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ホワイトアウト・シティ  作者: 芦田直人(あしだ)
第7章 メアリーアン
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1 因縁の再会

 〈ブリザード〉の白い結晶は、廃墟の様相を短時間ですっかり変えてしまっていた。

 風はすでに幾分強く吹いていたが、本格的に勢いを増していくのはこれからだろう。毒素は平気になっても、突風が吹けばノイエの細い身体など簡単に吹き飛んでしまいそうで、そちらの方が心配と言えば心配だった。

 白い結晶はあっという間に地面を覆い、横たわるメアリーアンもすぐにうずもれて見失ってしまいそうになる。ノイエは側に駆け寄って、積もった結晶を懸命に払いのけた。

 本当はこんな場所ではなく、例えばフランチェスカが避難している建物なりに駆け込んで、そこで息を潜めているのが一番良かったのかも知れない。

 だが、彼女を傷つけた何者かがまだこの近辺に潜伏していないとも限らない中、慌てて建物に出入りなどすればフランチェスカの居場所まで知られてしまう恐れがある。何より、そもそもメアリーアンをどうやってこの場所から移動させればよいのか、ノイエには判断がつかなかった。見れば、彼女自身が透明な塊に塗り込められているばかりではなく、それが地面にぴったりと貼り付いているのだ。

「無理矢理剥がすのは……よくないよね?」

(地面ごと掘り返した方がよさそうだけど、それも手間がかかりそうね。剥がすにしても、丁寧にやらないと)

 そんな折だった。

 誰かがこちらへ歩み寄ってくるのが分かって、ノイエははっと振り返った。――実際にはイゼルキュロスが接近者の気配を察知して、少年に注意を促したのだったが。

 〈ブリザード〉のせいで白くもやがかかったような視界の向こうに、確かに二人組の影がこちらに近づいてこようとしていた。

「イゼルキュロス。あなたはメアリーアンをこんな目にあわせたのが何者なのか、察しはついているんだよね?」

 ノイエが彼女を屑鉄平原で見つけるより以前の、サラエサラスやアイボリーたちとの諍いについては、こちらに向かう道すがらイゼルキュロスからその経緯をかいつまんで説明してもらってはいたが、少年自身は屑鉄平原で彼を襲撃したアイボリーとライナ以外とは当然面識がなく、この立入禁止区画でメアリーアンを追い詰めていた者たちとも未だ遭遇していなかった。ライナが倒れ、アイボリーのその後の消息もノイエ達には不明だったから、今ここに近づきつつある二人組が誰と誰なのかについては、ノイエにもイゼルキュロスにも確たる事は何も言えないのだった。

 一体何者が姿を見せるのか……今更ここから逃げ出したり身を隠したりするわけにもいかず、少年は身を固くして、彼らの接近を待った。

 だが、いよいよ姿を見せた相手を目の当たりにして……イゼルキュロスが意外そうな反応を示した。

(アシュレー……?)

 知り人なのだろうか? ノイエは問い返そうとしたが、その時にはもう両者ともに、お互いをはっきり視認出来る距離に相対していた。

 一人は男、一人は若い女性だった。見た目はまったく普通の人間だったが、男性の方は簡易的な防護マスクをつけただけで、髪や頬はむき出しのままだった。その頬に火ぶくれのような跡があるのは毒素にやられている証拠だったが、〈ブリザード〉の勢いの割に軽傷のままだった。もう一方の女性の方に至っては、なんの防護もなしに、涼しげな表情のままその場に立ち尽くしていた。

 どういう二人組なのか、とノイエはいぶかしんだが、それは向こうも同じだっただろう。

 何せノイエ少年にしてからが、防護服もマスクもなしで〈ブリザード〉に身を晒しているのだ。何者かと怪しまれない方がおかしかった。

 男の方はいちいちわざとらしく訝しんでみせるような余計な所作は一切見せなかった。横たわるメアリーアンの姿を確認するなり、こちらに向かっていきなり銃口を突きつけてきた。

 ノイエは反射的に、地面に横たわるメアリーアンをかばうようにして、彼女に覆いかぶさるようにして上体を伏せた。一度は払いのけた白い結晶を、伏せたままの姿勢でゆっくりかき集めて、出来るだけ相手にそれがメアリーアンであるとはっきりとは悟られないように、なるべく何かで覆い隠そうとするのだった。

 銃口を突き付けられた今になって今更そんなことをしても意味はなかったかも知れないけど……メアリーアンを無防備なままに銃口に晒しておくわけにはいかない、と思ったのだ。

「……少年、君は一体ここで何をしている?」

「何でもないです」

 男の問いかけに、ノイエは頑なな拒絶の態度を示した。上体を伏せたまま、顔も起こさずにじっと黙り込む。

 男が、二歩、三歩とこちらに近づいてくるのが分かった。ざくざくと白い結晶を踏みしめる音が耳に迫っても、ノイエはそこから動こうとしない。

 男が、地面に倒れ伏している人影――のようなものをまじまじと覗き込んで、問いを放った。

「そいつは、メアリーアンなのか?」

 その言葉の響きに敵意はなく、純粋に驚きから来る問いかけのように聞こえた。もしかして、彼女がここに倒れている事は、この男にも想定外の事だった、というのだろうか。

(ノイエ、多分顔を上げて大丈夫のはずよ)

