4 屑鉄平原へ(その1)
「……それじゃあんた、メアリーアンが何者なのか、最初から分かってたってこと?」
「何者なのかは、正直今だって分かっちゃいないけど」
エルに問い詰められて、ノイエはうつむいたまま言い訳をするようにつぶやいた。
この不思議な異形の生き物の、その生命のメカニズムを解き明かせるだけの知見はさすがにこの場の誰も持ち合わせてはいなかったが、そこまで話を聞けば、あの晩階下に滴り落ちてきた謎めいた水たまりから現れたメアリーアンと、同じ晩にその直上に潜んでいたこのイゼルキュロスとに、深い関わりがあろう事は明白だった。実際メアリーアンは誰に教えられずともイゼルキュロスの名を知っていたわけだし、今この場の一同の見ている前で、彼女は自身に生き写しともいえるイゼルキュロスの傍らに座り込み、その手をぎゅっと握りしめているのだから。
それを横目で見ながら、エルは今度は床に横たわるイゼルキュロスに向かって言う。
「あんた、フランチェスカを散々に怖がらせてくれたんだから、一体何様なのか、私たちに分かるように説明してくれるんでしょうね……?」
エルの居丈高な物言いに、果たしてイゼルキュロスがどう返答したものか……あるいはしないのか、ノイエには気が気ではなかったが、それでもイゼルキュロスは床に横たえられたまま周囲の人々をぐるり見渡して、ゆっくりと口を開いた。
(見たところ、あなたがこの少年の保護者のようね。勝手にお邪魔してしまって、それは申し訳なく思うわ。……そして申し訳ないついでに、あなたには一つお願いをしないといけない)
「お願い?」
(そう。この子……メアリーアンのこと)
「そもそもこの子は一体何者なの?」
(普通の人間ではないことは、その様子だともう知っているようね? 何と言っていいのか……私の、かたわれ、とでも言えばいいのか)
「そもそもあんたが何物なのかも分かっちゃいない。今のノイエの話じゃ、結局あんたの正体なんてなんにも知らないままここに連れてきてしまったわけでしょう?」
(そうね。そこから話をしないといけないのかもね。……見ての通り、私は攻性生物。普通の生き物ではない)
「攻性生物……?」
エルはおうむ返しにつぶやいたまま、険しい顔でじっとイゼルキュロスを睨み据えていた。
フランチェスカが心配になって、エルとノイエの表情を交互に見交わして、おそるおそる問いを放つ。
「その……こうせいせいぶつ、って一体何なの?」
フランチェスカの質問に、エルが渋い表情のまま答える。
「〈王都〉でそういう研究を色々しているっていう話は聞いたことがある。〈旧世紀〉の技術を使って、戦場で兵器として戦わせるための生き物を、研究室で作っているのよ」
「生き物を、作る? ……どういうこと?」
「〈旧世紀〉の遺跡から復刻された技術だっていうけどね。生き物が持っている、遺伝子、とかいうのを書き換えて、違う生き物に造り替えるんだってさ。戦場で人間のいうことをよく聞いて、いざとなれば戦車の代わりに敵を蹴散らすような、そんな生き物を作るのが、主な目的ね」
……この説明で分かる?とエルが念押しするが、フランチェスカは釈然としない顔だった。
「ノイエは、分かった?」
「よくは分からないけど……要するに、神様の真似をする、って事じゃないの?」
少年の口から具体的にそんな言葉が飛び出すと、エルもフランチェスカもどきっとさせられた。
エルは改めてイゼルキュロスを見やる。確かに異形の怪物だ。だが元々は人を模して造られていたであろうことはうかがい知れる。何より、こうやって人語を理解し、お互いに言葉を交わしている。
ノイエは何事かを考えこむようにしながら、ぽつりぽつりと言葉を吐く。
「その攻性生物というのが、仮に戦場で使うための兵器なのだとしたら……このイゼルキュロスも、そうなのかな?」
「そう……なんでしょうね」
質問を受けて、エルは苦い表情を見せた。
「……そうね。あんたがどうしてそんなに傷だらけなのか、その理由を聞いてもいい? 一人で勝手に転んだわけじゃないわよね? あんたをそういう目に合わせたやつが、どこかにいるって事になるのよね」
エルの言葉に、ノイエの脳裏には彼女を執拗に追いかけていたあの羽虫の群れの姿が浮かんだ。今ここでその話をしてもエルやフランチェスカを不安にさせるだけだろうが、であればあの虫たちも攻性生物の一種だったのだろうか?
