表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無愛想彫金師はまじなう  作者: 長久保いずみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/11

第8話 日常

 引っ越しを終えたサンドラは、毎日のように彫金師ギルドに顔を出した。


 知り合いがほとんどいない場所だから、指名の依頼というのはまだ来ない。だから、無指名の依頼をよく受けていた。


「こちらの依頼の品、修理が完了しました」


「ああ、ありがとうございます。相変わらず仕事が速いですね。はい、報酬の銀貨になります」


「ありがとうございます」


 礼を言い、会釈をしてサンドラはギルドを出る。


 対応していた職員が、その背中を見送ってぽつりと呟いた。


「すげーなあ。あれでもうちょっと愛想がよかったら、お客さんもつくと思うんだけどなあ」


「こーら、下世話な想像しないの」


 後ろを通りすがった同僚がその頭を小突く。


「えー、いいじゃん、本人に聞こえていないんだし」


「あの人、呪術師でもあるんだよ? 幽霊と交信して噂話を拾っているかもしれないじゃん。で、気に入らない噂を流している人を呪ったり……!」


「やめろよ! 寝られなくなるじゃん!」


 青い顔で震えあがった職員に、同僚がケラケラと笑った。


「あはは。ま、それくらい気を付けて接しておいた方がいいかもってことよ。呪術師って黒い噂が絶えないからさ」


「え……ああ、そう」


 どんな噂か好奇心がうずいたが、本当に寝られなくなりそうなので聞かないことにした。




 さて、そんなやり取りが繰り広げられているとは露知らないサンドラは、今日の食事の買い出しに来ていた。


 ベーグルは腹持ちが良いので助かるが、毎日だと飽きる。なにより、外食はお金がかかるのだ。せっかくキッチンがあるし、仕事も忙しくないので自炊していた。


「こんにちは。おすすめの野菜はあるかしら」


「いらっしゃい、今日はズッキーニがいいぞ。それにトマトが豊作だ」


 サンドラがマーケットに顔を出すと、野菜を売っていた店主が答えた。彼が示した野菜たちは、たしかに他の野菜に比べて専有面積が広い。だけど、それ以外の野菜が見劣りしているようには見えなかった。


「美味しそうですね。ではズッキーニとトマトを一つ、それからパプリカも二個ください」


「あいよ。どんなおかずにするんだい?」


「トマトの煮込みですかね」


 お肉を入れると途端に豪華になるが、収入が安定していないので我慢する。口コミで常連客がついてくれるまでは、野菜と黒パンでしのぐのだ。


 独り立ちして間もない頃を思い出す。あの頃は野菜すら買えなくて、一日に薄いパン一切れで乗り切っていた。


「へー。ついでに俺のズッキーニも味見してくか?」


「切れ味のいい包丁を最近購入したんですけど、試し切りにちょうど良さそうですね」


 店主のセクハラにサンドラが間髪入れずに答える。店主が固まり、別の人を相手にしていた奥方らしき女性が豪快に笑った。


「あっはっは! いいねえ、アタシもその包丁を試してみたいよ!」


「ごめんなさい、奮発して買ったものなので、他の方にはちょっと……」


「あらそうかい? 機会があったらぜひ見せておくれ! はいこれ、サービス」


「ありがとうございます」


 女性と金銭の授受をして、紙袋に野菜とおまけを入れてもらう。


「馬鹿がごめんね! また来てくれると嬉しいよ!」


「はい」


 片腕で旦那の首を絞めている女性に会釈をし、サンドラは自宅に帰る。


「ただいま」


 と言って返事が返ってくるわけではない。だが嫌ないびきや不機嫌な声が聞こえてくるわけでもない。


 それを確認すると、サンドラは緊張していた体をふぅと緩めることができた。


「さて、暗くなる前に作らないと」


 ただでさえ奥まった場所にあるため、すでに室内は暗い。サンドラは最低限の蝋燭を付けると、買ってきた食材を手早く切って鍋に放り込んだ。


 トマトを潰して、水を入れ、煮立ったら塩とハーブを適量散らす。


 昨日買ってきた黒パンは、冷たくカチカチになっている。それも放り込んで柔らかくしたら完成だ。


「いただきます」


 小さなダイニングテーブルにランチョンマットを敷いて、野菜とパンのスープを食べる。味は薄めだが、トマトの酸味と甘みがいいアクセントになっている。ハーブの香りも良い。


 遠くでは町の喧騒が聞こえる。それが心地よかった。


(ただオンシエン王国に近いからって理由でここにしたけれど、正解だったわ)


 世の中、いい人ばかりではない。三十年近く生きていればそれくらいわかる。その対処法もサンドラは身に付けている。


 あれくらいのセクハラ、サンドラにとって砂粒が舞う風程度だった。こちらがちょっと反撃すれば相手が怯むのがわかる分、ただの風よりもやりやすい。


 それに、結婚適齢期をすでに過ぎている。適齢期前のセクハラの方が、対処の方法がわからなかった分不快だった。


(それに、仕事はあるし、お礼ももらえるし。常連さんができるのも時間の問題ね)


 口伝てだが、サンドラの腕を評価してくれる人も中にはいる。そういう人たちが、いずれはギルドを通じてサンドラを指名し、やがて直接依頼をしに来てくれるようになる。


(来づらい場所に店を構えちゃったのは、申し訳ないと思うけど。呪術師ギルドに申請すれば、道に呪術を張れるかしら)


 掛け合ってみる価値はある。


 明日は先にそちらへ顔を出して、相談してみよう。


「ごちそうさまでした」


 そう思いながら、サンドラはスープを完食した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