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ホワイトアウト・シティ  作者: 芦田直人(あしだ)
第6章 サラエサラス
34/46

4 包囲網

 サラエサラスの一撃で重傷を負ったおかげで、メアリーアン達にすっかり置いてきぼりにされてしまったアシュレーだったが、ミハルの処置でどうにか形ばかりにでも傷が繋がったのを待って、一足遅れて廃墟の立ち入り禁止区画に足を踏み入れた。

「駐留部隊が来ています」

「センサーで侵入者を検知したんだろう。この間の死体騒ぎの件もあったから、まじめに監視してたんだろうな」

 部隊は禁止区画のゲートを超えた先で包囲を展開しようとしていた。彼らも、誰が侵入し何が起きているのかについてはまだ充分には把握していないのかも知れなかった。

「どうします?」

「行くさ。行くしかないだろう」

 ゲートを乗り越えて立ち入ったアシュレーらに、彼らもすぐに気づいて兵士が二名、小走りに駆け寄ってきた。その兵士らのみならず、出動している全員が〈ブリザード〉用の完全防備の兵装だった。むろんハイシティのような土地に配備される以上は当初から想定した状況のための装備だったろうが、それを身にまとって部隊が展開されるのはもしかしたら史上初めての事かも知れなかった。

 防護マスクで顔を覆っているのでアシュレーからは相手が誰だか分らなかったが、向こうは新たな侵入者がアシュレー達だとすぐに気付いたようで、ぎょっとした態度を見せた。

 何せアシュレーは気休めにジャケットのフードを目深に被っている程度で、顔は大部分露出したまま、肝心の重いジャケットも先ほどサラエサラスにざっくりと切り裂かれてしまっている。〈ブリザード〉の中を歩くのにはまるで適さない格好のまま、そこに立っていたのだった。

 無論、彼だってまったく平気というわけではない。皮膚の表面の炎症は再生能力でなんとか耐えるにしても、いくらか吸い込んでしまったのか、呼吸すると胸がかすかに痛む。

「大尉は来ているのか?」

「えっと……ええ、向こうにいますけど」

 それでも慌てるでもないぶっきらぼうな口調でそう尋ねると、応対した兵士はただ呆気にとられるばかりで生返事を返すのだった。

 アシュレーの方でも、それだけのやり取りで何の遠慮も示さずに、軽く手を振ってずかずかと奥へ立ち入っていく。兵士たちも異常な状況に気圧されてしまい、彼らを足止めする事も忘れてしまっていた。

 その兵士らだけではなく、行き過ぎる兵士達はみな一様にぎょっとした態度を見せる。エッシャー大尉にしてからが、アシュレーを見るなり声をあげてしまった。

「うわっ……なんて格好をしているんですか! 死んでしまいますよ!」

「何、大丈夫だ……と言いたいところだが、予備のマスクがあったら貸してくれないか」

 その言葉に、大尉は慌てて下士官に防護マスク他、必要なものを持ってこさせる。防護マスクはゴーグルと一体になったものだったが、兵士達の被っている顔全体を覆うものよりは簡便なものだった。取り敢えずはそれを被り、ざっくりと裂けてしまったジャケットの代わりに防護服の上着だけをざっと羽織り、グローブをして結晶の侵入を防ぐため袖口にテーピングを施し、それで簡単な防護にはなったが……あくまでも〈不死人〉であるアシュレー向けの対処に過ぎなかった。すでに服の内側に侵入した分はどうしようもなかったし、ゴーグルの密閉も兵士たちの装備ほどにはきちんとしていない。

「……それで本当に、平気なんですか?」

「鍛え方が違うからな。……そもそも、ミハルを見てみろよ」

 アシュレーが促す。ミハルはと言うと〈ブリザード〉など何も気にしていない、という様子で、例のインナースーツに黒いジャケットを羽織ったままの姿で、涼しげに立ち尽くしていた。〈シミュラークル〉の生体部品はすべて人工皮膚や人工筋肉に覆われていたし、そもそも手足など躯体のほとんどは機械に置き換えられている。生命体と言える部分は脳と神経系のごく一部だけなのだ。