彼女は一体、何と戦って傷ついたのか。
そもそも、何故彼女は屑鉄平原なんかにいたというのか。
エルに睨みつけられても、イゼルキュロスは黙ったままだった。それを横目に、エルはため息交じりに告げる。
「ノイエ……薄情な事を言うようだけど、私はこのイゼルキュロスは、ここに連れて来ない方がよかったと思う。何なら拾ってきた場所に今からでも返してきた方がいいかもしれない」
「え……?」
「私が知っている攻性生物は、甲虫か何かをばかでかくしたようなやつか、人造義肢の技術と組み合わせた機械人形型か……生体としてここまで精巧に人間そっくりに見た目が近づいているって事は、相当最新に近い性能の個体って事でしょう。そいつがこんな深手を負わされてるなんて、よっぽどの事のはずだからね。そいつをここに置いておいて、あんたやフランチェスカが何かしらトラブルに巻き込まれないっていう保証が、一体どこにあるっていうのよ」
「そんな……」
「はやく放り出した方がいい。薄情なようだけど、それが一番いいと私は思う」
ノイエが反論しようと何かいいかけたが、それを遮ったのは当のイゼルキュロス自身だった。
(私も、それがいいと思う)
「イゼルキュロス――」
(どのみちこの傷では、私はもう長くはない。生命活動を停止してしまえば、どのみち亡骸は廃棄する必要があるでしょう)
「でもあなたは、まだ生きて動いているじゃないか」
(それももうどれほどの時間もないと思う。……だったら、こうお願いしたら訊いてくれる? 最後に私を屑鉄平原に連れて行ってほしい。最後はそこで迎えたい)
「それじゃ、メアリーアンはどうするのさ……?」
ノイエが悲痛な声で訴えかける。エルは床の上のイゼルキュロスを見やり、その傍らに座り込むメアリーアンを見て……両者をまじまじと見比べる。
そして、自分が今踏みしめてる床板を、つま先でこつこつと叩いた。
「……ここの真下って、私の作業場なのね? つまりあの晩、作業場にこの子が現れたのは、あんたがすぐ真上のこの部屋にいたからで……つまりはあんたの仕業だったってわけね?」
(私がかくあれと望んだわけではないけど。でも私も深く傷を負っていたから、無意識にそう望んだのかも知れない。……私のしわざかと言われれば、否とは言えない)
「この子は……あんたなの?」
(私そのまま、ではない……と思う)
「……」
(この子の事をお願い……そして私を屑鉄平原に捨てて……)
そう喋っている間にも口調はだんだんと弱々しく、発声も不明瞭になっていく。やがて最後の言葉を言い残すと、それきりイゼルキュロスは眠りにつくように目を閉じてしまった。
メアリーアンが、彼女の手を取ってしきりに名を呼びかけるが、それ以上の返事は無かった。そんなメアリーアンを横目に、ノイエはすがるような思いでじっとエルを見やる。フランチェスカもまたエルが次に何を言い出すのかじっと見守るように無言を貫いていた。その両者を交互に見交わして、エル・グランはその場の決断を委ねられている事を知り、ため息をついた。
「いいでしょう。本人がそう言っているんだから、このイゼルキュロスは屑鉄平原に戻しましょう」
「メアリーアンは?」
「これも本人に直接お願いされたんだからどうしようもないでしょ。ずっと、とは言わないけど当面うちに置いて面倒を見ます。……ただ、念押しするけど、ずっとってわけじゃないからね?」
何か文句ある?と訊かれて、ノイエもフランチェスカもふるふると首を横に振った。ただメアリーアンだけが、そんな三者のやり取りをじっと不思議そうに眺めながら、物言わなくなったイゼルキュロスの手をいつまでも握ったまま離そうとしないのだった。
* * *
結局その日は、メアリーアンはずっとイゼルキュロスから離れようとせず、夜も彼女に寄り添うように床で眠った。そのままにしておいていいかどうか迷ったが、ノイエは二人を部屋に残して、自分は工場の事務所のソファで睡眠を取った。
しかし結論が出た以上ぐずぐずはしていられなかった。ノイエは翌朝、メアリーアンが眠ったままなのを確かめると、その手からそっとイゼルキュロスの手を引き剥がし、彼女を自室から持ち出した。
誰かに見られるわけにいかなかったのでいったんエルの居室に持ち込み、念のためタオルでくるみ、そっと背負い袋に詰める。その間、イゼルキュロスは目を開けず、口もきかなかった。
その背負い袋を、よいせ、と担ぎ上げたところで、エルが寝室から姿を見せた。
「あんた、もしかして一人で行くつもり? 危ない目に会うかもしれないから、私が行くよ。あんたは今日は留守番してて」
「……でも、僕が拾ってきたんだし。それに場所を知ってるのも僕だし」
「場所は……そうねえ。本人が案内してくれりゃいいけど」
「だったら、僕も一緒にいくよ」
「でもそうなるとメアリーアンが一人になるわね。……フランチェスカが来てくれればいいけど」
「フランチェスカと二人にしていく方が無責任だと思うけど」
確かにその点は少年の言うとおりだ。だがやはり、負傷したイゼルキュロスを連れて屑鉄平原に出かけることは、安全な行為とは言えないのではないか、というのがエルの懸念だった。
「エルは一体、何が気がかりなわけ?」
「だって。どこかの誰かが、こいつにとどめを刺そうと居場所をじっくりと探し回ってるかも知れないのよ? あんた一人でそんなところに放り出すわけにいかないでしょ」
「平気だよ。屑鉄平原に出る時はいつも一人だけど、あちこちに採掘の人たちだっているわけだし」
「採掘業者がどこにでもいるっていっても、限度があるでしょ。それに一人かどうかより、その背中の荷物と一緒なのが、危ないかも、って話をしてるのよ。あんたや私に分からないように、そいつをどこかから見張ってるやつがいるかも知れないし」
声高に口論しているつもりでもなかったが、そんなやり取りをしていると戸口にいつの間にかメアリーアンが立っているのが見えた。このまま内緒で出かけるのはどうやら難しそうだった。
どうしたものかと思案しているうち、結局昨日の今日でフランチェスカも朝から工場にやってくる。昨日悲鳴を上げるだけ上げておいて、彼女もまた最初から自分も屑鉄平原行きには参加するつもりのようだった。
「……しょうがない、皆でいくか」




