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無愛想彫金師はまじなう  作者: 長久保いずみ


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第16話 いやがらせ

 翌日、早速いやがらせが発生した。


「…………」


 掲示板に貼られた依頼書。そのすべてに


「年増のサンドラお断り!」


 の文字が可愛らしい筆致で書かれていた。すべて微妙に筆跡を変えているが、特徴的な波打つ文体は一致している。


(一人でやったんだとしたら大した労力ね)


 あるいは、取り巻きの一人に押し付けたのかもしれない。


 サンドラはカウンターに向かった。


「すみません、私でも引き受けられる依頼はありますか?」


 仕事をしていた職員が顔を上げる。


「え? あそこに貼ってあるの、早い者勝ちですよ?」


「そうなのですか?」


 サンドラは試しに、手近な一枚を手に取る。


「じゃあ、これでも?」


「ええ。……ちょっと待った、なんだこれ」


 依頼書の文字に職員が顔をしかめた。


「あそこに貼ってあるもの、すべてに書かれています」


「えっ!? ちょ、ちょっと待っててください」


 職員が同僚を連れて掲示板まで行く。しばらくざわざわした後、依頼書をすべて剥がして戻ってきた。


「すみません、すぐ新しいのを作ります。受ける依頼はこれでいいですか?」


「はい。それでお願いします」


「わかりました。少々お待ちください」


 誰だよこんなことしたのは、とぶつぶつ言いながら職員が依頼書を作成する。


 すぐに掲示板の横に「落書きされた依頼書は無効とする」と張り紙が出された。




「ねえサンドラさん。ひょっとしてヤーウェン商会と喧嘩した?」


 パンの補充をしにパン屋へ行くと、ミーシャが声をかけてきた。


「ヤーウェン商会?」


「この辺りを仕切っている商会だよ。身内には優しいけど、一度敵認定したらとことん潰すんだ。このあたりにも手配書が回ってきちゃってさ」


 ほら、とミーシャが紙を見せてきた。そこにはサンドラの特徴と、「彼女との接触を禁ずる」という文字が書かれていた。


「なるほど、ヤーウェン商会のご息女だったのね」


「あー」


 ミーシャも納得したような声を上げる。


「そっか。あそこのお嬢さん、彫金師に弟子入りしたって言ってたね」


「なんでも、お師匠さんの仕事を私が横取りしたそうですよ。パパに頼んで潰してやると」


「逆恨みじゃん」


「しかも、そのお師匠さんはどうやら引退している模様」


「うわー。理不尽」


 ミーシャがげらげらと笑った。その笑顔をひっこめて彼女は言う。


「とはいえ、ヤーウェン商会さんがやり手なのは間違いないよ。私たちも睨まれたくないんだ。今日はどうにかできるけど……」


「いやがらせは慣れているわ。それに、この調子だと遠からず自滅してくれそうだから、お店の新規開拓と思って隣の大通り(ストリート)に行ってみるわ」


「ごめんね」


 謝るミーシャに首を振り、サンドラはパンがたくさん入った袋を受け取った。




 自宅に戻ったサンドラは、食事の前に準備をする。


 用意するのは手の平よりも太い木。ウルシヅタを編んだ縄。そして赤いタガネ。


 サンドラはウルシヅタでかぶれないよう、長袖と手袋を二重に着込んだ。縄はカウンターの角に置いておいて、赤いタガネを彫刻刀のようにして木に文字を彫りこんでいく。


 同時に、詠唱も忘れない。


「この木は私。すべての穢れを引き受けるもの。私はこの木。すべての恵みを引き受けるもの」


 唱えているのは、呪詛返しに使う呪文だ。


 相手はサンドラが呪術師であることもいずれ掴むはずだ。そこで踏みとどまってくれれば重畳。しかし「それならば」と呪術師に依頼し、サンドラを呪うかもしれない。その時の身代わり兼反撃用の道具を作らなければならなかった。


「この木は私。すべての穢れを引き受けるもの。私はこの木。すべての恵みを引き受けるもの」


 呪術師であれば、呪詛返しを想定しなければならない。呪いとはいえ縁ができたのだ。そしてその縁はひどく限定的である。そのくせ、行き場を失ったら癇癪を起したように誰彼構わず攻撃する。


 呪いは誰かを傷つけることしかできない。宙ぶらりんはできないのだ。呪った者と呪われた者、どちらかが受け止めなければ、第三者という不特定多数に大きな被害が及ぶ。


 その惨事を未然に防ぐには、呪いの本質である「攻撃」を受け止める必要があった。


 身代わりは呪いを受け止める。自身の役割を果たした呪いはそれで消え失せる。


 だが、サンドラは――ほとんどの呪術師は、そこに呪詛返し(カウンター)を仕込む。


 誰だってやられっぱなしは嫌だ。そして呪術師も、カウンターは想定の範囲内だ。お互いに身代わりを用意することで自身へのダメージを防ぐ。


「この木は私。すべての穢れを引き受けるもの。私はこの木。すべての恵みを引き受けるもの」


 呪文を唱えながら己の名前を木に刻み、ウルシヅタを特徴的な手順で巻き付ければ、呪詛返しの準備は完了だ。


 ……ところで、呪われた側の身代わりやカウンターは木などで済むが、呪った側はそれが返って来た時に威力が倍増している時がある。それこそただの木では受け止めきれないほどに。


 残った呪いはどこへ行くのか?


 一流の呪術師は抜け目がない。そして、呪う側もそのリスクを承知で依頼を出す。逆恨みを避けるため、誓約書を持ち出す呪術師もいるほどだ。


 彼らは依頼者にこう言う。


 人を呪わば穴二つ。

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