 そんなミハルやアシュレーの姿に面食らっているという以上に、エッシャー大尉はどこかそわそわと落ち着きがなかった。

「その防護服を着るのは初めてかい?」

「もちろん訓練では幾度となく身に着けてますが、実際にこれを着て〈ブリザード〉の中に出るのは確かに初めてですね」

 以前聞いた話によれば〈ブリザード〉を体験するのも初めてのはずだったから、それも当然と言えた。

「それどころか、災害救援以外で我々駐留部隊が〈ブリザード〉下で出動する事自体が史上初めてかも知れません」

「なるほど。せっかく出動してもらって悪いんだが……大尉、ここは俺たちが何とかする。任せてくれないか」

「何とかするって、一体何をどうするつもりなんですか」

 上ずった声で、彼は問うた。そもそもこの〈ブリザード〉のさなかの遺跡への侵入者とあって、相手の目的も、取るべき対処もまるで分からないまま考えあぐねていた大尉にしてみればアシュレーの提案は渡りに船だったかも知れないが……それ以前に彼が何をするつもりなのか、気がかりでしょうがなかったのだ。

「そうおっしゃるという事は、何者が侵入したのか、あなたはご存じなんですよね? 教えてください。それは一体何者で、何をしでかそうとしているんですか。そもそも、どうしてその連中やあなた方は、この〈ブリザード〉の中平気でいられるんですか」

「侵入したのは例の惨殺死体の製造者達だ。迂闊に手出しをすると、部隊に損害が出る」

「……そ、それは」

「それに、連中は俺達の方でも用事のある相手なんでな。大尉の立場も分かるが、まずは俺達に先に仕事を片づけさせてくれないか」

「……分かりました。でも具体的に我々はどうすればいいんでしょうか」

「まず俺たちが近づいてみるから、大尉はここで包囲を固めたまま、待機していてくれ」

「それから?」

「もし俺達が連中にやられてしまったら、あまり深追いはせずに、包囲の輪を開けて連中にはすみやかに退去していただくんだ。あまり刺激すると、無差別殺戮を開始しかねないぞ」

「む、無差別殺戮!?」

「何せ連中は攻性生物だ。そのために作られたんだからな。……それから、その連中に追いかけられている一般人がここに逃げ込んでいるはずだ。それはどうにか俺たちで保護してみるから、間違えて攻撃しないようにしてくれ」

 アシュレーはそれだけ言うと、大尉が何か言うのにもまったく耳を貸さないまま、包囲の輪の内側にずかずかと踏み込んでいく。ミハル一人が無言で、その傍らに付き従うのだった。


     *     *     *


 一方……メアリーアンとの対決からいったん空に逃れたサラエサラスは、廃墟の上空で、別の飛行物体に遭遇した。

 それをまじまじと地上から観測しているものもおそらくはいなかったに違いない。両者は空中ですれ違ったのち、しばしその場所をぐるぐると旋回していたかと思うと、やがて示し合わせたかのように、どこかの建物の屋上に着地した。

 サラエサラスは鳥の姿からすぐさま人間の姿に戻り、同じ屋上に降り立ったもう一方の仲間の姿を見やった。

 その場に血だらけでうずくまっていたのは、屑鉄平原の方からこの場に駆け付けたアイボリーだった。

 その腕に抱えていたのはライナだった。アイボリーが赤い血を流すわけでは無かったから、彼女はライナが流した血で全身を染め上げていたのだった。アイボリーは大切そうに抱えていたものの、肝心のライナはもはや何も言わなくなってしまっていた。ぐったりとしたその細い身体には、脇腹から金属のパイプが斜めに刺さったままなのが見て取れた。

 サラエサラスはそれを見ても、眉一つ動かさなかった。

「BEEが途中で力尽きてしまった理由が分かったよ。一体、何があったのさ?」

「死んだわ。イゼルキュロスに殺された」

「イゼルキュロス」

 少年は静かに、淡々とその名を復唱した。そらとぼけるかのような口調で、まるで他人事のように静かに問い返す。

「変だね。……イゼルキュロスなら、僕がさっきまでこのすぐ下で相手をしていたはずなんだけど」

「あなた一人だけなの?」

「アシュレーなら、さっさと裏切ってあちら側に回った。僕からイゼルキュロスを助けるのが、任務なんだそうだ。まあそうなるんじゃないかと思ってたけど……もう少し面白い展開を期待してたんだけどな」

 まるきり他人事のようにそう言ったサラエサラスを、アイボリーは恐ろしい形相で睨み付ける。

 大事なライナを失ったばかりの彼女にしてみれば、サラエサラスの涼しげな態度は実に腹立たしかった。腹立たしいを通り越して、喋る言葉の一言一句が彼女の感情をいちいち逆撫でにするのだった。ライナがこんな目にあったというのに、彼はここで一体何をしていたというのか……。

