第6話 新居探し
カメオの解呪を終えた翌日、サンドラは小さな鞄を手に不動産屋を訪ねた。
「ごめんください」
「はい、どちらさん?」
出迎えたのは細い体の男だった。
「彫金師ギルドのマスターの紹介で来ました。サンドラと申します」
「ああ、あんたがそうか。物件の内覧に来たのか?」
「そうです」
「なら、すぐに出よう。候補はそれぞれちっと離れているんだ」
男がいそいそとコートを羽織った。
まず案内されたのは、彫金師ギルドにほど近い空き家だった。
「家主が出て行ったのはつい先月だ。まだそこまで汚くないだろ?」
「そうですね」
サンドラは頷く。
家具もすべて撤去されたそこは、いっそ寒々しいほど広かった。ギルドに頼めばある程度の家具も揃えられるだろうが、初期費用はできるだけ安く済ませたい。
――というのは表向きの理由。
サンドラの直感が「無理」と告げていた。なんなのかはわからないが、早くここから去りたい。
でもその前に、やらなきゃいけないことがある。
サンドラは鞄の中から木箱を取り出した。中に入っているのは赤いタガネである。
「お嬢さん、傷つけるのはやめてくださいよ?」
不動産屋が慌てて言う。
「大丈夫です。傷つけるために取り出したのではありません」
サンドラはそう言って、床にタガネを置く。
すると、タガネがころころと転がり、サンドラの靴にピタリと寄り添った。
「……嫌?」
サンドラが訊ねると、タガネは少し離れてくるりと回転する。綺麗な一回転で止まったそれに頷いて、彼女はタガネを拾った。
「ありがとうございます。次の物件に案内してもらえますか?」
「……今のは?」
「職業柄、あまり秘密を他人に漏らしたくありません」
そう言って、サンドラは慌てて付け加える。
「大丈夫ですよ。言ったところで誰も信じないでしょう?」
安心させるように、にこりと笑って見せた。
不動産屋の目には、「言ったらどうなるかは……その時のお楽しみ」とモノローグが聞こえてきそうな不気味な笑みに見えた。
「でで、では、次の物件に案内します」
急に敬語になった不動産屋を面白がるように、サンドラの手の中でタガネが小さく震えた。
「ここが二軒目です」
と言って案内されたのは、表通りから一本入った場所にある家だ。日が差し込まないのか、全体的に薄暗い。
「立地的には厳しいですが、家具が揃っているのは嬉しいと思います」
「そうですね」
サンドラは頷いた。
裏通りは概して狭い。大きな家具は材料を家に運び込んでから組み立てたのだろう。それらが残っているのは、解体する手間を惜しんだか、新しく買う決断をしたからか。いずれにせよ、次の入居者にとっては嬉しい誤算である。
サンドラは再びタガネを取り出し、床に置いた。
タガネはころころと部屋の奥へ転がっていったが、やがてゆっくりとサンドラの足元へ戻ってきた。
「ここも嫌?」
またくるりと一回転。
「すみません、三軒目に案内してもらえますか?」
「はい。わかりました」
三軒目は、さらに奥まった場所に建っていた。
大通りから離れ、入り組んだ小さな家の間を縫うようにして、その物件に辿り着く。
「正直、ここはあんまりおすすめしないですね」
不動産屋の男は言った。
「その……、家賃相場からだいぶ勉強させてもらっています。あなたのところのギルドマスターが指名しなきゃ、正直選びもしませんでしたよ」
つまり、ギルドマスターはサンドラの仕事場として最適だと踏んだのだ。
「……素晴らしい」
サンドラは自然と呟いていた。
「え?」
「あなたはどう?」
不動産屋の呆けた声を無視して、サンドラはタガネを床に置いた。
埃が薄く積もった床の上を、タガネが転がり始める。
ころころ……ころころ……ころころころころころころころころころころ!
前の二軒での反応が嘘のように、タガネがひとりでに走り始めた。勢い余って埃が舞い上がる。人間に例えるなら、新しいおもちゃに目を輝かせる子どものようなはしゃぎようだ。
「気に入ってくれたみたいです」
「そ、そうですか」
不動産屋はそれ以上言えなかった。
タガネはその間も、縦横無尽に室内を転がっていく。
「ちなみに、間取りは?」
「こちらになります。一階がリビングとキッチン、それから浴室もあります。二階は三部屋で、一つが物置部屋です」
不動産屋が取り出した紙を眺める。浴室があるのは嬉しかった。湯屋でさっぱりした帰りに襲われたらたまらない。もっとも、サンドラはそうした輩へ反撃する術も持っているのだが、使わないに越したことはない。
二階の一室をサンドラのプライベートルームにして、他の二部屋は物置部屋にさせてもらおう。これだけ広いと一人では余らせてしまいそうだが、どうせ一階はほぼ仕事部屋に改装する。寝室と読書部屋を分けるのも良さそうだ。想像力が止まらない。
やがて、足元でコツコツと音がした。見れば、あれだけはしゃいでいたタガネがちょこんと転がっている。
「気に入った?」
サンドラがそう訊ねると、何度もくるくると回った。
「よかった。あ、私もこの目で見ていきたいのですが」
「ああ、それはもちろん。気の済むまで」
「ありがとうございます」
不動産屋に礼を言い、サンドラはタガネを持って室内を見て回った。
どんな事件が起こったのかは知らない。だがなんとなく〝わかる〟。誰かの嘆きや悲しみが空気中に渦巻いていた。
「お話はあとでたっぷり聞かせてね。大丈夫、私は逃げないから」
虚空に向けてそう語り掛ける。少しだけ声が小さくなった気がした。
広いリビングはそのまま仕事場に改装できる。大きなカウンターは大工ギルドに掛け合って作ってもらおう。
暖炉やかまども掃除をしなければ。床の埃の積もり具合から、きっと目詰まりを起こしている。
水場は案外綺麗だった。簡単に掃除をするだけでよさそうである。浴室も思ったほど小さくないので、タライを買って来ればすぐにでも使えそうだ。
二階に上がると、ドアが三つあった。登ってすぐ左側を開けると、物置部屋らしい小部屋だった。奥に進んで右側を開けると、さーっとネズミや黒い虫が逃げていく。
「……燻すのが先ね」
害虫、害獣除けのハーブはなんだったかと頭を巡らせた。
そして最後の左側のドアを開けると、右の部屋より若干狭かった。どちらを寝室にするか、悩みどころである。
念のため、ちょっと歩いて床の傷み具合も確認する。素人判断であるが、大人一人分なら余裕で支えられる程度の強度を保っていた。
サンドラは階段を足早に降りて、玄関前で突っ立っていた男に声をかける。
「決めました。こちらにします」
「ええっ!?」
男が素っ頓狂な声を上げた。
「ほ、本当ですか!?」
「はい。決めました」
「い、今ならまだ取り返しがつきますよ? 前二軒のどちらかとか……」
「いいえ。他の物件を提示されても、私はここに住みます」
「そ、そうですか? それなら…………キャンセル、ききませんよ?」
「承知しています。入居の前に、仕事用のカウンターの制作や掃除なんかをするかもしれませんが、いいですか?」
「そこはもちろん、あなたの思うとおりにやってもらって構いません。じゃあ、店に戻りましょうか。契約の書類を用意します」
「はい」
不動産の男を先頭に、サンドラはその家を出る。
その直前、彼女は家の中を振り返って言った。
「また来るわ。お話はその時に聞かせてね」
空気がゆらりと動く。
不動産の男が「ひぃ」と悲鳴を上げた。




