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無愛想彫金師はまじなう  作者: 長久保いずみ


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第21話 やんごとなき依頼

「ねえねえサンドラさん! 商売繁盛のお守りを作ってくれるって本当?」


「あー……今、新規の受付を停止しています」


 ミーシャ夫妻のベーカリーで、サンドラはやややつれた顔でそう答えた。


「そんなに?」


「最初に依頼を受けたお店が、移転後大繁盛しているみたいで……。私もびっくりしている」


「あらー。それだけサンドラさんの腕がいいってことだよね」


「はは……」


 いつも通りベーグルを入れてくれるミーシャに、声だけで乾いた笑いを返す。いつも以上に表情筋が死んでいる自覚があった。


「ちなみに何件抱えているの?」


「三十件」


「わお、そんなに?」


「あんまり大きな声じゃ言えないけど、商店の娘さん通しの繋がり、とだけ」


「オーケー、だいたい察した」


 硬貨とベーグルを交換して、サンドラはベーカリーを後にする。


 仕事が増えるのはいいが、増え過ぎると逆に休みが取れない。


 いつも納期は長めに取らせてもらっているから、明日は一日ごろごろする日とサンドラは決めていた。


 あと、呪いではなく祈りの彫金が続いているせいで、最近タガネの機嫌が悪い。


(呪詛返し用の人形を彫って機嫌を取らなくちゃ。あとはワインね。今度は三十年物かなー)


 頭の中で今後の予定を組み立てる。


(とにかく今日は帰って寝る。寝よう)


「おーい、サンドラー!」


 自宅がある裏通りに入る直前、自分を呼ぶ声が聞こえた。


 見ると、エリカがこちらに走ってくるところだった。


「どうしました?」


「サンドラにお客さんが来たんだ。なかなか捕まらないからちょうどよかったよ!」


 そういえば、最近はギルドに顔を出していない。ギルド経由で依頼が来るとはいえ、仕事が忙しく新規受付を停止しているから、行く必要がなくなっていたのだ。


 もしかして、納品の催促だろうか。


「どなたですか?」


「若い男の人だよ。なんか高貴な感じがした」


 サンドラは首をかしげる。そんな知り合いは思い当たらなかった。


 連れられるままギルドに入る。


「連れてきたよー」


「ありがとうございます」


 職員がエリカに礼を言う。


 カウンターの前に立つ人影に、サンドラはぎくりとした。


 あの背格好は、見覚えがある。


 相手が振り向く。


「初めまして。……いや、お久しぶり、ですかね」


 ナンパ男の再来に、サンドラは自分の顔が引きつるのを感じた。




 買ったパンを家に置いて、彫金師ギルドに出直す。


 通された応接室に、珍しく紅茶が出されていた。


 ギルドも慈善事業ではない。来客対応ではせいぜい白湯か、水で薄めたワインやジュースが出される程度。紅茶を出す相手は貴族やそれに準じる相手、という暗黙の了解がある。


 身なりからしてただの庶民とは思っていなかったが、対応を間違えると厄介そうな相手だった。


「お待たせしました」


「いいえ。こちらこそ急に押しかけてきてすみません」


 ソファから立ち上がった相手を促し、向かい合って座る。


「本日は、どのようなご用件で?」


「仕事の依頼を。――ですが、その前に確認させていただきたいことがありまして」


 男が懐から小さな箱を取り出す。それが開かれると、中には見覚えのあるバッジが収められていた。


「……男爵位のバッジではありませんか。見せていただいてもよろしいのですか?」


「とぼけないでください。これは今年の秋、陛下より賜った爵位授与の証です」


 サンドラは顔を上げる。男はいたって真剣な顔でこちらを見ていた。


「あなたが作ったんですよね?」


「……式典で授与される徽章の制作は、彫金師の誉です。ですがその制作者は公にされません。また、制作者にも守秘義務が生じます。仮に私が作っていたとしても、それにお答えすることはできません。そもそもですが、私はこの国に移住してまだ数ヶ月の新参者ですよ? こんな大仕事を任されるほどの実力はありません」


「……そうですね。手段を間違えました。では、質問を変えます」


 箱をしまった男が、わずかに身を乗り出す。


「呪われたカメオを解呪したのは、あなたですね?」


「……そうです」


 サンドラは肯定した。


「失礼を承知で申し上げます。あのカメオをご存知ということは、カメオで呪った一族の方ですか? それとも、呪われた方ですか?」


「どちらでもありません」


 男は答えた。


「貴族の繋がりを介して、自分が呪術師ギルドにあれを預けました。ですが、解呪するには腕のいい彫金師が必要と言われまして。彫金師ギルドに行けば、そんな怖いものは扱えないと門前払いされました」


「なるほど」


 だろうな、とサンドラは肯定も否定もせずに相槌を打った。


 呪うのは簡単だ。それぞれの専門家が得意分野を発揮すればいい。だけど解呪は、両方の知識を持っている方がはるかに動きやすい。


 それぞれのエキスパートが制作と同様に分業できればいいが、なにかのはずみで呪いが彫金師と呪術師を襲わないなんて保証はない。火中の栗を素手で取りに行けと言われるようなものだ。


「呪術師ギルドで封印してもらうことで話がまとまりかけた頃です。隣国オンシエンからあなたがこちらに来ると言う話を聞きました」


 サンドラは頷く。仕事に素早く取り掛かれるよう、オンシエンの彫金師ギルドに申し送りを頼んでいた。


「呪術と彫金、どちらも実力は折り紙付き。あなたに頼るほかありませんでした」


「……お話はわかりました」


 サンドラは頷いた。


「本日は、それをわざわざ伝えに来たのですか?」


 男は慌てて首を振る。


「違います。あなたの、彫金師と呪術師の腕を見込んで、お願いがあります」


 男は居住まいを正して、サンドラをまっすぐに見た。


「ある人物が失脚するよう、呪いを作ってほしいのです」

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