第15話 宣戦布告
「ねえ、サンドラってあなた?」
彫金師ギルドに顔を出した際、サンドラは声をかけられた。
棘のある口調から、相手はだいたい予想がついた。
「そうですが」
「この泥棒猫」
向き合った瞬間、そう言われた。
「ふっ」
思わず口の隙間から息が漏れた。あの浮気相手の勝ち誇った顔が頭に浮かんだのだ。
「なにを笑っているのよ!?」
相手がキンキンと金切り声で怒鳴る。
「ああ、ごめんなさい。古い知り合いを思い出したもので」
謝って向き直ろうとしたが、勝手に笑いがこみ上げてくる。どうやらツボにはまってしまったらしい。
「なんなのよ! 師匠たちの手柄を横取りしたからっていい気にならないでよね!?」
相手が腕を組んでふんぞり返る。
これにはサンドラの笑いも引っ込んだ。
「師匠?」
「あたしたちの師匠は毎年バッジを頼まれる凄腕の彫金師だったのよ。去年引退しちゃったからあたしたちが代わりにやるはずだったのに、ポッと出のあんたに仕事をぜんぶ奪われたのよ! 弁償しなさいよ!」
言っていることがめちゃくちゃだが、おおよその事情は察した。一番喚いている女性の周りにいる取り巻きたちが彫金師仲間かどうかは知ったことではない。
「なら、皆さんもやったらいかがですか?」
「は?」
サンドラの提案に、女性たちがぽかんと口を開けた。
「私は予備を含めて、自分で作るための素材は切り出してあります。あとの素材は国にお返しする予定でしたが、皆さんが使われるのであればそのままお渡しできますよ?」
「さ、サンドラさん、それはダメです!」
呆然としていた職員が、我に返って止めた。
「国から支給されたものは、失敗作も含めて国に返さなきゃいけない決まりなんです! 素材の横流しなんてしたら、あなたはもちろん、ギルドの信用にも関わります!」
「あら、そうでしたか。それは失礼しました」
サンドラは悪びれることなく謝る。
オンシエン王国でも、素材の横流しは重罪とされていた。それがこちらでも通用することに安堵する。
「というわけですので、来年は選ばれるよう、精進することをお勧めします」
「うるさい! あんたなんかパパに頼んで潰してやるんだから!」
捨て台詞を吐いて女性は出て行ってしまった。取り巻きたちも睨んだり口々になにか言っていたが、特に気持ちのいい言葉ではなかったので聞き流した。
「……荒れてんなあ、お嬢様」
「やはり、ただの庶民の出ではないのですね」
ぽつりと呟かれた職員の言葉に、サンドラはそう返す。
「ええ、まあ……。詳しくは名簿を見てもらえるとわかります」
言い淀むということは、やんごとなき家柄の息女ということか。
「ありがとうございます」
サンドラは礼を言うと、さっそく名簿を開いた。
相手の名前は知らなくても、その態度でおおよその見当はつく。
無駄に多い取り巻き。庶民を相手に癇癪を起す。負けず嫌い。高名だった師匠の弟子(を名乗っている可能性もある)。
(だとすれば……候補はこの三人か)
一人目はポーラ。二十二歳。ギルドに入って四年目。最近独り立ちしたばかり。
二人目はユリアナ。十九歳。こちらもギルドに入って四年目。自分の工房は持っていない。
三人目はセルマ。十九歳。ギルドに入って二年目の見習いだ。
彼女たちに共通しているのは、若いことと、親が商会を営んでいることだ。
どんな手段でサンドラを潰してくるのかは知らないが、商会というのは周辺の店舗とも深いつながりがある。そこから圧力をかけられれば、サンドラにものを売ってくれる人はいなくなるだろう。
(ま、ひどいようなら前みたいに仕返しするけど)
どんな場所でも、有能な人間を妬む人はいる。オンシエンでも困らされた経験はあった。
(潰すなら、本人じゃなくて親元ね)
父親にすがるあたり、完全に独立できていない証拠だ。それに、取り巻きを連れているのは心細い証拠。本人はあっけないほど脆かったりするのだ。
本人に仕返ししたところで親に逆恨みされたらこちらが危ない。だったら、親を潰して本人を巻き込ませればいい。
(私怨で呪術を使うなんて、何年振りかしら)
そう考えて、三ヵ月ほど前に使ったのを思い出した。
サンドラはまた一人でくすくすと笑った。




