてきた人々には、色々と気の毒なことをしてしまったりもしたけれどね。ほんの一年と少ししかなかった今までの時間に、後悔らしい後悔は何もないわ。私がそのように生きたように、ここにいるメアリーアンにも、そういう風に生きて欲しいし、彼女の生涯もまたそのようであって欲しいと私は願っているわ)

 ノイエは、おのが口から出た言葉とは言え、イゼルキュロスの述懐に何も言えなかった。アシュレーも、渋い顔をしたまま黙り込んでいた。

 沈黙を破ったのは、そのアシュレーだった。

「……それは、それとして。一つ気になるのは、どうしてあの連中と、君とが、手を組まずに物別れに終わったのか、という事だ。一体君らの間に、何があったんだ?」

(アシュレー。私たちはそこにいるあなたの連れのように、正式なプロダクトナンバーも持たない、ただの試作体。はじめから期待された性能だけを備え持っていれば、生き物としての寿命など、どうでもよかったのでしょうね。私はそもそも……コピー・メアリーアンほどではないにせよ、寿命の短い生き物だったのよ)

「……」

(あなたのよく知っている〈メアリーアン〉をいくら生み出したところでどれほど長くも持たなかったし、私自身もクラウヴィッツで羽化を果たしたのを最後に、あとは身体は劣化していく一方だった。いつしか偽装もままならなくなって、私はスーツケースをメアリーアンに運ばせるしかなかった)

「それじゃあそもそも、俺たちがスレイトン医師のところで対面したメアリーアンってのは……」

(あなたがクラウヴィッツの街で、あれこれ気を回していたメアリーアンはあのあとすぐに死んで、次に生まれたのはマゼラヴィルに到着するまで持たなかった。ついこの間屑鉄平原でやつらに殺されたのはその次ね。で、一番新しいのが、ここで〈さなぎ〉になっているメアリーアン)

「……」

(だんだん、〈メアリーアン〉の寿命そのものも短くなっていくのが分かる。私自身も擬態能力が失われ、やつらのせいでダメージを負わされたせいもあるでしょうけど、結局自身の形質自体を失って、あとは意識が消滅していくのを待つのみだった……結局、私達は満足に完成をみなかった、出来損ないの失敗作に過ぎなかったのかもね)

「そんな」

(サラエサラスは次々にやってくるであろう追跡者たちに対抗するために、私を仲間に引き入れようとしたけれど……私の命はもうどれほどもないというのに、そんな事はもう沢山だったのよ。あの子は……メアリーアンはそんな私の気持ちを知っていたから、無理にでも私を連れて、この街を去っていこうとした。……でも連中は、それを許そうとはしなかった)

「その君を、メアリーアンがかばった。……だが彼女では、サラエサラス達の相手にもなりはしなかった」

(そう。あのライナって子はああみえて本当に冷酷な子供だった。私の大事なメアリーアンを、容赦なくずたずたにして……この私まで)

「僕があなたを拾ったのは、その時だったんだね?」

(その通りよ、ノイエ。……そこから先はあなたも知っての通り。私はそこで初めて、私自身の代わりになりうる、ダミーではないコピーを生みだした)

「それが……このメアリーアン」

(そのシークエンスを実行するために、行動不能の致命傷を受けなければならないのだとしたら、もしかしたら私は無意識のうちに、死に場所を求めていたのかも知れない……)

 そう呟いたイゼルキュロスの言葉を、まるで舌を噛むような勢いでノイエが遮った。

「……そんなのって無いよ。それじゃ、君らがずっと生き続けようと思ったら、わざと自分から死んで行かなくちゃいけないってこと?」

(仕方がないわ)

 イゼルキュロス、優しい口調で言い放つ。

(そのようにして生きていけと運命づけられた以上は、そうやって生きていかないとね)



(次話につづく)

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