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ホワイトアウト・シティ  作者: 芦田直人(あしだ)
第6章 サラエサラス
32/46

2 前哨戦

 この地が屑鉄平原と呼ばれる以前、どのような街並みが広がっていたのかは今となっては想像するよりほかは無かったわけだが――。

 屑鉄平原の片隅にこの廃墟を見つけた人々は、当初はそこを屑鉄掘りのための仮設の拠点とし、やがて周辺に居住区を広げていき、いつしか廃墟の区画に寄り添うような形で街を形成していった。

 街がにぎわいを見せ発展していくに連れ、人々の暮らしの中心は当の廃墟そのものからは徐々に離れていく。そのうち瓦礫に埋もれたままになっていたエネルギープラントが郊外で発見され、その周辺に工場街が出来ていくと、その工場街からクレーター湖を挟んで廃墟寄りにあるこの区画はいつの頃からか旧市街と呼ばれるようになっていった。

 その旧市街でも、マーケットエリアの辺りはまだ人のにぎわいも見られないわけではない。しかしそこから廃墟へ近づくにつれ、人通りは途絶えていく。……今となっては廃墟の区画は、発掘調査のために王国軍の駐留部隊によって閉鎖されているのだから、なおさら近寄るものの影などはなかった。

 メアリーアンがフランチェスカを連れて逃げ込んでいったのは、丁度そのような区画だった。

 立ち入り禁止区域と言ってもそこに警戒のため立っている兵士がいるわけでもない。駐留部隊や発掘調査隊と地元住民との関係は特段に険悪という事もなく、駐留部隊もゲートに武装人員を配置し立ち入る者を容赦なく拘束したり発砲が行われるという事もなく、あくまでセンサーによる無人監視が行われているだけだった。

 そこが一般住民の立ち入ってはいけない区画だというのは、ハイシティの生まれではないフランチェスカも知ってはいたのだが、さすがにメアリーアンはそんな事は知りもしなかったし、今はいちいちそれを気に留めている場合ではない。低いゲートをメアリーアンがひらりと乗り越え、フランチェスカも置いていかれまいと慌てて下からくぐる。センサーが反応して、警告メッセージがどこかのスピーカーから流れてきたが、いちいち聞き入れている場合ではなかった。

 背後から彼女らを追いかけてくる者がいる。それだけではない。先ほど高らかに鳴り響いたサイレンの音が、昨晩に続いて〈ブリザード〉の到来を告げていた。メアリーアンは昨日の事例から言えば無事でいられるのだろうが、フランチェスカのような普通の人間……普通の生き物の場合はそうはいかない、という事もまた、仔猫のノイエを通じての彼女らの昨日の時点までの教訓だった。

 バリケードを越えたすぐ先で、突然開けた道に出てしまった。

 そこは広場か何かだと、フランチェスカは最初に思ったものだった。道の左右を見上げると、背の高いビルが両脇に並んでいて、その壁面までの距離が左右どちらともにかなりあったのだ。

 そのように四角く切り取られた場所なのかと思ったが、進行方向を見れば道はその向こう側へと続いているのが分かる。

 そんな道の左右に、外壁が長年の風雨――〈ブリザード〉も含めて――によってぼろぼろになった建物がずっと建ち並んでいた。最初に出くわしたビルも結構な高さがあったのに、その隣へと視線を移すごとに、建物の背が高くなっていって、やがて雲を突くような遙かな高みに、建物の尖端は消えてしまっているのだった。

 フランチェスカにも、その光景は初めてみるものだった。今まで遠目にも巨大だと思っていたその建造物だが、本当の巨大さはここに来て初めて実感できるものなのかも知れなかった。

 だが、今はそれを呑気に見上げている場合ではない。

 そろそろ、そうやって見上げている上空にも、白いちらちらとしたものが舞い降りて来つつあった。

 あれに大量に触れてしまったり、体内に入ったりしたら、フランチェスカの命もないのだ。ぼろぼろに崩れてしまった、仔猫のノイエのような事になってしまうのだ、と想像しただけで、フランチェスカはぞっとした。

