第20話 商売繁盛のお守り
『――ってな感じで、ウルリカちゃんはかなり疲れているよ。話を広めちゃったあたしが責任を持って様子を見ているよ。あの子が離婚する時はもちろん力になるし!』
懐かしい風景の絵葉書に同封されていた便箋には、トゥーナらしく元気に跳ねた筆致でそう書かれていた。
郵便屋から分厚い封筒が届いた時はサンドラも何事かと思ったけれど、伝えたいことをまとめられなかったのだと、読んですぐに理解する。
(対面だけじゃなくて、手紙でもおしゃべりなんて)
これからはまめに手紙を送ろうと思う。
(それにしても、仮にも乗り換えた妻を投げ飛ばすなんて……。どういう神経をしているのかしら)
結婚生活が破綻しているのは予想していたが、まだ離婚していないことには驚いた。ウルリカなりに思うところがあるのか、単に言うきっかけを逃しているのか。
サンドラも結婚生活で手を挙げられたことはあるが、ここまで乱暴はされなかった。それはおそらく、自分を含めた二人分養えるだけの経済力を持っていたからだろう。
だが、それはサンドラが考えることではない。あちらの近況が知れただけで、少し胸がすく思いがしたのだ。
「さて、と。じゃあ行ってくるわね」
手紙をしまい、仕事道具たちに一言告げて家を出る。
今日は納品日だ。
「こちらが、依頼の品になります」
「拝見させていただきます」
サンドラが訪ねたのは、彫金師ギルドではなくある商店だった。
応接室で対応してくれたのは、店主である男性とその娘。妻は従業員と一緒に店頭に立っていた。
ローテーブルに置かれた箱が、店主の手で開けられる。そこには円形のプレートが一枚納められていた。
大きさは手の平より若干大きい。証人の証である、硬貨と羽を乗せた天秤が描かれていた。
店主が首をかしげる。
「……ただのプレートのようですが? たしかに、お守りにはなりますけれども」
サンドラは頷いた。
「多くの人の目に付く表側は、商人の印を。裏側に、祈りを刻みました」
サンドラが手で促すと、店主はプレートをそっと持ち上げた。丁寧にやすりがけしたそれは、縁に一切の引っかかりがなかった。
「おお……」
「わあ」
裏返した面を見て、親子は感嘆の声を上げる。
裏側には、解読不能な文字が円になるように彫られていた。呪い文字の一種だろうが、不思議と禍々しさは感じられない。
「解説してもよろしいですか?」
サンドラが聞くと、二人は我に返ったように頷いた。
「依頼は、『悪縁を切り、良縁を結ぶ。そして商売繁盛』でしたね」
「ええ、そうです」
「良縁を大切にしていけば、商売もいずれついてくると思います。ですので、こちらには前半の願いのみを込めました」
「……なるほど。たしかにその通りです」
店主も娘も頷いた。
「手入れは特に必要ありませんが、埃をかぶれば効果は薄まります。ですので、毎日の掃除は欠かさず行ってください」
「わかりました。従業員にも通達します」
「それから、これは人の目に触れれば触れるほど、効果を発揮します。カウンターの後ろの壁などに掛けられると、効果は覿面です」
「アドバイス、ありがとうございます」
「あと……。おそらくですが、効果が発揮される前に、一時的にトラブルに見舞われるかと思います」
「トラブル?」
聞き捨てならない言葉に、親子が身を硬くする。
「はい。とはいえ、呪術界ではよくある現象です。好転反応とも呼ばれます。状況が良くなる前に、たとえば不慮の事故に巻き込まれてしまうとか、お店の売り上げが一時的に落ちたり、伸び悩んだりします。ですがそこで腐らずに精進すると、以前より多くの幸運がもたらされます」
「……それだけ聞くと、胡散臭い占い師の言葉のように聞こえますが」
