第7話 引っ越し
「え? もう決めてきたのですか?」
「はい。つきましては、こちらが引っ越しや家具の作成にまつわる見積書です」
サンドラは淡々と(本人としてはあっけらかんと)言い放ち、見積書を差し出す。対応した職員を始め、話を聞くとなしに聞いていた他の職員や彫金師たちがギョッと振り返った。
「あ、はい、ありがとうございます……えっと、大丈夫でしたか?」
「なにがですか?」
「お一人で対応とか、されてないですよね? どなたか知り合いを同伴とか……」
「ここにきてまだ一週間と経っていないので、知り合いという知り合いはいませんね」
「一人で不動産屋と見て回ったんですか!?」
大声を上げた職員に、サンドラはきょとんと首をかしげる。
「ええ……。あ、もしかして身の危険とかですか?」
「そうですよ!」
大きく頷いた職員は、今頃になって我に返った。周囲を何度も見回して、声を潜める。
「ギルドマスターからの紹介でしょ? あの不動産屋、男が相手ならまともなんですけど、かなり女癖が悪いんです。無防備だったら身の危険だってあったでしょう?」
それを聞いたサンドラは、しかしうーんと唸る。
「紳士的な対応をされましたから……。あ、もしかしたら例の瑕疵物件が牽制になったのかもしれません」
「カシ?」
「ギルドマスターが勧めてくれた物件です。私の……ああ、私が呪術も使えることはご存じで?」
「一応」
「そちらとの相性がとても良い物件だったんです」
「物件に良いとか悪いとかあるんですか?」
「そうですね。特に呪術を嗜んでいると、そういう方面にも強くなります」
「へえ……。すごいですね。呪術師ギルドにも登録しておいた方がいいのでは?」
「顔は見せる予定ですが、本業は彫金師ですから。それに、呪術というのはそう簡単に扱っていいものではありません」
「あ、そうなんですね」
「他人の人生を奪う覚悟がないなら、最初から呪わなきゃいいんですよ」
肩をすくめて言い放つ。どこへとも知れない言葉に、ギルド内が凍り付いた。
「…………」
「どうしました?」
「ああ、いえ、なんでもありません。見積書、お預かりしますね」
「はい。私はこの後、大工ギルドに打ち合わせに行きます。引っ越しの日程が本決まりしたら、またお知らせします」
「わかりました」
会釈をしたサンドラがギルドを出て行く。
ドアが閉まって、中にいた誰かが深く息を吐いた。
「はー……おっかねえ」
「なあなあ、あの人、新しく入ってきた人? 呪術使うって本当?」
「一応」
頷いた職員が、ドアに疑り深い視線を向ける。
「呪術師って、公的に殺人を認められた職業の人だけど……。あの人もそうなのかな?」
誰もが気まずい顔をした。
◆ ◆ ◆
虫除けのお香をこれでもかと焚き、一階の床から屋根裏まで丁寧に磨き上げ。
先住霊との交渉も終わらせた。
今日は引っ越しの日である。
新居に大小さまざまな板が運び込まれ、職人たちが釘を打って組み立てていく。
「サンドラさん、ベッドの配置は?」
「こちらでお願いします」
「クローゼットの部品届きましたー!」
「二階までお願いします!」
「サンドラさん、テーブルの微調整、お願いします」
「はーい」
建物は裏通りのさらに奥にある。組み立て済みの家具では運搬が大変なため、パーツごとに搬入して組み立ててもらう方針となった。
一度に大量の大型家具を搬入、組み立ててもらうものだから、事前の打ち合わせは綿密に行われた。そのおかげで大きなトラブルもなく、順調に組み立てられている。
長いこと人が入っていなかった割には、家の状態はいい。おかげで床板の打ち直しもなく、カーペットを敷く程度で済んだ。寂しい壁にはタペストリーを掛けるつもりである。
「やあ、サンドラ。今大丈夫?」
「エリカさん」
大工たちに一言断り、釘打ちの音が賑やかな室内から外に出る。
「はい、引っ越し祝い」
「ドライフラワー? 高かったのではないですか?」
「いいのよ。私が知り合い第一号で、職人仲間第一号だからね。今後、なんか困ったら声をかけてよ。うちからギルドに掛け合うこともできるから」
「ありがとうございます」
「ご飯は? どこかで食べる?」
「買ってきたものがあるので、それを食べようかと」
「そっか。私もご相伴にあずかれる?」
「ごめんなさい、今日は一人で食べたい気分なので」
「ありゃ、残念。また気が向いた時に声をかけてよ」
「ありがとうございます」
エリカを見送り、サンドラは再び内装の確認に戻る。
大工たちの手際は良く、早朝から始まった作業は、日が暮れる前にすべて終わった。
「じゃ、我々はこれで失礼します」
「ありがとうございました」
サンドラは大工たちに深々と礼をした。
「こちら、買ったものではありますが、よければみなさんで食べてください」
「おっ、サンドイッチだ」
受け取った大工が声を上げる。サンドラが差し出した袋の中には、多種多様なサンドイッチが大量に入っていた。
「ありがたく受け取らせていただきます。正式な請求は、また後日」
「はい。本日はありがとうございました」
争奪戦を始めた大工たちが、狭い路地をわちゃわちゃしながら出て行く。
すぐにしぃんと静まり返った。
サンドラは大きく伸びをする。
「ん~……。ああ、やっと落ち着いた」
ひとりごちる。それに合わせて胃が食べ物を求めた。
でも先に大事な仕事がある。
二つある鞄のうち、片方から木箱を取り出す。
そこに入っているのは、あの赤いタガネだ。
新品のカウンターテーブルに置くと、タガネがころころと転がった。
右へ、左へ。まるで自分の意思を持つように好き勝手にカウンターの上を転がったタガネは、やがてくるくると回り出した。
「気に入ってくれたのね。よかった」
サンドラはほうと息を吐いた。ひとりでにサンドラの近くへ転がってきたタガネを撫でる。
「いいところが見つかってよかったわ。ギルドの人たちもいい人たちみたいだし」
タガネがころころと転がる。
「引っ越し祝いも兼ねて、ワインを用意してあるわ。さっそく開けましょう」
そう言うと、タガネは嬉しそうに何度も回転した。
仕事を本格的に始めているわけではないので、今日はカウンターで食べる。
あらかじめ分けてあった、野菜と鴨肉のサンドイッチを一つ。そして小さなワインボトルとワイングラスを持ってくる。
蝋燭をつけてグラスにワインを注ぐと、赤い液体がより深みを増したように見えた。
サンドラはタガネに向けて乾杯するように軽く掲げる。
「また一から始めましょう。彫金師として、呪術師として」
タガネはまた、くるくると回転した。