 メアリーアンもまた、往来の真ん中に立ち止まって、遙か前方を見据えた。

 確かに廃墟の建造物は巨大だったが、それらが林立するこの広々とした通りが、どこまでも続くということはないのだ。今は上方向の景色に圧倒されていたが、実際には彼女らの立ち位置から丁度視界の彼方へ消失していくかいかないかの辺りで道は途切れてしまっていて、その向こうには街も何もない、荒野が続くだけだった。

 まさかフランチェスカをそこへ連れ出していくわけにもいかない。

 メアリーアンは後ろを振り返って、迫りつつあるサラエサラスの姿がまだ見えてない事を確かめると、フランチェスカを往来の入り口近くの、比較的――あくまでも比較だが――背の低いビルの内部へと誘導するのだった。

「どうするつもりなの?」

「この中に、かくれていて」

 今にも崩れ落ちそうなぼろぼろの建物――実際はこの状態で何百年もこの地に立ち尽くしているわけだが――の内部へ足を踏み入れる。エントランス部分は吹き抜けになっていて、天井の中央部分が天窓になっているのかやけに明るかったが、磨り硝子のように向こう側の景色までは見えない。本当の材質は不明だったが、とにかくその窓は未だ破れずに残っているようだった。

「ここなら、多分、大丈夫」

 メアリーアンはそう言うが、彼女が何を保証出来るはずもなかった。……だが取り敢えずは屋根があるのだ。今更、迫り来る追っ手をどうにか振り切って旧市街のどこかの民家に助けを求めるほどの余裕も彼女たちには残されていなかった。

 開け放たれた出入り口からは、遠慮なしに風が吹き込んでくる。こんな所で〈ブリザード〉をやり過ごそうなどととても無理な話に思えた。――フランチェスカはそう思ったが、今は他に選択肢はなかった。

 彼女はごくりとつばを飲み込んで、震える声で問いかける。

「メアリーアン、あなたはどうするのよ?」

「私まで、隠れているわけにはいかない。ここにいて、追いつめられたら、もう逃げられない」

 だから――。

 メアリーアンはただまっすぐにフランチェスカを見やったかと思うと、程なくしてその場をゆっくりと離れていき、表通りへと舞い戻っていくのだった。

「……メアリーアン!」

「私は、戦う」

 そう呟いたきり、二度とフランチェスカの方を振り向かなかった。

「私は、戦える」

 二度目のつぶやきは、一体誰に聞かせたかったのだろう。……おのれ自身に、何かを言い聞かせることを彼女は覚えたのだろうか。

 彼女は建物を出て、広い往来へと引き返していく。不意に見据えたその真正面に、四つ足で地を這う生き物の姿があった。多分生き物であろう、というだけでその種類まではメアリーアンならずとも、恐らく言い当てられはしなかっただろう。

 その生き物は這いつくばった体勢からするすると身を起こすと、直立した二足歩行の動物――それは少なくとも人間のようには見えた――の姿に戻り、人間の少年の顔でメアリーアンを見据えた。

「……で、どうする?」

 問いかけに、メアリーアンは答えなかった。両者は無言のままじっと睨み合っていた。捉え所のない饒舌なからかいの言葉を垂れ流すサラエサラスと、まだまだ口下手のメアリーアンとではろくに会話も成立しなかっただろうが、両者ともにどうせ話し合いで問題を解決する段階も過ぎていた。

 最初に動いたのは、サラエサラスの方だった。

 二本の腕が、まるで肩を通じて繋がってでもいるかのように、左手がするすると縮んで体内に引っ込んでいたかと思うと、その分の長さだけ反対の右手が伸び、素早くメアリーアンに掴みかかってくる。