 耳の奥で、イゼルキュロスがやけに優しげな口調でそんな風に言う。なので、ノイエは恐る恐る、顔を上げて男の顔を見やった。

 男は銃口を少年に突き付けたまま……慎重に問いかけてくる。

「お前は、サラエサラスじゃないのか?」

「……へ?」

 少年は意外な言葉をなげかけられて、間の抜けた問い返しをしてしまった。

 その名前には聞き覚えがある。イゼルキュロスから「敵」として……アイボリーやライナの仲間の名前としてあらかじめ聞かされていたものだった。

「……彼女を殺しに来たんじゃないんですか?」

「彼女、というのはそこにいるメアリーアンの事か? そこに横たわっているのが、メアリーアンだったとして、だが」

 ノイエはそこで初めて、男の銃口がメアリーアンではなく、自分自身に向けられていたのだという事を知った。

 イゼルキュロスが他人事のように所見を述べる。

(恐らく彼は、あなたがサラエサラスが化けているんじゃないかと疑っているようね)

「そんな……!」

 小さく抗議の声を上げてしまったが、イゼルキュロスの言葉は当然ながら少年以外には聞こえていない。無論、男の方でも自分に向かって言っているのではない事には気付いているようで、いぶかしむような視線を少年に投げかけてくる。

 男はちらりと横目で隣の女性を見やって、問いかける。

「……どう思う?」

「今更サラエサラスが、ここで私たちを相手に、他人のふりをしてまでメアリーアンをかばう仕草をする意味が分かりません。そもそも〈ブリザード〉の中で防護無しでいる事自体が、不自然ですし」

「それだ。どうしてこの少年は、攻性生物でも不死人でもないのに、この場で平気でいられる?」

(さて、それはどうしてでしょうね)

 アシュレー達の会話に、イゼルキュロスがこっそり合いの手をいれた。いや――。

 ノイエははっとしておのが口を押さえた。今の言葉は間違いなく、ノイエ少年自身の口から出てきた言葉だったからだ。

 はっとしたのはアシュレーも同じだった。何せ少年の口から飛び出した声は、先ほどまでとはまるで声色が違っていた。少年自身も細く柔らかい声質ではあったが、今しがたのはあきらかに女性のそれだった。

 ノイエ自身戸惑いを隠しきれなかったが、口は勝手に動いて言葉を紡ぎ出す。

(アシュレー、あなたになら、この声に聞き覚えがあるはず。……と言っても、あなたと直接会話を交わしたのは、ほんの数えるほどの事でしかないけれど)

「……メアリーアン? いや、待て」

 アシュレーは半信半疑のままに、問いかけた。

「まさか……お前はイゼルキュロスなのか? どういう事なんだ、これは」

 戸惑うアシュレーに、ノイエは……というか、イゼルキュロスはノイエの右手を勝手に動かして、アシュレーの目の前にかざす。

 今しがたの発声といい、少年自身の意志には付随しないものなのだろう。自分の口や手が動いているのに、少年自身の表情は戸惑いをまるで隠し切れずにいた。

 それはともあれ……少年自身の右手はいまや半透明に光を透き通していたから、それを目の当たりにすれば、分かる者にはどういう事なのか、分かるはずだった。

「信じられん。一体、お前さんの身に何が起こったっていうんだ?」

 そんな風にアシュレーが首を捻る一方で、釈然としない顔をしている者がもう一人いた。

「勝手に僕の身体を動かさないでよ」

(ごめんなさい。でもこうした方が、説明の手間が省けたでしょう?)

 彼女は少年にだけそう告げると、もう一度少年の声帯に割り込んで、アシュレーに告げる。

(とにかく、今の私はこの少年の身体に間借りしている身の上なの。……アシュレー、私を捕らえるためにわざわざこのハイシティにまでやってきた執念深さには頭が下がるけれど、ここは取り敢えず一時休戦とはいかないかしら? 今はこの子を、あの連中から助けないと)

 イゼルキュロスに言われて、アシュレーは足元に視線を落とす。

 彼女を庇おうとしたノイエが、一度は覆い被せた白い結晶を――無論こういうやり取りの間にも上空から絶え間なく降り積もっていたのだが――そそくさと再び払いのける。透明な樹脂のようなものにぴったりと塗り込められたメアリーアンの姿が、一同の前に露わになった。

「ということは、これはやはりメアリーアンなのか……いや、〈メアリーアン〉と呼んでいいのか?」

(あなたが困惑するのも分かる。見ての通り、彼女は〈さなぎ〉になっている)

「ということは……いずれ彼女は〈羽化〉するんだな?」

(そういう事になるわね)

 二人の会話は、ノイエには分からない事も多くもどかしかったが……どうやら深刻な状況である、という雰囲気だけは伝わってきた。

 ノイエ自身の口から、イゼルキュロスが言う。

(いずれ彼女は〈羽化〉を終える。……そうしたら、この子は私自身になる。本当の意味で、私に成り代わって〈イゼルキュロス〉と呼ぶにふさわしいような、そんな存在にね)



(次話につづく)

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