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無愛想彫金師はまじなう  作者: 長久保いずみ


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第24話 財務補佐官の末路

 呪いの鋲を作った。


 呪詛返し用の人形も作った。


 準備は万全。


 その上で迎えたXデー。


 ――の、さらに一ヵ月後。


「あの、呪術師さんはいらっしゃいますか?」


 件の男が、おずおずと彫金師ギルドを訪ねてきた。




「報酬でしたら、すでに受け取っておりますよ?」


 念のため応接室ではなく、工房で話を聞くことにする。


 紅茶を差し出しながらサンドラが訊ねれば、男は首を横に振った。


「一応、その後の成果について、お話ししなければと思いまして」


「呪術師は呪うのが仕事です。カウンターも発動していませんから、相手に反撃するだけの力がないか、その方法を探していると見ておりますが」


「……本当に呪い返してくるんですか?」


「呪術師にとって反撃は様式美です。反撃をいなしきれなければ、こちらの力不足なだけです」


 サンドラはそう言って、自分の紅茶を一口飲んだ。


「私は対象がどのような末路を辿ろうと気になりません。あなたの胸の内に留めきれないのなら、適当に独り言でもおっしゃったら? ここには『王様の耳はロバの耳』なんて反響する洞穴はありませんから」


 それだけ言うと、サンドラは男の対面ではなく、作業台の方に向かった。引き出しにしまっていた道具の手入れを始める。


 タガネにやすりをかける、静かな時間が流れた。


「…………。靴は、無事にペルニツァ氏に渡りました」


 ぽつりと、男が呟く。


「翌日から、彼の不正を告発する手紙が届くようになりました。筆跡はバラバラ。内容も違う。でも、共通しているのは『ペルニツァの部下から金銭を脅し取られた』こと」


 サンドラは反応しない。道具の手入れを続ける。


「あまりにも多いので、財務大臣が重い腰を上げました。そうしたら、今までどうして見過ごしていたのかっていうくらい証拠が出てきたんです。ペルニツァ氏はでたらめだと否定していましたが、証拠に加えて部下を名乗る証人まで出てきて、ついに逮捕されました。今は裁判のため、地下の牢に繋がれています」


「……そうですか」


 サンドラは相槌だけ返した。


「ありがとうございます」


 男がそう言った。サンドラは手を止めて振り返る。


「なにがですか?」


「あなたはペルニツァを逮捕するきっかけを作ってくれました。これで善良な商人や農家が泣き寝入りしなくて済む」


「私は頼まれて呪術を組み、それがこもった品を渡しただけですよ」


「それでも、です」


 男はまっすぐにサンドラを見た。


「あなたに頼んでよかった」


 彼は依頼の張本人ではない。だが、およそ呪いを依頼した人とは思えないほど、まっすぐな瞳を向けてきた。


 無垢そうなそれが眩しくて、サンドラは目を逸らす。


「そうですか」


 道具をしまい、作業台の上を簡単に掃除する。


「ご用が終わったら、もうお戻りになっては? 宮仕えはお忙しいでしょう?」


「……ええ、まあ」


 男が苦笑いする。


 それから驚いたようにサンドラを見た。


「えっ、なんで僕が王宮勤めだってわかったんですか?」


 サンドラは手の平を上にして、男を示す。


「うまく誤魔化していますが、庶民では到底買えない品質の服を着ています。カフスボタン一つとっても、それだけで一ヵ月分の給与が飛びそうな金額でしょう?」


 男は自分の服を改めて見る。


「それに、財務補佐官を呪えとはっきりおっしゃったじゃないですか。相手の名前だけならともかく、役職まで把握しているのは、同僚の中でもそれなりに親しい間柄ではありませんか?」


「…………。参りました」


 男は降参するように両手を上げた。


「呪術師に嘘はつくなって、上司から散々言われたもので」


「その上司さんは正しいわ。嘘をついたら呪いが正しく発動しない。無関係の人を呪う危険もありました」


 サンドラの言葉に、男が静かに青ざめる。


「……すごいな。呪うのが、怖くないんですか?」


「怖いですよ。未熟なときは死にそうな目にも遭いましたし」


「では、なぜ?」


「誰かの心が晴れるのなら、汚れ役を買うのも悪くありません。それに、これは私にとって身を守る術でもあります」


 サンドラはきっぱりと言って、紅茶を一口飲んだ。


「おしゃべりが過ぎましたね。そろそろお仕事に戻られては?」


「…………。そう、ですね」


 男はゆっくりと席を立った。


「紅茶、ご馳走様でした」


「また誰かを呪いたくなったら、いつでもいらしてください。道は覚えたのでしょう?」


 ドアノブに手をかけたまま、男が固まる。


「……参ったな」


 小さな呟きはサンドラに届かなかった。


 ドアを閉める前、男はまた一礼する。サンドラはそれに手を振って応えた。


 ドアが閉まり、閂をかけて、サンドラはため息をつく。


「王宮か……。呪いの格好の舞台じゃない」


 サンドラは引き出しから赤いタガネを取り出すと、それを作業台に転がした。


「ねえ、また彼が呪いの依頼を持ってくると思う?」


 彼女が訊ねると、タガネはその場でくるくると回転した。いつもより少し勢いがいい。


「私は彫金の仕事だけで食べていきたいんだけどね」


 サンドラがそう答えれば、タガネはごろごろと音を立てながらゆっくりと動く。


「ふふ、そうね。あなたの力も発揮されることだし、せいぜい期待しながら待ちましょう」


 サンドラがタガネを撫でる。指を離すと、タガネはごろごろと言いながら扇状に動いた。


 それを無視してサンドラはバンダナを手に取る。


「さあ、仕事よ。あと十件なんだから、気合を入れましょう」


 バンダナを締めたサンドラは、作業台を転がっていくタガネをがっしと掴んだ。手の中で震えるそれを握り締めながら、あらかじめ削り出していた板金を用意する。


 タガネの震えが止まったら、商売繁盛の願いをプレートに彫り始めた。

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