 彼女は裸足のまま――そう、ここに至るまで彼女は靴も履かないままだった――横に飛び退いてその手をかわす。

 一度伸ばされた腕がみるみるうちにサラエサラスの身体に戻っていくと、引っ込んでいた左手がこれもまたたくほどのわずかな間に、弾丸か何かのようにメアリーアンに襲いかかる。

 握り拳だったから、拳打ということなのだろう。さすがにメアリーアンもそれは咄嗟にかわせなかったようで、真正面からその拳を受けてしまい、受け止めきれずによろめいて倒れ込んでしまった。

 サラエサラスがその隙に飛びかかってくる。さっと飛び上がった瞬間に、彼は四つ足のけものに変貌していた。その爪と牙で、メアリーアンを引き裂こうというのだろうか。

 メアリーアンはとっさに体勢を低くとり、地面を転がるようにしてこれを避けた。

 サラエサラスは勢い余って彼女を飛び越えるような形になったが、すぐに踵を返し、地面に転がる彼女を追う。前肢がメアリーアンの細い胴を押さえた瞬間、今度はメアリーアンが右手をさっと伸ばして、野犬のようないびつな風貌のその生き物の、太い喉元を目いっぱいに締め上げた。

 そのまま喉を潰してしまえとばかりに、渾身の力で握りしめる。サラエサラスはいったんは苦しそうな表情を見せたから、その攻撃は効いてはいるのだろう。だがそこから逃れようとするかのようにぶるぶると身を震わせたかと思うと、急にくにゃりと手応えが失われる。だらしないゴムの人形のように頭がぷらんと下に垂れたかと思うと……そのまま具体的な形質を失って、どろどろのアメーバ状の粘体となってメアリーアンの身体全体にのしかかってきたのだ。

 それにどういう害があるのかないのかは不明だったが、すっぽり覆われてしまうのはメアリーアンでなくても愉快とは思えなかっただろう。彼女は転がったままの姿勢からがばっと立ち上がると、身体にまとわりついてくる粘液を必死で払いのけようとした。

 身にまとわりつく薄絹を引き裂くかのように、メアリーアンはサラエサラスをちぎっては投げ、ちぎっては投げ捨てる。地面に叩き付けられた破片は、しばらくぶるぶると蠢動していたかと思うと、手近な仲間を見つけて合体に合体を繰り返し、やがて元通りのひとつの固まりになっていくのだった。

 あいにくそこにはノイエもエルもいなかったが、彼らがもし見ていたなら、粘体の固まりがするすると人の姿をかたどっていくさまは、メアリーアン自身の誕生のさいの光景を少しだけ彷彿とさせたかも知れなかった。

 だが生まれたのは右も左も分からぬか弱き少女ではない。邪悪な笑みを張り付かせた、一人の少年がそこにいるのだった。

「なかなか頑張るじゃないか。……やはり、君の事はただのコピー人形じゃなくて、新しい〈イゼルキュロス〉だと思った方がよさそうだね」

 ふん、と少年は鼻を鳴らした。

「心配しなくても、君はもう一度僕らで始末する。何度蘇っても、結果は一緒だよ」

 堪えきれず含み笑い声をこぼすサラエサラスを、メアリーアンはじっと見据えていた。睨むようなきつい眼差しだが、そこに憎しみの色はない。ただ冷静に、おのが命を狙う外敵の動きを、じっと観察しているだけだった。

 そんなサラエサラスの背後から飛来した黒い影が、少年の頭上を越えたかと思うと、そのままメアリーアンの方に向かってくるのが見えた。

 それは先ほどまでメアリーアンとフランチェスカを追い詰めていた、あの羽虫――BEEだった。いっときより数は減ったが、四方から迫ってきては針をむき出しにして迫ってくる姿は何度見ても禍々しかった。

