第12話 腕輪制作
ミーシャが織ったひざ掛けの模様の書き写しが終わった。
ひざ掛けを返しに行くと、ミーシャが「本当に大丈夫?」と訊いてきたが、サンドラは「任せてください」と頷いて見せた。
あのひざ掛けはだいぶ古くなっていた。本当にアレスが修業時代からお世話になっていて、今は引き出しの奥で眠っている。デザインの良し悪しや、織りの上手い下手ではない。ミーシャが織った、心のこもった一品なのだ。その思い出の品を腕輪に宿す。
腕が鳴った。
腕輪用に買った板金を切り出したら、模様を刻む。
そのためのタガネは決まっていた。
「仕事の時間よ」
サンドラは赤いタガネを取り出す。
「今日の仕事は祈るの。あなたも祈って」
そう言って、サンドラはまずタガネへ祈るように額を押し付ける。タガネが嫌そうに小刻みに震える。
たっぷり一分そうしたら、根負けしたようにゆっくりと左右に動いた。
「ありがとう。仕事が終わったらワインを用意するわ」
サンドラがそう付け加えると、タガネが気持ち早めに左右に揺れる。
(現金なこと)
とは言わずに苦笑に留めて、サンドラは板金に向き合った。
指輪と同様、叩いたり熱して曲げるので、絵に歪みが出る。それを最小限に抑えるため、外側へ向かうにつれて絵柄が縮むように描く。
「この腕輪を持つ人が、心安らかでありますように。この腕輪を持つ人が、心安らかでありますように」
祈るように呟きながら板金を削る。タガネが赤い光をまとう。
「この腕輪を持つ人が、心安らかでありますように。この腕輪を持つ人が、心安らかでありますように」
絵柄が淡く脈打つ。それはいつかの呪いとは違う、穏やかで温かみのある光だった。
絵柄が完成したら、板金を熱して柔らかくし、叩いて伸ばす。同時に腕輪の形へと成形する。絵柄がきちんと浮かぶように、慎重に伸ばした。
腕輪に切れ目があることを確認し、皮膚が傷つかないよう断面を研磨。表面も薬液を塗って研磨したら、完成だ。
日暮れまでまだ時間があるので、パン屋へ届けに行く。ちょうど夕方のラッシュ前だったようで、店にお客はいなかった。
「お待たせしました。ご注文の品が完成しました」
「本当? ちょっと待ってて」
店番をしていたミーシャが、厨房のアレンを呼んでくる。
「できたのか?」
「はい。こちらになります」
サンドラが紙袋を渡す。アレンが早速中身を取り出そうとして、
「あー、待って待って! 家で着けよう! ね?」
ミーシャが紙袋を掴んだ。それをアレンが持ち上げる。
「いや、今見たい。ちょうど仕込みも一段落したから」
「いやだからって……あー!」
紙袋の口が上を向いていたのが勝敗を分けた。身長差を活かして、アレンが紙袋の中を取り出す。
中には、銀色に光る腕輪が入っていた。シンプルなその姿は、木槌で曲げた時にできた不規則なへこみさえデザインに変える。その中央ラインに並ぶのは、ひざ掛けの模様たちだ。サンドラも気合を入れて、そのガタガタさ加減を忠実に再現している。
「あー! もぉー!」
ミーシャが顔を真っ赤にして崩れ落ちた。
「やめてぇー……慣れないのに気合いだけで完成させた、人生の汚点なのぉー……」
「どこがだ?」
アレンが問う。
「いいじゃないか」
サンドラも頷く。
「私も好きですよ」
「慰めてくれるのは嬉しいけどぉ―……」
まだ立ち直れないミーシャを横目に、アレンは自分の右腕にそれを着けた。腕輪は肘の手前でぴたりと止まる。
「……うん。いい」
アレンはゆっくり頷いて、愛おしそうに腕輪を撫でた。
「ありがとう、サンドラさん。ほらミーシャ、お代持ってきて」
「はぁーい……」
とぼとぼと自宅方面へ向かうミーシャを見送って、アレンも厨房に引っ込む。
「サンドラさん、これもお題の一部だ。受け取ってくれ」
そう言って、なにやら紙袋を差し出された。中を見ると、見たことのないベーグルがある。
「うちの新商品だ。明日、感想を聞かせてもらえるか?」
「はい。ありがとうございます」
ミーシャも戻ってきて、お金が入った袋を渡された。その場で中を検める。
「たしかに頂戴しました。ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう」
「あー、恥ずかしい。人がいない時間で良かったわ」
「そのうちばれると思うがな」
「言わないでよ!」
アレンの腕にミーシャの拳が入る。サンドラはそれを微笑ましく思いながら会釈をして、店を出た。
夕食は思いがけず手に入った。あとはこの報酬でワインを買って帰ればいい。
仕事が終わり、夕食を求めて人が増えてきた。最近馴染みになってきた酒屋まであと少し。
「あっ!」
不意に誰かにぶつかった。と同時に、手の中の報酬が消える感覚がした。
「待ちなさい!」
即座に手を掴む。その細さに驚いた。