 おのが怒りと苛立ちを具現化する言葉を、彼女が見つけて少年に突きつけるよりも先に、サラエサラスはそんな怒りの矛先をひょいとかわすかのように白々しく肩をすくめた。

「まあ落ち着いて。一体屑鉄平原で君たちの身に何が起きたのか、それを順番に話してごらんよ」

「待ち伏せは私たちの方がするはずだった。でも、例のスーツケースに身を潜めて、イゼルキュロスの方が先に私たちを待ち伏せしていたの」

「ヘンだね……あの壊れたスーツケースの事だろう? あの界隈は一通り調べたし、中身が空っぽなのも確認済みのはずだ。僕らがあれを探し当てた後で、あらためて身を潜めたってこと?」

「私もそれを用心して、最初にライナと二人であの場所に付いたとき、中身を確認したのよ? 雨水か何かが溜まっていただけで、何も入ってはいなかった」

 語るごとに、忌まわしい光景が脳裏に蘇っていくのだろう。憤怒の形相をさらにいっそう怒りに歪ませつつ、彼女はまるで罪人が罪を告白するように、次の句をどうにか絞り出した。

「でも、その水たまりこそが、イゼルキュロスだった」

 なぞなぞめいた言葉だったが、ふむ、とサラエサラスは相槌を打って、冷静に所見を述べる。

「そもそも彼女にも、擬態という形で自らの形質を変化させる能力が備わっている。力尽きて、おのが形質を維持し続ける事が出来なくなって、それで液状化しちゃったんだろう。綺麗に透き通った人形だったから、さぞ綺麗に透き通った水になってただろうね」

「そのイゼルキュロスが、この子を殺したのよ!」

 あくまでも他人事のような態度の少年に、アイボリーは不満の全てをぶつけるように叫ぶ。それはイゼルキュロスへの怒りでもあり、少年自身の態度への苛立ちでもあった。

 だが、そんな怒声をぶつけられてもサラエサラスは全く意に介する様子はなかった。あくまでも淡々と、優しく諭すようにアイボリーに語りかける。

「だから、僕は言ったんだよ。……敵になるものは全て殺すしかない、と」

「……」

「君がライナに優しくしてくれてたのは、僕としては嬉しかったけど……あのアシュレーを説得して味方に引き入れようとしたり、そういう甘いところに、敵はつけこんでくるんだ。イゼルキュロスは、君の弱みにつけこんで、見事に君を欺いてみせたんだよ」

「……そんな」

 少年は熱くなりもせず、淡々と冷静な口調でそう告げた。その冷静さが逆に、大事なライナを失ったばかりのアイボリーを、まるで責め立てるような非情さを醸し出していた。

 アイボリーは怒りにわななきつつ、サラエサラスを見やった。

 幼い少女は死んだ。もはや味方はこの場にいる二人だけ。彼女らがいる建物の足元では駐留部隊が包囲を展開している。それでも翼ある彼らが何処かへ飛び去ってしまえば、この場を逃れるのは不可能ではないのかも知れなかった。あらためて隠れ家に舞い戻って、これまで通り息を潜めて潜伏生活を続けるべきだろうか?

 ――だとすれば、ライナは一体何のために命を落としたというのか。

 イゼルキュロスが足元の廃墟にいるというのなら、今ではなくいつ反撃に出ればよいというのか。彼女に手を貸したり、匿ったりした連中に一体いつどのようにして報いの鉄槌を下せばよいというのか。

 だからサラエサラスは、彼女に慰めの言葉などかけようとしないのだろう。彼女に向けられたその冷ややかな眼差しが、彼女の奮起を促しているかのように、アイボリーには思えた。

「……そうね。その通りね」

 アイボリーは、その腕に血まみれのライナの亡骸を抱きかかえたまま、声をあげて笑った。愉快な事などは何一つなかった。絶望に突き動かされるまま、もはや笑うよりほかに無かった、それが故の悲しい笑い声だった。

 彼女は次の瞬間、ライナの身体に刺さった金属パイプに手をかけ、それを一息に引き抜いた。すでにひとしきりの血は流されたあとだったのだろう、引き抜いたあとからあふれ出た血はほんの少量だった。抜いたパイプを闇雲に屋上の床に叩きつけるようにして投げ飛ばす。錆びた金属パイプは甲高い音を立てて床に跳ね返り、からからと転がった。

 それを尻目に、彼女はまるで呪詛のような声で、宣言するように言った。

「二人でライナの仇を討ちましょう。もう実験体だろうが、追跡者だろうが軍隊だろうが、何だってかまいやしないわ。……ライナのために、私たちの行く手を邪魔する連中を全員、皆殺しにしましょう」

 サラエサラスはやおら立ち上がると、床に転がった金属パイプを拾い上げる。それをしげしげと眺め回したかと思うと、彼はそこで初めて、優しげな笑みをアイボリーに向けた。

「……そうだよ。そうこなくちゃ」



(次章につづく)

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