 それでもメアリーアンは、落ち着いて羽虫たちを叩き潰していく。数が多く厄介ではあったが、心なしか一時期よりはその羽ばたきは弱々しいように思えた。そのうち、メアリーアンが何もしなくても、ついには力果てて自ら地面に墜落していくのだった。

 何が起きているのか――本来BEE達を操っていたライナの身に起きたことを、ここにいるメアリーアン達はまだ知らない。ともあれ、虫たちの包囲がなくなったのはメアリーアンには好機だった。一気に間合いを詰め、サラエサラスの鼻先にまで迫る。

 何をどうすればよいか分かっていたつもりではなかったが、夢中で拳を握り、突き出してサラエサラスの胸部を打つ。その裸拳は鋭い鈍器となってサラエサラスの胸をえぐった。

 ちゃんと形質を持っている時は、それに応じて臓器も役目を果たしているという事だろうか。心臓を砕かれたサラエサラスは相応にダメージを受けたのか、二歩、三歩とよろよろと後ずさり、片膝をついた。それが致命傷となるのか……と思いきや、それ以上今の形質を保っていられなくなったのかくたくたともう片膝も地面につき、その場に崩れ落ちた。

 それですべてが終わりというわけではなかった。残るBEEが一匹もいなくなり、形勢不利と悟ったのか、サラエサラスはちらりと空を窺ったかと思うと、いきなり半身を起こす。がばりと立ち上がり両手を目いっぱいに大の字に広げたかと思うと、それが次の瞬間には大きな翼に変わっていた。

 その翼をばさりと羽ばたかせると、サラエサラスはあっという間に空に浮かび上がり、そのまま遠くへと飛び去って行った。

 メアリーアンはぼんやりと立ち尽くしてそれを見送るしかなかった。

 サラエサラスがそう簡単にあきらめるとも思えず、この場にすぐにでも取って返してくるのではないかと身構えて警戒するが、ひとたび空へ飛び上がった彼の姿はそのまま彼方の空へと小さくなっていくのだった。

 そこで初めて、メアリーアンはおのが身体の状態を確認した。

 サラエサラスの心臓をその拳で砕いたその一瞬、まったく気づいてなかったが、サラエサラスもまたメアリーアンに反撃していたのだった。何か鋭利な刃物で脇腹がざっくりと切り欠かれているのが分かった。エルが着せてくれたワンピースのみならず、傷口から何かしらの体液がにじみ出て、やがてあふれ出してくるのが分かった。それは無色透明だったが、おそらく血液と思って間違いなかった。

 メアリーアンもまた、よろめいてその場に膝をついた。

 サラエサラスはただその場から逃げたのではない。自身も傷を負ったがメアリーアンにも相応の深手を負わせる事が出来たと知って、追われる心配がないと分かって悠々とその場から去っていったという事のようだった。

 メアリーアンはちらりとフランチェスカが隠れている廃墟の方角を見やる。いずれにせよサラエサラスが去ったのであれば彼女の様子も気がかりだった。こうしている間にも〈ブリザード〉は段々と勢いを増していたのだ。

 廃墟の街を、白い結晶が優雅にらせんを描いて舞い踊っているのが見えた。今更フランチェスカを連れ出してもっと安全なところに連れていくのも難しそうだった。そもそも、どこへ彼女を避難させればよいのか。

 それに、これでサラエサラスがすっかり彼女らを諦めたとも思えない。次に彼が襲ってきたときのために、メアリーアンはこの場に踏みとどまって、フランチェスカを死守しなくてはいけないのだ。

 自分はしょせん異形の怪物だ。今しがたの一連の戦いで、彼女自身も身をもってそれを思い知った。

 だったら、その力でもって、せめて何かを守れなければ、嘘だと思う。

 だから彼女は、力ある限りはそこに踏みとどまらなければ、と思った。

 こんな傷、サラエサラスみたいにすぐに直ってしまえばいいのに。

 いずれ引き返してくる敵を討てるだけの、力があればいいのに。



(次話につづく)

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