迷惑そうに振り返ったのは、年端もいかない少年だった。
「なんだよ、おばさん」
睨む少年に、しかしサンドラも負けない。
「今スッたものを出しなさい」
「は? なんも持ってねーぞ?」
少年が両手を広げて見せる。たしかにその手にはなにもない。
「ポケットの中は? そこも見せなさい」
「なんでだよ! なにも入ってねーよ!」
「本当にそうかしら? この目で見るまで信じないわよ、おばさんは」
周囲の人たちが、なんだろうかとこちらをちらちら見始めた。少年は気まずそうに、けれど頑として首を縦に振らない。
「なにもないって言ってんだろ!? 俺知ってるぞ! エンザイって言うんだろ!?」
「あら、よく知っているわね。でもどうしてポケットの中を見せてくれないの? なにを隠しているの?」
子どもは必死で手を振りほどこうとするが、サンドラも手を離さない。
そのうち、周りもひそひそと囁き始めた。
「なにがあったの?」
「どうやらスリらしい」
「あらまあ、あんな小さい子がねえ」
「大人でも子どもでもいるからな、盗人は」
少年の顔が赤くなっていく。傾き始めた夕日のせいだけではないはずだ。
「さあ、ポケットの中を出しなさい」
「……っ!」
少年がゆっくりとポケットの中に手を入れる。
少年がにやりと、ところどころ抜けた歯を見せた。
「あるわけねーだろ、バーカッ!」
ポケットの中から小型のナイフが現れる。
サンドラがそれに気付いて飛びのく前に。
野次馬が悲鳴を上げる前に。
「そこまでっ!」
第三者の声と手が、少年のナイフを止めた。
「「え?」」
「ナイフを振り回すのは感心しないな、少年」
鋭く睨みつけるのは若い男だ。サンドラはその顔をどこかで見た気がしたが、思い出せなかった。
その男がサンドラの方を見る。
「あとお姉さん、お探しのものってこれですか?」
「え?」
少年を掴む手とは逆の手で差し出されたのは、スられたと思った革袋だった。中身を確認して、減っても増えてもいないことを確認する。
「間違いありません。合っています」
「よかった。あ、ちなみに弟君はあっちで捕まってるよ」
「なっ……!」
少年が野次馬の向こう側を見る。どうやら革袋を盗った後、兄が弟を逃がすために時間稼ぎしていたようだ。まんまと一杯食わされそうになってサンドラは歯噛みする。
「子どもだからって容赦しないからね。おーい、こっちも一人捕まえたー」
男が手を振って誰かを呼ぶ。駆けつけてきたのは衛兵だった。野次馬の向こう側では、別の衛兵がもっと小さな子どもを担いでいる。足をばたつかせているがびくともしていなかった。
少年も、駆けつけた衛兵に同じようにして担がれる。
「やめろ! 離せ! はーなーせー!」
こちらも暴れるがまったく堪えていない。それを見送って、サンドラはようやく詰めていた息を吐き出した。
「はぁ」
「災難でしたね」
「ええ」
野次馬たちがばらけていく中、サンドラは男を見た。
「ありがとう、助けてくれて」
「いいえ。最近はああいう低年齢層の犯罪も増加していますからね。油断なりませんよ」
「そうね。今度から気を付けるわ」
「よかったら、送っていきましょうか?」
その言葉で思い出した。背を向けかけたサンドラは勢いよく男の方を見る。
「えっ、なに?」
「……あなた、いつぞやのナンパ男ね?」
「え? ……あ、パン屋の袋の人」
どういう認識だったんだと突っ込みたかったが、お互い様だったと思い直す。
「奇遇ですね。またパン屋からの帰りですか?」
「ええ。あ、ついてこなくて結構よ。道が入り組んでてわかりにくいから」
「いやいや、せめて通りの一本手前までは守らせてくださいよ。またスられたくないでしょう?」
「大きなお世話よ。……あ」
「どうしました?」
「買い物を一つ忘れていたわ。そこまでだったら一緒に来てもらっていいわよ」
「ありがとうございます!」
耳と尻尾の幻影が見えた気がする。きっと疲れたんだろう。
サンドラは迷いのない足取りで酒屋へ向かう。
「ここで待っていて。すぐに終わるから」
「はい」
男が頷いたのを見て、店に入る。
「いらっしゃい。お、いつものワインか?」
「そう。それと、裏口を貸してもらえないかしら」
「え?」
「変な男に付きまとわれているの」
「おっと、そいつはまずい。俺が適当に相手するから、こっちを使いな」
「ありがとう」
ワインを買って、裏口を使って店を出る。大通りを渡る前に顔を出して様子を見たら、店主がドアで壁を作ってくれていた。その隙に自宅がある裏通りへと向かう。
まっすぐに自宅まで帰ると、鍵をかけてへたり込んだ。
なんだか色々とありすぎた。
「……迷路の呪術、早く組まないと」
まずは身の安全が第一だ。
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