第18話 納品
呪詛返しを行って数日。
爵位授与のバッジの納品日が来た。
サンドラはバッジを納めた箱を布で三重にくるみ、持ってきた中で一番大きなバッグの底に押し込んだ。その上から作業で使うボロ布をいくつも押し込んでカモフラージュする。
さらにサンドラ自身もマントを羽織り、全身を包む。これで外からはバッグの存在がわからないし、誰かにぶつかってバッグを落としてもボロ布がクッションになってくれる。初秋の今なら、ちょっと気が早い衣替えをした人程度に認識されるだろう。
「さて、行きますか」
自分を奮い立たせるように言って、サンドラはドアを開けた。
「こちらが依頼の品です」
彫金師ギルドまで無事に辿り着き、室長室でサンドラは箱を取り出した。
室長室にはギルドマスターの他、受け取りに来た役人が三人いる。
「拝見します」
役人の一人が箱を開け、中のバッジを検める。
この箱も、納品用に国から支給されたものだ。オリジナルと製作品を同時にしまえるよう、台座が二段になっている。
それぞれの台座には、騎士爵と男爵のバッジが収められていた。上の段にそれぞれ一つずつ、下の段に騎士爵が二つと男爵が一つだ。寸分たがわない作りに役人がしばし呆然とする。
「どうかされました?」
ギルドマスターが訊ねると、役人は我に返った。
「い、いえ。なんでもありません」
役人は手袋をはめ、バッジを一つ一つ確かめる。縁をなぞって引っかかりがないことも確認して、すべてのバッジを戻した。
「確認しました。では、こちらをお預かりします」
「よろしくお願いします」
ギルドマスターとサンドラが頭を下げる。
バッジを納めた箱が鍵付きの鞄に入れられるのを見届けて、サンドラは室長室を後にした。
(あー、肩が凝った……)
「あ、サンドラさん!」
肩や首を回していると、声をかけられた。振り向くと、ミーシャがいる。
「ミーシャさん?」
「朗報だよ。ヤーウェン商会が指名手配を取り下げてくれたの!」
小声だったがしっかりとサンドラの耳に届いた。
「本当なの?」
「そうなんだよ。なんでも会長が右手に大怪我をしちゃったみたいでね。仕事がままならなくなっちゃったって話だ」
「それと私と、なんの関係が?」
「それがねえ……」
ミーシャは一度周囲を見回すと、ギルドの角にサンドラを連れて来てさらに声を潜めた。
「サンドラさん、呪術が使えるって本当?」
「……まあ」
「会長が呪われたって騒いでたんだよ。会長も人脈が広いから、きっとあんたがそういう術に長けていることも知ったんだろうね。私たちのところに通達してからは、特に大きな騒ぎもなかったから」
「ということは、呪ったのは娘さんの独断?」
「かもね。みんな噂の域を出ないけど。……って、その口ぶりだと、サンドラさんが呪ったんじゃないの?」
「呪詛返しという反撃はしたわ。あちらから攻撃してくることは予想できたから。呪詛返しをした時に聞いた声から察するに、会長の娘さんが私への嫉妬が憎しみに転じて呪ったんでしょうね」
「あー……だからか」
ミーシャが納得したように何度も頷く。
「会長、大怪我をした時にかなり錯乱していたみたいでさ。一時はどうなることかと思われたけど、正気に戻ったらセルマ……娘を彫金師見習いから自分の補佐に据えたんだよね。お前のせいだとかなんとか、仕事しながら大喧嘩してるって話」
「その話、いったいどこから仕入れてくるの?」
「会長ほどじゃないけど、私も人脈は広いのよ。それに、人の口に戸は立てられないじゃない?」
悪戯っぽく笑うミーシャに、サンドラは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「もう手配書は撤回されたから、また買いに来てよ」
「知らせてくれてありがとう。午後になったら早速寄らせてもらうわ」
駆け足でギルドを出るミーシャを見送り、サンドラはなんとなく掲示板へ向かう。
バッジの報酬は後日支払われる。少しでも生活費を稼いでおきたかった。
(……そういえば)
ふと、サンドラは思う。
(指輪の呪いはもう発動したかしら)
かつてのお得意様のトゥーナに絵葉書を送って、あちらの近況でも聞いてみようかしら。




