第10話 初指名
「あ、あの、呪術師ギルドに行こうとしたんですけど、道がわからなくて……」
サンドラがブローチを見つめている間に、女性はおどおどと話し始めた。
「そしたら、呪いを解ける人が彫金師ギルドに入ったって話を聞いて……それで……」
「……一つ、質問をしてもいいですか?」
サンドラが訊ねると、女性は飛び上がる。
「は、はいっ!」
思わず苦笑いが浮かんだ。
「そんなに緊張しないで大丈夫ですよ。ご覧のとおり、無愛想ではありますが。あなたに大金を吹っかけようとしたり、不機嫌であるわけではありません」
「そ、そうなんですか」
「ええ。これが通常です。ですから楽になさってください」
「はい。……それで、質問というのは?」
女性がいくらか肩の力を抜いてくれたところで、サンドラは言った。
「このブローチは、誰のものでしょうか」
「私です。その前は祖母のものでした」
「お母様や、おばさんに当たる人は?」
「いますけど、呪いのせいで受け継げないんです」
サンドラはもう一度ブローチに目を落とした。
一見するとなんの変哲もないブローチ。だけどたしかに呪われている。
「そのさらに前の人……あなたのひいおばあさまは、これを受け継いだのですか?」
「いいえ。……あの、覚えている限りなんですけど、少なくとも十人くらい、一つ跳びで受け継いでいます」
「一つ跳び……親から子ではなく、孫へ。そしてそのさらに孫へ、といった感じですね」
「はい」
それが十代以上にわたって繰り返されている。
「ちなみに、もしも子の代……つまり、あなたのお母様やおばさんに当たる人がこれを受け継いだ場合、どうなるのでしょうか」
「死にます」
あまりにも滑らかに出てきた単語に、逆にサンドラの方が絶句した。
「……それはまた、大した呪いですね。孫が生まれる前に死ぬ人が多いでしょうに」
「はい。そういう時は、息子に当たる人が管理していました。決して女性には触れさせないように、厳重に鍵をかけて」
「なるほど。なかなか厄介な呪いですね」
サンドラはブローチを撫でた。
「最初に呪いをかけた人は、どうしても娘にこれを渡したくなかったのでしょうね」
「それで迷惑しているんですから、いい具合に解けてくれればいいのに」
唇を尖らせた女性にサンドラは言う。
「石や金属といった、摩耗しにくいものに施した呪いは半永久的に残ります。解呪するには、やはり専門家の力が必要ですね」
「え……できないんですか?」
「できますよ」
サンドラはきっぱりと言った。
「誤解させてしまってごめんなさい。あくまでもさっきのは一般論。そして、こういう呪いを解くために、私は彫金師になりました」
「じゃあ……!」
「これ程度でしたら、一週間後にまた来ていただければ、呪いを解いた状態でお返しできます。前金としていくらか頂きたいのですが、いいですか?」
「はい」
女性が懐から財布を取り出す。そこから銀貨を数枚受け取った。
「たしかに頂きました。この呪い、必ず解きます」
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げて、女性は応接室を後にした。
サンドラは改めてブローチを見下ろす。
「もう十分、あなたの役目は果たせたわ。大丈夫。ちゃんと解いてあげるからね」
そうブローチに語り掛けて、ハンカチで優しく包み直した。
◆ ◆ ◆
呪いというのは、人目につかない場所に施される。
バッグなどの布製品であれば、表皮と裏地の間に。
カメオであれば、宝石と台座の間に。
そしてブローチは、立体化したその内側に。
自宅兼工房に戻ったサンドラは、糸鋸で慎重にブローチを切っていた。
このブローチ、正面から見ただけでは丁寧な細工にしか見えない。だが後ろから見ると造りが甘い……というか雑だ。
考えられる理由は二つ。
作り手が手を抜いたか、あとから裏側を付け足したかだ。
おそらく後者だろう。もし前者だとしたら、彫金師として半人前だと言わざるを得ない。本物の花も、その裏側まで造形に手が抜かれていないのだ。忠実にとまではいかなくても、こんなべったりとした土嚢のような裏側になってはいけないのだ。
あるいは、呪いを頼まれた呪術師が、慣れない手でどうにかしたのかもしれない。いずれにせよ、裏側の担当者は彫金師としての腕がない。
ごりごりと削り続けること数時間。ようやくブローチの裏側を切り離せた。
「ふぅ」
サンドラは一度大きく伸びをする。
「さて、中身は……っと」
本を開くようにして、ブローチを開く。
ブローチの本体にはなにもなかった。代わりに、土嚢のような裏側の内側には、びっしりと呪い文字が書かれていた。
「……なるほど」
蝋燭の火を近づけて解読する。
「娘にどうしても渡したくなかったのね」
〝このブローチの所持者は、その息子または孫に受け継がれること。娘が受け継げば死ぬ〟
シンプルな文言に、ダメ押しの文様まで施されている。この小さな土嚢の中にこれだけの呪いを入れられたのだから、頼まれた呪術師は相当な腕利きのはずだ。
「孫の代で解呪してもらい損ねちゃったのね、きっと」
そのまま十数代の時を経て、サンドラの元にやってきた。
「もう大丈夫。呪いを解くわ」
サンドラは引き出しから解呪の道具一式を取り出した。
さあ、古い呪いを解こうではないか。
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