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ホワイトアウト・シティ  作者: 芦田直人(あしだ)
第5章 イゼルキュロス
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5 サイレンが鳴る

 思い返してみれば、少し嫌な予感がしていた……というのは所詮は後になってから言える事だったかも知れない。

 エルとジョッシュは〈グラン・ファクトリー〉の前の通りの除去作業に、他の住人たちと一緒にしばし従事していた。ジョッシュが敢えてトラックでの運搬役を買って出て、エルも同行する。

「スコップで掻き出すよりかはこっちの方が楽だろ」

「……でも私、あんまり工場を離れたくはないんだけど」

 エルはそうぼやきながらも、ジョッシュのいう通りスコップでの作業はそれなりに重労働ではあった。

 屑鉄平原に向かうのは彼女らだけではなく、道すがら何台ものトラックが列をなしていて、行って返ってくるだけで普段よりも随分時間がかかってしまった。工場街に引き返したのち、一度様子を確かめにエルは工場に戻ってみた。

 だが何故か、そこには誰の姿も見えなかった。

 ノイエはおろか、事後を託したはずのフランチェスカの姿もない。作業場から二階まで一通り二人の姿を探したが、どこにも発見出来なかった。

「……一体どういう事?」

 エルは苛立たしげにジョッシュに詰め寄るが、無論彼に何が答えられるわけでもなかった。

 胸騒ぎがした。念のためノイエの自室を見てみるが、そこにも誰もいない。物置や、エル自身の作業場までくまなく探したが、いない。ジョッシュの店までわざわざ足を運んだが、そこも無人だった。

 そして、ホバーサイクルが見当たらない。

 確かめてみると、工場の方に常備してあったはずの、ノイエの分の防護の装備が一式持ち出されているのが分かった。

「……どういうこと? こんな日に一体どこへ出かけたっていうの?」

 エルは思わずそうつぶやいたが、そう言いつつも薄々察しはついていた。

 多分ノイエは――もしかするとフランチェスカも一緒に、メアリーアンを捜しにでも行ったのだ。

「あの子ったら……」

 気持ちは分からないでもないが、あんな風に倒れた次の日に、それもまだ〈ブリザード〉の痕跡が生々しく残る中、わざわざ出かけて行かなくてもいいのに。それにフランチェスカもフランチェスカだ。どうしてノイエを引き留めてくれなかったのか。

 そんな折だった。

 遠方から唐突にけたたましく響いてきたそのサイレンの音は、エルに限らず、ジョッシュにせよ他のハイシティの住人にせよ、大抵のものにとって意外なものに聞こえていたに違いない。

 何故なら、その音はつい昨日も聞いたばかりだったから。

 なので、それが何を意味しているのか気付くのに、少しばかり時間が必要だった。

 エルもジョッシュも、ただ呆然と立ち尽くしたまま、彼方のサイレンに聞き入っていた。

「サイレンのテストか何かか?」

 ジョッシュが、間の抜けた事を口走る。

 エルは、背中に嫌な汗が流れていくのを感じながら、こう答えた。

「だったらいいんだけどね。……多分、そうじゃない」

「って事は」

「……来るのよ! これから! 〈ブリザード〉が!」

「だ、だって! 昨日来たばっかりだろうが!」

 ジョッシュが慌てるのも無理はなかった。少なくともエルもジョッシュも、〈ブリザード〉が年に二度も街を襲うなんて話、聞いたこともなかった。それが二日立て続けてとなれば尚更だ。だが季節風のしわざである以上は、理論上絶対あり得ないと決まったわけではないのだった。

 半信半疑なのは他の住民達も一緒だっただろう。表通りに目をやれば除去作業にいそしんでいた人々が、避難すべきなのかどうか戸惑うかのように、のろのろと動いているのが見えた。

 半日の作業がまったく無駄になってしまいそうだ、というのもあったが……エルにはそれ以上に、重大な懸案が目の前にあった。

「……それで、ノイエとフランチェスカは、どこへ行ったんだろうね?」

「知るか! おれが知るかよ!」

 ジョッシュが珍しく、きつい口調で吐き捨てる。彼だって、姪の身の上が気がかりなのだ。

 エルは無言のままに奥へと向かい、もう一着常備してあった防護服を、身にまとい始める。

「おい、どうするんだ」

「ノイエたちを探しにいく」

「探すって、どこを探すんだよ!」

「そんなの私が知るわけないでしょ! でも行くの! とにかく探すのよ!」

「やめとけって! お前が死ぬぞ!」

 ジョッシュが止めるのも無理はない。〈ブリザード〉は到着したての段階が一番風も強くて危険なのだ。小一時間ほど立って風が収まってからでなければ、いかに防護を固めたところで安全とは言えなかった。……そもそもマスクやゴーグルが風で吹き飛ばされては、どうしようもない。

 そもそも、ノイエ少年は防護服を身にまとっているとして、フランチェスカまではどうだか分かったものではない。そういう意味では本当はジョッシュの方が焦っていたのだが、それでも今目の前で取り乱すエルを、そのままにはしておけなかった。

