第23話 呪い作り
「……さて」
サンドラは作業台に並べた素材や道具を見回した。
王宮を出入りする役人に贈るものだから、材料も奮発した。材料費は前金としてちゃんと受け取っている。
「随分と曖昧な依頼を引き受けちゃったわ」
サンドラはため息をついた。
呪術師として、彫金師としての腕を見込まれるのは嬉しいことだ。その期待に応えてやりたい。
だが失脚と一口に言っても、その方法は多岐にわたった。
自分の悪事が公になり、逃げ切れず裁きを受けるか。
家族の介護など、やむを得ない事情でその世界から自ら距離を取るか。
あるいは、不慮の事故でこの世から消えてしまうか。
(いや、さすがに殺しは駄目よ)
サンドラは小さく首を振った。
男の口ぶりから察するに、ターゲットのアレクサンドル・ペルニツァが黙って政界から消えるのは望まないだろう。
ならば、悪事が公になること。
でも直接手を汚すことがまずない男だ。証拠の隠滅だって手馴れているだろう。
――それでも、カネの流れや人の動きなど、どこかで消えない証拠がある。
呪われるくらい恨みを買うのなら、己を顧みず行動する者もどこかにいる。
(私がするのは、それらが噛み合うための歯車を用意すること)
方針は決まった。
因果で縛り、ペルニツァを逃がさない。
サンドラは頭にバンダナを巻くと、素材の切り出しにかかった。
靴につける装飾はとても小さい。ダミーとして、大きさがバラバラのものをいくつも用意する必要があった。
豆粒よりも小さいものから、親指程度の大きさまで。それらは先に靴職人につけてもらうため、箱に入れておく。三日後にギルドを通じて男に回収してもらう手筈だ。
本題はここから。完成品より二回り大きく切り出した正方形の板金。そして丸い板金が二枚。ここに呪いを刻む。靴屋には鋲としてくるぶしのあたりに打ってもらうよう、男に言づけている。鋲の留め具としっかり噛み合うことで、呪いが発動する仕掛けだ。
蝋燭を置いてさらに手元を明るくする。水晶を削り出して作ってもらったルーペを片目に嵌め込む。
「さあ、仕事の時間よ」
手にした赤いタガネが、血よりも深い紅い光を帯びる。
「――この装飾を持つ者は、己の因果が白日の下に晒される。この装飾を持つ者は、己の因果が白日の下に晒される」
同じ言葉を繰り返す。タガネは鈍く光り、削り出された文字も同じような光を纏う。
「この装飾を持つ者は、己の因果が白日の下に晒される。この装飾を持つ者は、己の因果が白日の下に晒される……」
口に出す言葉と、削り出される言葉は同じでなければならない。一言でも間違えないように、一文字も間違えないように。
「この装飾を持つ者は、己の因果が白日の下に晒される。この装飾を持つ者は、己の因果が白日の下に晒される……」
ゆっくりと言葉が紡がれる。同じペースで文字が削り出される。
金属が削られる耳障りな音が止んだのは、蝋燭があと少しで燃え尽きるところだった。
「……ふぅ」
サンドラは短く息を吐いた。片目に嵌め込んでいたルーペを外す。
手元には、まったく同じ文言が刻まれた四枚の板金。これを装飾用の鋲として加工すれば、サンドラの仕事は終わる。
だがもう暗い。続きは明日だ。
「ありがとう、お疲れ様」
サンドラはタガネに礼を言う。手の中でそれが小刻みに震えた。
「これが終わったら、ワインを開けましょう。それまで辛抱してくれる?」
タガネがさらに激しく震える。現金な子、と内心で苦笑した。
タガネを木箱に戻し、板金も無くさないように別の木箱に入れる。
「……どうか、この呪いで救われる人が出ますように」
サンドラは木箱を撫でてから、引き出しにしまった。
呪いの装飾と、ダミーの装飾。それをすべて彫金師ギルドに預けた後、サンドラは泥のように眠った。
あと呪詛返し用の人形が待っていたが、それよりも眠りたい。丸一日寝た後は、仕事の完了を祝してちょっと豪勢な食事にしようと決めていた。
「こんにちは。これとこれとこれをください」
「あいよ! 豪勢だね、なんかいいことでもあったんかい?」
「大きな仕事が一段落したので、そのお祝いに」
「あら、よかったじゃない!」
野菜屋の女将と言葉を交わす。旦那の方はサンドラを見るなり、すーっと奥へ逃げて行った。初っ端の反撃が意外と効いているらしい。
市場で野菜の他に肉も買い、ちょうど切らしていたパンも買う。それから三十年物のちょっと上等なワインを買ったら、手持ちがぴったりなくなった。
自分でも大量に買い込んだと思っている。今は冬なので数日は持つだろう。その間にお守りを作れば、また報酬が支払われる。
買ってきた野菜と肉を一口大に切り、鍋一杯の水に放り込む。じっくりかき混ぜながらアクを取り、煮えるのを待った。味付けに野生のハーブを散らし、余っていたピクルスを添えれば完成だ。
雰囲気を盛り上げるために、テーブルクロスも引っ張り出した。これがあるだけで華やかになる。
パンを三切れスライスし、ワインを二杯のグラスに注ぐ。
テーブルの対面には、赤いタガネが置かれた。
サンドラは自分のワイングラスを掲げた。
「乾杯。お仕事お疲れ様」
タガネがワイングラスに近付き、自分の刃でグラスの足を叩いた。タガネなりの乾杯の合図である。
「またしばらくはお守りの制作にかかりきりになると思うけど、それも一段落したら、また同じものを買ってくるわ」
刃の根元で不満そうに何度もグラスの足を叩いていたタガネが、少し離れてくるりと一回転した。しぶしぶ了承してくれたようである。
サンドラはワインを一口飲む。ブドウが丁寧に発酵された逸品だ。甘みと酸味と苦味が舌の上で踊る。
これはタガネも気に入ってくれたらしい。ふと対面のグラスを見ると、ワインは半分に減っていた。