「効果が実証されるまでは、信じるのも難しいかと思われます。実際、善良な呪術師を騙って適当な品を『幸運のお守り』と称して高値で売りつけた輩もいるそうです」
「……娘を疑うわけではありませんが、あなたは違うと?」
「はい」
サンドラははっきりと頷いた。
「誓います。もしも一年以内に効果が出なかった、あるいは悪運が続いた場合は、受け取った代金をお返しいたします」
「随分と強気に出ましたね」
店主はプレートに一瞬目を落とした。
「よほど自信があるとお見受けします」
「私は呪術師であり、彫金師です。仕事に一切の妥協はしません。たとえ祈りであっても、その本質は呪いです。他人への影響力に責任を持てないような心構えで、彼らを作ったわけではありません」
サンドラと店主は、一時見つめ合う。互いに、それぞれの虹彩の揺らぎさえも見逃さないような沈黙が下りた。
やがて、店主が目を閉じる。その口元にはわずかに笑みが浮かんだ。
「……私も商人の端くれです。だから、いろんな人を見てきた。あなたは自分の仕事に嘘をつかない人だ」
「お褒めにあずかり、光栄です」
店主はプレートを箱に戻して立ち上がった。
「お代は後日、彫金師ギルドを通じて支払います」
サンドラと娘も立ち上がる。
「ありがとうございます。お店がより賑やかになることを願っています」
店主が手を差し出し、サンドラがそれを握り返す。
力強い握手だった。
「あの、サンドラさん!」
店を出たところでサンドラは呼び止められた。
追いかけてきたのは、店主の娘だった。依頼を受けるときに聞いた話では、両親は彼女の勧めで自分を指名したという。
「どうかしましたか?」
道の端に寄り、努めて穏やかな声で問いかける。不愛想だと自覚している分、声音はいくらか穏やかにする技術は身についていた。
「あ、あの……」
娘は胸の前で両手を組み、何度も言葉を出そうとしては引っ込めた。その度に指が組み直される。
「……も、申し訳ありませんでした!」
「……え?」
勢いよく頭を下げられて、サンドラは目を白黒させた。
「……私、なにかされましたっけ?」
そう訊ねると、娘は顔を上げて大きく目を見開く。
「……あの、秋の爵位の仕事の時、セルマが詰め寄ったじゃないですか」
「……ああ、ありましたね」
すっかり忘れていた。
「その時に、私……一緒にいて……」
「なるほど」
サンドラは頷いた。内心で苦笑が漏れる。
「黙っていればよかったじゃないですか。正直に言うと、私はあなたのことをすっかり忘れていましたよ」
「それでも、謝らないとと思いまして」
娘は頑として首を横に振った。
「じゃあ、私に依頼を出したのも、もしかして償い?」
「それも、少し。……でも本当は、違います」
娘はそこで言葉を切り、声を潜めた。
「両親は、新しい場所に店を構えたいと思っていたんです。でも商会を乗り換えるのは簡単な話じゃないです。一どころかマイナスからの再スタートもありえます。だから、ちょっとでも楽ができるようにって。両親の苦労が報われるようにって。その方法を探していたんです。そうしたら、呪術師はそういう仕事もしているって聞いたので。サンドラさんはきっと、いい仕事をしてくれると思って」
今度はサンドラが目を見開いた。体が震える。
「……嬉しいです。仕事をした甲斐がありました」
自分の腕を信じて仕事を託される。それは彫金師だけでなく、すべての職人にとっての誉だ。
「お手伝い、がんばってね」
「はい。ありがとうございました」
娘は深々と一礼をして、店の中に戻っていく。ちらっと窓越しに見やると、早速カウンターの壁にプレートをかける準備をしているところだった。
(この調子なら、一週間で好転反応が出るかもね)
嫌がるタガネを辛抱強く説得した甲斐があった。報酬が入ったら、ちょっとお高めのワインを振舞おう。
サンドラは軽い足取りで店を後にした。




