第22話 呪いの依頼
「……随分と、物騒な依頼ですね」
サンドラは言葉を選んだ。男も頷く。
「承知の上です。ですが、これはあなたにしか頼めません」
「呪術師だからですか?」
「はい」
男はしっかりと頷く。およそ呪いを依頼するとは思えないほど真っ直ぐな目をしていた。
「……わかりました」
サンドラも頷いてみせる。
「では……!」
「これ以上の話は、ここでは不釣り合いです。私の工房に移りましょう」
「え、あ、はい」
立ち上がったサンドラに、慌てて男も続く。
受付の職員に、お守りの納期が延びるかもしれない旨を伝えてから、二人は彫金師ギルドを後にした。
「仕事が立て込んでいましたか?」
「件数は多いですが、一つ一つは簡単なものです。納期も長めに見積もってもらっているので、緊急の依頼が一つ入ったところで支障はありません。あくまでも保険ですよ」
答えながら、サンドラは迷いなく裏路地を入っていく。
「……同じところをぐるぐる回っていません?」
「黙ってついてきてください」
「あっ、はい」
指定のルートを通り、自宅兼工房に戻ってくる。
「どうぞ」
「おじゃまします」
入ってすぐのカウンターには、一人分の椅子が置かれていた。男が興味深そうに家の中を見回している間に、サンドラはかまどでお湯を沸かす。
誰かが工房を訪ねてくるのは、イネトニシュで仕事を再開してから初めてのことだった。
「こちらで、暮らしているのですか?」
「ええ」
「広すぎません?」
「材料をしまう倉庫が必要なので、これくらい必要なんです」
嘘だ。サンドラは必要最低限の素材しか持たない。備蓄を抱えて腐らせるくらいなら、多少割高でもその都度買い揃える主義だ。
「なぜ、このような奥まった場所に?」
「呪いを望むあなたなら、察しが付くのではなくて?」
意地悪そうに返してやる。すると、男が心外そうに唇を尖らせた。
「……言っておきますが、僕はただの使いです。依頼主については、守秘義務で明かせません」
「守るのは大事ですよ。どこから話が漏れるかわかりませんから」
サンドラがそう言うと、男はゆっくりと家を見回す。サンドラは先手を打った。
「心配せずとも、ここはうっかり迷い込まなければ人が通りません。そういう風に、家の周りに呪術を使いましたから」
「……な、なるほど」
男がわずかに顔をひきつらせた。
お湯が沸いた。サンドラは吊っていた鍋を下し、ティーポットに注ぐ。買っておいた茶葉をティースプーン二杯分入れて、蓋をして抽出。その間に茶器と茶こしを用意して、それぞれに均等に注ぎ入れた。
「どうぞ。安物ではありますが」
「ありがとうございます」
男は礼をしてカップを受け取った。カップを近付けて香りを楽しみ、一口飲む。
「おいしいです」
「ありがとうございます」
サンドラは礼を返し、作業台の引き出しから箱を取り出した。中には、ベルベットに包まれている赤いタガネがある。
「続きの話をお聞かせしていただいても?」
「はい。……それは?」
「今回の依頼を引き受けるにあたって、必要な仕事道具です。一種の儀式ですので、お気になさらず」
「はあ」
男は横目でタガネを見ていたが、やがて口火を切った。
「依頼主は、先ほども言ったようにお答えできません。呪ってほしい相手は、アレクサンドル・ペルニツァ。この国の財務補佐官です」
サンドラは目を見開いた。
「……それは、また。結構立場が上の方ではなくて?」
「その通りです。彼を呪うのは、穏便に事件を解決したいからなんです」
「…………。詳しく聞かせていただけますか」
サンドラはカウンターの裏にある、自分用の椅子に座る。
タガネは小刻みに震えている。
長い話になりそうだった。
アレクサンドル・ペルニツァは、その道三十年のベテラン財務補佐官だ。歴代の財務大臣の右腕として、国内の経済を担ってきた。
けれど同時に、後ろ暗い噂が絶えない男でもあった。
ある村の農夫曰く、税を納められなければ子ども――特に見目麗しい者――を差し出すよう脅された。
ある町の長曰く、今年は豊作だから例年の三倍は納めてもらうと言われた。無理ならば国家反逆罪で縛り首だとも。
ある町の商人曰く、売上が伸びているのは役人に賄賂を渡しているためだと言いがかりをつけられた。店を畳まざるを得ないくらいの罰金を取られた。商会は守ってくれなかった。後に、商会も金の力で脅されていたと知った。
そうして国に納める分との差額で得た利益は、すべてペルニツァの懐に収められている。
似た話はどこにでも転がっているだろう。実際、枚挙にいとまがない。帳簿と言う概念がない人もいるから、証言だけでは動きにくい。
厄介なのはこれらすべてを直接ペルニツァが下しているわけではないということだ。
抵抗が強いと、財務大臣の名代として直々に出てくる場面はあったらしい。しかしそれ以外では、彼の使いを名乗る男が金や麦を巻き上げるところで終わっている。
