第14話 バッジ製作
爵位授与が行われるのは一ヵ月後。作成されるバッジは、件の秘蔵っ子を含めて三つ。
一代限りの騎士爵が二つと、頑張り次第で永続や昇進ができる男爵が一つだ。
サンドラはこの三つを一人で作らなければならない。
国家予算が当てられているし、そもそも素材が国から指定されている。普段は使わない、純度の高い銀の板を工房に運び込んだら、武者震いがした。
「何度やっても、緊張するものね」
しかも今回は、イネトニシュに来て初めての爵位バッジだ。代々同じものが作られているが、裏を返せば職人の個性を消したものを作らなければならない。
職人というのは我の強い生き物だ。少しでも自分の証を残しておきたい。特にこうした公的なものは、自身のサインすら入れられないのだ。だから、バッジの端が丸くなっているとか、鋭くなっているとか、放射状の溝の深さで微妙な個性を出す。
サンドラは過去の試作品をじっと見つめた。
試作品と言っても本物と差異はない。まさに〝お手本〟だ。
騎士爵は盾をモチーフとしている。縦長のワイドシールドに国を象徴する獅子や星、人、太陽が刻まれている。
一方で男爵位のバッジはシンプルだ。一本の線で縁取られた真円。爵位が上がるごとに、縁の線が増え、模様が刻まれるのだ。
だからこちらも滅多なことではないが、公爵や侯爵位ともなるとそれはそれは複雑な模様のバッジを作ることになる。その分バッジも大きくなるが、難易度は下がらない。
そして男爵位のバッジはシンプルだからこそ、誤魔化しがきかない。
サンドラは静かに、深く息を吐き出す。
「……さあ、やるわよ」
ベーグルも牛乳も用意している。こういうのは一気に片を付けてしまった方がいい。自分はそういう性格であるとサンドラは理解していた。
先に男爵位のバッジに取り掛かる。シンプルなものは良い。雑念を取り払うのにちょうどよかった。
銀の板を切り出し、コンパスでアタリをつけたら角を切り落とす。熱して柔らかくした板を少しずつ、歪まないように曲げていく。
この作業が一番根気がいる。ただやすりで切断面を滑らかにするのではない。内側に曲げることで、安全と美を両立させるテクニックだ。
熱しすぎれば銀そのものが劣化する。そして火加減を間違えれば板が折れる。あらゆる工程におけることだが、一度も気を抜いていい作業ではなかった。
「……できた」
何度も火入れして熱し、曲げ続けて、ようやく銀の板はバッジの形になった。多少のゆがみは研磨や木槌で再調整できる。
次は縁の一本線を彫る作業だ。これもコンパスでアタリを付け、その線に沿って板を彫る。
カリカリ……カリカリ……
サンドラは、自分とタガネが一体化したような集中力でバッジを彫った。
溝はこのバッジの心臓だ。貴族の中ではもっとも地位が低くとも、国から「高貴なる者」と認められた証だ。その証を任されたのならば、その地位に恥じないものをサンドラは作るまで。
「……よし」
そうして、真円が彫られた。
サンドラはバッジを、足踏み式の回転やすりで研磨した。歪だった縁が綺麗に丸められる。慎重に何度もバッジを回しながら研磨して、ついに男爵位のバッジが作り上げられた。あとは支給されたピンを溶接すれば完成する。
「……できた」
サンドラは静かに息を吐き出した。
完成した男爵位のバッジは、これも支給された専用のケースに入れて保管しておく。完成時期を気取られないよう、納品日のギリギリまでサンドラが預かることでも話がついている。
ベーグルを頬張り、牛乳を流し込む。
「さあ、あと二つ」
騎士爵のバッジは形が特殊だ。真円も苦労したが、ワイドシールドも難易度は変わらない。
サンドラはもう一度、板金を切り出しにかかった。




