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「なーなー森山ってさ、看護の寺下と付き合ってんの?」
「……付き合ってない」
今週で何回目かになるその質問にげんなりしながら答える。
質問してきた同じクラスの男は「そっかー、噂になってたけど違うのかー」と言った後、すぐに先程までやっていた講義について話し始めた。
寺下に絡まれた日から二週間経っていた。
その間、寺下が休憩中や昼食中に話しかけてきたりしていたせいか、いつの間にか俺と寺下が付き合っているという噂が広まっていた。
聞かれる度に否定をしているが、コースの垣根を越えて広まっているらしいその噂には正直いい迷惑をしている。
そして、好きでもない人と付き合っているという噂も嫌だが、今何より重大な問題に頭を抱えていた。
それは、最近渚に避けられている気がするということだ。
いつもは大学で会ったら次の講義が始まるまで話すし、同じアパートで隣同士ということもあって三日に一度は遊びに来ていた。
それが、大学で会うことが急に減り、家にも全然来なくなったのだ。
「そりゃー彼女持ちの人と距離を置くのは普通だろ。そもそもお前らの距離感がおかしいくらい近かったし」
「でも、渚ちゃんが気を使ってるってのが意外ー。渚ちゃんって優が誰と付き合っても普通に接してそうなのに」
「だから俺は誰とも付き合ってない。……渚に会いたい」
「森山がこんな恥ずかしい台詞を言うなんて……重症だな」
人が真剣に悩んでいるというのに、唐崎はポリポリじゃが○こを食べている。
その横でポテチの袋を開けた林田は、ポテチを6段重ねにして大きな口で頬張りながら話を続ける。
「もぐ……そんなに会いたいなら、直接会いに行けばいいんじゃね?」
「それで拒否られてみろ。森山、絶対立ち直れないぞ」
「えーでもさ、絵梨花ちゃんと付き合ってるのは誤解だー!って言わないと何にも変わんないと思うけどな」
「それもそうだな。……サンキュ、林田」
「お! 感謝してるなら是非次の講義の課題を見せてくれ…」
「ポテチ食ってる暇あるならさっさとしろ」
「ちぇー…ケチー」
でも、林田の言う通りだ。
まずは誤解を解かないとな。
ちょっとだけ林田に感謝したので、指が油まみれの林田にポケットティッシュを貸すのだった。
その後、大学内で時間がある時は探してみたが結局会えず、講義が終わった後はバイトに直行したので、気付けば22時を超えていた。
いくら幼馴染でも夜遅くに家に押しかけるわけにはいかないので、明日に持ち越しだなと考えつつ夜道を歩く。
曲がり角を曲がると、ふと前に渚が歩いているのが目に入った。
渚が働いてる店って、確か閉店時間は20時じゃなかったか?
この前といい今日といい、やけに夜遅くに会うな。
そんな疑問を持ちつつ、渚に追いつくために歩みを早める。
「渚。偶然だな…」
「いやぁ‼︎」
「渚⁉︎」
声をかけるついでに軽く肩に触れただけで、渚は突然悲鳴を上げてしゃがみこんでしまった。
尋常ではないその反応に一瞬怯んでしまったが、ガタガタ震える渚の背を見て我に返る。
「いや、来ないで……!」
「渚、俺だ。大丈夫だから」
「わ、私、襲っても胸そんなにないから……!」
「渚‼︎」
俯いたままパニックになっている渚の顔を無理矢理上げて、視線を合わせる。
最初は視線が泳いでもがいていた渚だったが、ようやく目線が合うと動きが止まった。
「え…優……?」
「そうだ。何があったか知らないが、安心しろ。大丈夫だから」
「……っ」
落ち着かせようと優しく頭を撫でると、渚の目から涙が溢れた。
ポロポロ溢れる涙に内心かなり動揺したが、なんとか平静を装いハンカチを貸す。
頭を撫でたり背中をさすったりする内に落ち着いた渚は、真っ赤な目で何もない、気にするなと言い出した。
当然何もない訳がないので、腰が抜けた渚を家まで送り事情を問いただした。
「誰かに跡をつけられている⁉︎」
「確証はないよ! ないんだけど……バイト帰りにいつも足音が聞こえてきたり、誰かに見られてる気がしたりして」
「何で俺に言わなかった」
「だって、彼女いるし……。それに、こんなこと優まで巻き込む訳にはいかないでしょ」
ビーズクッションを抱えてもごもご言う渚。
なんとかして俺を遠ざけようとする渚に少しムッとして、渚の両頬をギュッと押し潰す。
「なにゅい……?」
「どう考えても渚一人でどうにかできる事じゃないだろ。変に気を使わずに俺を頼れ」
「でむぉ、彼女…」
「俺に彼女はいない。これで問題ないだろ」
手を離すと、渚は頰をさすりながら怪訝そうに俺を見る。
「でも、キスしてたよね?」
「あれはしたんじゃなくてされたんだよ。で、当たったのも頰だからな」
「そう、なんだ。彼女じゃないんだ……」
渚はその後ポツリと何かを呟いた気がしたが、へにょと崩して笑う顔を見てなんとか誤解を解けたようで安心した。
さて、となると次はストーカー対策だな。
「バイトが終わるのはいつもこんなに遅いのか?」
「うん。最近系列店に異動になって、終業時間が遅くなったの。閉店作業とかしてると、大体いつもこの時間になるかな」
「なら、バイトある日を教えてくれ。迎えに行くから」
「ええ⁉︎ 一人で帰るくらいなら大丈夫だよ。いざとなったら逃げたらいいんだし。ほら、私って足速いでしょ」
「さっきまで腰抜かしてた奴の言う事を信用できるか」
「うっ……」
否定できずにビーズクッションをぐにぐに弄る渚の頭にポンと手を乗せる。
「俺が安心したいから迎えに行くんだ。渚が気にすることじゃない」
「でも、それきっと大変だよ。優だってバイトあるのに。どうしてそこまで…」
「好きな人が怖い思いをしているのに、助けない奴がいるか?」
「すっ……⁉︎」
「ま、今更だけどな」
今まで散々告白してるのでサラッと言ったつもりだったが、何故か顔を真っ赤にして口をパクパクする渚。
……なんだこれ。可愛いな。
ずっと見てたい気持ちもあるが、このままここにいると不味い気がする。主に自分の理性が。
「じゃあ、俺は帰るな。戸締まりはしっかりしろよ。あと、何かあったらすぐに呼べよ」
立ち上がり部屋を後にしようとしたが、ズボンを引っ張られた感触がして立ち止まる。
見下ろすと、ズボンの裾を持っていた渚が慌てた様子で手を離していた。
「ご、ごめん! なんでもない! うん、またね…」
「渚、まだ怖いか?」
「ぅえ⁉︎ い、いや、その……」
「何でわかったのって顔してるぞ」
「え、うそっ⁉︎」
「10年以上幼馴染してるからな。顔見たらわかる」
しかし、どうするか。このまま渚を一人で置いて帰るのは気がひけるしな。
……これしか、ないか。
「今日はここにいてやるから、風呂だけ貸してくれ」
「本当⁉︎ ありがとう!」
「……っ」
お前、その笑顔反則だろ! これから一緒に泊まる男の理性を揺らすな!
俺が心の中で葛藤していることなんかつゆ知らず、渚は笑顔で風呂の準備をしに行った。
その後風呂を借り、バイトの疲れと渚の誤解を解けた安心感でうたた寝をしてしまい、起きると腕の中で渚がすやすや寝ていたせいで理性が外れかけたが、なんとかその日は乗り切ったのだった。