後日、あんまりだとペルニツァの屋敷に赴き訴えるが、彼は「自分はそんなことをしていない、事実無根だ」と怒った。そして男を捕まえて、微々たる額を支払って決着とする。戻らなかった金などは捜査の経費と言われたそうだ。
ここまでくると怪しまれて本格的に捜査が入りそうだが、被害者のほとんどが知識がないため泣き寝入り。あったとしてもスピード捜査とわずかばかりの賠償金で決着されてしまい、それ以上手を打てない。
大臣や補佐官など、激務の上位官僚が自分の名代を派遣するのも通例なのだ。その日限りの雇われだとしても、服と台本があったら地方の平民はまず気付けない。
悲鳴は王宮にも届いている。だが本人が否定し、明確な証拠もない。あったとしても、「合意の上」で一度徴収されたものを戻すのは簡単なことではないのだ。
「――そこで、あなたに白羽の矢が立ちました」
「待ってください」
サンドラは手の平を突き出して男を止めた。
「なんでしょう」
「話が一気に飛躍しています。なんで私が出てくるんですか」
「あなたが彫金師で、呪術師だからです」
男は答えた。
「一ヵ月後、ペルニツァ氏の結婚二十五周年のパーティーがあります。そこに、同僚からの贈り物として依頼品を渡します」
「なかなか悪趣味ですね」
「本人は潔白を表明していますからね。表立って贈り物を受け取ってくれる機会なんか早々ありません」
「なるほど。ちなみに、具体的な呪い方は?」
「え?」
「ん?」
間の抜けた声で訊き返され、サンドラも首をかしげた。
「……なんかこう、いい感じに呪って失脚してくれるものだと思っていました」
「そんな曖昧な呪い方をしたら多方面にも被害が及びますよ」
彼を派遣した上司をちょっと殴りたくなった。
「失脚の仕方にも色々とあるでしょう。今までの悪事が公になったから政界を追放されるとか、病に倒れて退かざるを得なくなる、人望を失って閑職に回される……思いつく限りでこんなところでしょうか」
サンドラが候補を挙げると、男が小さく拍手した。
「おおー。物知りですね。もしかして以前も?」
「守秘義務につきお答えできません」
「あ……そうですか」
なぜがっかりするのか。
「それで、いかがいたします?」
サンドラは改めて訊ねた。
「依頼主の意思として、命を奪う方向ですか? それとも離職の方向ですか?」
「離職で!」
男が食い気味に答える。
「承知しました。手段としては?」
「今までのことを公にしてください」
「具体的な手段は?」
「問いません。事が明るみに出れば、こちらも動けます」
「承知しました」
サンドラは一つ頷く。
「贈り物はどのようなもので?」
「毎日身に着けてほしいので、できるだけ目立たなくて、でもわかる人にはわかる物を……」
また無茶なことを言う。サンドラは頭の中で候補を挙げた。
カフスボタン……一張羅のジャケットにわざわざ縫い付けさせるなんて怪しまれる。
ブローチ……日常的につけるにはちょっとおかしい。カメオも同様。
指輪……喧嘩を売ることになる。
ブレスレット……書類仕事中は邪魔になるだろう。
イヤリングとピアス……論外。
「……あ」
サンドラは顔を上げた。
「靴はいかがでしょうか」
「靴?」
「仕事用の新しい靴を贈るのです。上流階級の方の靴は、大なり小なり装飾が施されます。そこに私が作った一対の留め具を使わせていただければ、不自然ではありません。問題なのは、一ヵ月で靴が仕上がるか、そして呪術に抵抗がないか、です」
誰だって自分の作品に呪いが入り込むなんて嫌だ。そうしたトラブルを防ぐため、呪術師の中にはサンドラのように、手に職を持つ者もいる。
男も真剣な顔で考え込んだ。
「…………。対応してもらえそうな職人に、心当たりがあります。留め具はいかがします?」
「とても小さく、仕事中でも気にならないものです。艶消しも施しますし、場所もくるぶしのあたりです。靴が完成した後、最後に装飾していただければ。呪いは当事者が履くまで効果を発揮しません」
男が頷く。
「それでぜひお願いします」
「ああ、それともう二つ」
サンドラは人差し指をぴんと立てた。
「はい」
「依頼主の名前をフルネームで教えていただきたいのと、その人の髪の毛を数本、後日頂戴してもいいですか?」
「え……なぜです?」
「呪詛返し対策です。こちらでカウンター用の人形を用意します」
「いや、そこまで大げさな……」
「人を呪おうとしている時点で、呪われる覚悟を持ちなさい」
サンドラの声が低くなった。思わず男が居住まいを正す。
「――と、依頼主にお伝えください。人を呪わば穴二つ、ですから」
男が首振り人形のように何度も頷く。
サンドラはにっこりと笑顔を作った。
「では、依頼をお受けいたします。見積もりや正式な契約書は後日、彫金師ギルドを通じて執り行いましょう」
「はい」
タガネがひときわ大きく震えたことに、男は気付かなかった。




