第11話 パン屋の夫婦
「解けたんですか!?」
解呪を請け負った一週間後。
彫金師ギルドの応接室に通してもらった女性が声を上げた。
「はい。こちらがその品になります」
サンドラはハンカチをテーブルの上に載せる。
女性が恐る恐る開くと、依頼する以前よりも輝きを取り戻したブローチが横たわっていた。
「すごい……綺麗になってる」
「呪われたブローチということで、手入れもなかなかできなかったと思います。手入れ代はサービスです」
「ありがとうございます」
礼を言った女性は、それからおずおずとまた口を開く。
「あの……あの呪いは、どういったものだったのでしょうか」
サンドラは小さく首をかしげた。
「どういった……ですか?」
「はい。あの、理由とか、わかりませんか?」
「呪いというのは、えてして他人には理解しがたい情念の塊です。モヤモヤするでしょうが、触れないのが一番です」
「そうですか……」
女性は残念そうにしていたが、ブローチを大事そうに胸に抱える。
「またなにかありましたら、ギルドを通してでも構いませんので、お気軽にお尋ねください」
「はい。ありがとうございました」
女性を先に応接室から出して、サンドラも後に続く。
そこに職員が声をかけた。
「サンドラさん、また指名の依頼が来ていますよ」
「珍しいですね」
常連客が付いていないのに、立て続けに指名依頼とは。
「表通りのパン屋の夫婦ですって」
「なるほど」
納得した。店を構えたら知らせてくれと言われていた。そして先日の解呪の際、ベーグルを買い付けに行ったときに教えたのだ。
職員から依頼書を受け取ると、詳細は夫婦が経営するパン屋でするそうだ。
「ついでに買い物もできそうね」
サンドラは財布の中身を確認すると、依頼主の元へ向かった。
「来てくれてありがとうね、サンドラさん」
「こちらこそ、指名していただき、ありがとうございます」
パン屋に併設されている自宅に招かれたサンドラは、向かいに座る夫婦にそう言った。
「改めて、私はミーシャ。こっちは旦那のアレス」
紹介を受けた旦那が会釈した。サンドラも会釈を返す。
「今日は、腕輪の製作をお願いしたいとお聞きしました」
「そう。旦那が失くしちゃった結婚指輪の代わり。どうかな?」
ミーシャが冗談めかして言うが、アレスの方はそのことを気にしているらしい。大柄な人が縮こまっていた。
「では、手首を見せてください」
サンドラが言うと、アレスがそっと手を出してくる。
「失礼します」
サンドラは彼の手の平から手首まで、滑るようにして触れた。
毎日重いパン生地をこねているからだろうか。色白であるが筋肉がついていて、節々に特有のタコができている。パンを焼く際にできたらしい、小さな火傷の跡もあった。
――昼夜を問わず酒を飲んでいた誰かさんとは大違いだ。
「なるほど、ありがとうございます」
サンドラは手を離した。
「腕輪と言っても、完全な円ではなく、腕にスライドさせて嵌めるタイプがいいでしょう」
「そういうのもあるの?」
「はい。すこし幅広になりますが、手に近い方から」
と言って自分の腕を掴んで実演して見せる。
「奥へ滑らせて、固定させることができます」
「あら、いいじゃない!」
ミーシャがアレスの腕をぺしぺしと叩いた。
「あなた、いつも小麦を練ったりかまどの前に付きっきりだったりするから、半袖が多いでしょ? 長袖で隠れる心配もないじゃない」
「う……うむ」
妻に気圧されるようにしてアレスが頷く。
「それと、これは提案なのですが」
サンドラが言う。
「旦那さんを火傷から守るため、火のお守りを刻印させていただいてもよろしいでしょうか」
「そんなこともできるの?」
「はい。彫金師の中には、少々魔法の心得がある人もいます。あるいは、彫る専門で、様々な効果を刻印する人もいますね」
「へー、おしゃれな模様だと思ていたけど、意味があるのね」
「一部の心得がある人のものは、ですが。そして私は、そちらの方面も知識があります。かまどからの熱波を軽減できますが、いかがいたしましょう」
サンドラが訊ねる。
「いいんじゃない? やってもらったら?」
ミーシャが二の腕を叩いて勧める。
「…………」
アレスはしばらく黙った後、ゆっくりと頭を下げた。
「すみません。それは、しないでほしいです」
「そうですか」
「えー、なんで?」
サンドラは素直に頷いたが、ミーシャが引かない。
「火はパン焼きにとって一番大事なものだ。そばにいて火加減を見ていないと、パンがうまく膨らまなかったり、外だけ黒焦げになる。それがわかりにくくなるというのは、パン焼きにとって致命的だ」
「なるほど。知らなかったとはいえ、失礼いたしました」
「いや、いいんだ。代わりと言ってはなんだけど、入れてほしい模様がある」
そう言ってアレスが席を立つ。サンドラはミーシャを見るが、彼女もわかっていないようで、首をかしげている。
少しして彼が持ってきたものを見て、ミーシャが悲鳴を上げた。
「ちょっと!」
「この模様を、一部でいいので彫ってください」
それはひざ掛けのようだった。特徴的な動物や植物、家を模した模様が織られている。
ミーシャがそれを取り上げようと手を伸ばすが、アレンの太い腕に遮られてしまった。
「ちょっとまっ……! どこにしまっていたの!?」
「引き出しの一番奥」
「使っていなかったじゃない! とっくに捨てたものだと思っていたのに!」
「君が初めて作ってくれたものじゃないか。捨てられないよ」
「だからって……! あー、ごめんね、サンドラさん! 見苦しいでしょ!?」
そう言われて改めて模様を見てみる。
たしかに、織りが甘かったり、模様が一段ズレている箇所もある。しかしそれを含めて
「とても暖かそうなひざ掛けですね」
「だろう?」
アレンが初めて、はにかむように笑った。
「パンの修行中、寒い時はこれがとても役に立ったんだ。そのうち、パン生地や粉が着くのが嫌で、引き出しにしまい込んじゃったんだけど」
「あなた……」
「どうでしょうか。作れますか?」
「はい」
サンドラは頷いた。
「イメージは固まりました。ちょっとこの柄を写したいので、二、三日お預かりしてもよろしいですか?」
「もちろんです」
「いいの? そんなへたっぴより、もっと綺麗で上手な柄があるんだけど」
「腕輪を身に付ける旦那様が良いとおっしゃるのであれば、私はその通りに作ります」
「これでお願いします」
「では、お預かりしますね。こちらをお返しするときに、代金の一部を頂いてもよろしいですか?」
「わかりました」
アレスが頷く。
隣でミーシャが「もぉー」とむくれるが、まんざらでもないようだ。
その様子がサンドラには、少し羨ましかった。




