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無愛想彫金師はまじなう  作者: 長久保いずみ


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第13話 書き入れ時

 裏通りに入ってすぐ左の脇道に入る。次の辻で右に四回曲がる。辻を二つ直進したら、三つ目の辻で左に折れ、すぐに引き返す。もどった辻を右に行けば、サンドラの住宅兼工房に辿り着く。


「――よし、できたわ」


 三日かけて検証し、サンドラは自分がかけた呪術が成功している確信を得た。


 これで、よほどべったり後をついて来なければサンドラの自宅が襲われる心配はない。特に最初の右に四回曲がるのがミソだ。そこでたいていの人は「あれ? 一周するの?」と思って引き返してしまう。


 もし執念深く追跡されても、最後に引き返す段で必ず鉢合わせする。そこで突き飛ばし、右へ曲がらず左へ曲がればすぐ表通りに戻れるのだ。相手もサンドラを追って表通りに戻るので、その間にもう一度同じルートを辿れば無事に家に着ける。


「……念のため、家にもなにかしらの呪術を施しておこうかしら」


 だがあまり凝ったものにするとお客さんまで弾いてしまう。かといって符牒は流出する可能性があるから好きじゃない。


「ま、いざとなったら火傷させればいっか」


 引っ越す際に新調した、かまどと暖炉兼用の火かき棒は実に使い勝手がいい。火傷の一つくらいなら正当防衛で見逃してくれるはずだ。


「さて、足りないものは……と」


 サンドラは家の中を確認する。最近、少しずつギルドを通じて指名の依頼が来るようになった。そのほとんどは呪いではなく、新しいアクセサリーの製作やリメイクだ。特にリメイクは、すでにある指輪やネックレスを依頼主の好みに製作し直すから、新しく作るよりも彫金師の腕が試されやすい。


 依頼層は庶民から下級貴族。下級とはいえ貴族なので、サンドラが迷路の呪術を入念に検証できるくらいには羽振りがいい。


 それに、そろそろ彫金師にとって書き入れ時の季節が来る。


「この国に来て二カ月。私が選ばれるといいんだけど」


◆   ◆    ◆


 秋になると、たいていの王都では表彰式が行われる。


 そこで国王から直々に下賜されるバッジの製作は、彫金師にとって名誉ある仕事だ。


 貴族の中には家宝として永久に保管されることもあるが、ほとんどは個人の栄誉として死後棺の中に収められる。


 それ以外にも、新たに入隊したり昇進した兵に送られるバッジの製作を任されることがある。こちらはまだ知名度が低いものの腕のいい彫金師に任される仕事だ。


 イネトニシュ王国でも例に漏れず、秋が深まる十月にこの祭典が行われるそうだ。


 なぜサンドラがそれを知っているかというと――


「あの、なにかの間違いではありませんか?」


「私たちもそう思って確認しました。そうしたら、ギルドマスターが推薦状を書いていたそうです」


 申し訳なさそうに俯いて答える職員に、サンドラは目眩を起こしそうになった。


 今日貼り出された紙には、バッジ製作に抜擢された彫金師の名簿があった。


 その中にサンドラの名前があった。


 それはまだいい。この国に来て二カ月だが、すでに何十年というキャリアがある。抜擢される自信はあった。


 だが、項目が良くなかった。


「ちょっとギルドマスターに直談判に行ってきます」


「室長室にいますよ」


「ありがとう」


 親切な職員に礼を言って、サンドラは大股で室長室に向かう。はしたないとか言う人はいない。ある職員は生ぬるい目で見送り、ある彫金師は「あいつか」と嫉妬の眼差しを向け、ある依頼者はそのオーラに怯えた。


「ギルドマスター、サンドラです。入ります」


 乱暴にノックをして、返事も待たずに入る。


「え、どうした?」


「どうしたもこうしたもありません。あなた空気読めないんですか?」


 普段の鉄面皮の奥に般若を宿し、サンドラはギルドマスターに詰め寄った。


「なぜ私が『爵位授与』のバッジ製作の一員に指名されているのですか? こっちでは新人なんですから『入隊徽章(きしょう)』にすればいいでしょう!?」


 テーブルを叩いて訴えかける。だがギルドマスターは両手を前に差し出して「どうどう」となだめた。


「いや、あんたの腕なら爵位授与くらい簡単だろ? ていうか、前のところじゃやっていなかったのか?」


「何度も引き受けましたよ、ですが物事には順序があります! キャリア以前にこっちで働いている彫金師が何十人といるでしょう!? その人たちを差し置いて私がいきなりナンバーツーのバッジを彫っちゃ駄目でしょう!?」


 王家から賜るバッジには四つの種類があり、上から「爵位昇格」、「爵位授与」、「隊員昇格」、そして「入隊徽章」となる。特に爵位昇格と爵位授与は滅多にないことだから、彫金師としても大変に名誉な仕事だ。


「いやー……あの、長いことギルドマスターをしていると、人を見る目とかも肥えてくるんだよ」


 いきなり論点のズレた話をするギルドマスターに、サンドラが眉間にしわを寄せる。


「そしたらさー、こう……我の強い人間っていうのも中にはいるわけで」


「いますね。自己主張できることは大事だと思います」


「その主張が出すぎる作品を作ることもままあってさ?」


「あっ」


「わりとこう……先方さんからリテイクを食らうこともあるんだよ」


「なるほど、そういうことでしたか」


 サンドラは眉間のしわをほぐそうと、そこを親指と人差し指でつまんだ。


「〝職人あるある〟ですね」


「わかってくれる?」


「わかりました。こちらも対策はします。幸い、工房は私の呪術で隠蔽してあるので、そう簡単には辿り着けないはずです」


「あ、そんなこともできるんだ、呪術って」


「職人ギルドがある中でも、特に秘密主義の強い職業ですから。となると、妨害してくるのは私が外出しているときか――」


「バッジが完成した時」


 ギルドマスターの言葉にサンドラが頷いた。


「ギルドに受け渡すまでは、私も細心の注意を払います。ですが、ギルドに引き渡した後は、そちらがきっちり管理してください」


「まかせてくれ。なんでも今度の爵位授与者、王家内政部門の秘蔵っ子みたいだから」


「それは、こちらがしくじったら目も当てられませんね」


「でも君以外に頼れる人いないんだよー!」


「どんだけ人手不足なんですか」


「熟練の職人さんたちが狙いすましたかのように一斉に辞めた」


「それ、狙いすまされているじゃないですか」


(まあ、どこぞの酔っぱらいを相手にしながらやっていた時に比べれば、まだマシかな)


 サンドラは遠い目をした。

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