「落ち着け! とにかく落ち着けよ!」

「これが落ち着いていられるかってぇのよ!」

 そんな風に揉み合っていた二人だが……ふと、工場の前で物音がしたのに二人とも気付いて、そのまま固まってしまった。

「……まさか」

 ノイエが帰ってきたのでは、と思いエルは慌てて作業場の大扉の方へ向かう。

 見れば、表通りはすでにかすかに白いものがちらつき初めていた。あとどれほどもなく、〈ブリザード〉は本格的に街を包むだろう。

 そんな表通りに……作業場の大扉の前に、一台のホバーサイクルが停まっていた。

 一人の少年が、ゆっくりと下りてきて、工場の中へと足を踏み入れる。

「……ノイエッ!」

 エルが泣きそうな声で飛びついた。遅れてやってきたジョッシュが、息せき切って問いかける。

「ノ、ノイエ! フランチェスカは! フランチェスカはどこだ!」

 その質問に、ノイエはちょっと意外そうな顔を見せた。

「……いないの?」

「一緒じゃなかったのかよ? どこを探してもいないんだよ。俺の店にもいなかったし、ここにも勿論いない」

 どうすればいいんだ、と思わず弱音を吐いてしまうジョッシュを前に、ノイエはどこか超然とした態度のまま、伏し目がちにこう呟いた。

「多分、メアリーアンを探しに行ったんだ」

 ノイエのその言葉に、エルとジョッシュは不安げに顔を見合わせた。てっきりノイエがそのために外出していたと思っていたのだが、そういうからには違っていたのだろうか。

「メアリーアンは、帰ってきていないよね?」

 ノイエの言葉に、エルが首を横に振る。

 ノイエはしばし思い詰めた表情をみせたかと思うと、二人に告げるのだった。

「フランチェスカは、僕が探しに行くよ」

「探しにいくって、あんた、今からそんな格好で――」

 エルはそう言おうとして、言葉を切ってしまった。

 よくよくノイエを見やれば、シャツの肩袖が破れているのが分かった。

 しかも泥汚れか何かかと思っていたのだが、よく見ると衣服のところどころについた染みは、赤黒い色をしていた。断言は出来なかったが、何に見えると言われればまず血痕のように見えた。

 一体、少年の身に何があったというのか――。

 ふと、エルの目が少年の右手にとまった。袖口が破れて素肌が露出したその腕が、よくよく見やれば半透明になって、光を透き通していた。

「ノイエ、あんた――!」

「もう、行かなくちゃ」

「待ちなさい、行くって、どこへいくのよ!」

 手を伸ばして制止しようとしたが、少年はその手を器用にすり抜ける。ちらりとエルを振り返って、やけに優しげな声で、こう告げるのだった。

「メアリーアンと、フランチェスカを探しにいくよ」

 大丈夫、心配しないで――そう告げた言葉が、エルの心に嫌な感触を残した。彼女はノイエに向かって何かを言わなければ、どうにか言いくるめて彼をこの場に引き留めなければ、と内心大いに焦ってしまったのだが、結局言葉になったのは次の一言だけだった。

「あんた、その右手はどうしたのよ」

「右手?」

 まるで今気付いた、という風に改めておのが手を見やる。そして、くすりと笑ってこう言うのだった。

「ごめんね。どこかに落として来ちゃった」

 そう言って、少年はもう一度ごめんねと繰り返す。――ごめんね、ニコル、と。

 違う。

 私はニコルじゃない。

 そう叫びたかったが、声にならなかった。

 そのままノイエはきびすを返して、表に止めたホバーサイクルにまたがって、無言で走り去っていった。

 表はすでに緩やかに風が流れ始めていた。警報からものの十分も経っていないのに、すでに工場街のここにも白いものがちらつき始めていた。

 それまでは薄曇りの空の切れ間に珍しく青空さえかすかに跡切れ跡切れに覗いていたというのに、いつの間に到来したのか、低く垂れ込める濃密な乳白色の雲――に似た何か――が、圧迫するようにハイシティの上空にのしかかっていた。

「――ノイエ!」

 去りゆく少年の名を呼ぶエルの声は、ただただ悲痛な叫びにしかならなかった。

 追いかけて飛び出していこうとするエルを、ジョッシュが懸命に引き留める。

 ノイエは去っていく。フランチェスカもメアリーアンも帰ってこない。それでもここにいる二人だけでも、生き延びなければならないのだ。

 エルはしばらく、本気で暴れて抵抗を示していたが、殴られても蹴られても必至でしがみついて彼女を慰留したジョッシュを前に、ついに力無く泣き崩れてしまったのだった。

「駄目だよ……行っちゃ駄目だって言ってるのにさ……」

 ノイエの馬鹿、と呟く声もまるで力がなかった。おのが腕の中で幼子のように泣き喚くエルを目の当たりにして、ジョッシュはずっとずっと昔、飼っていた猫に死なれた時の彼女もこんな具合であったと、そんな事を思い出していた。



(次章につづく)

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