四十八話
また風だけが過ぎてゆく荒野の中。馬四頭を後ろに引き連れて、蛇車は猛スピードで突き進んでいく。馬二十頭が引く馬車よりも断然速いのだから、この大蛇のパワーはどれほどのものなのか。
これを倒してしまうピオーネはなおさら超人だ。今彼女は、ホルンメランの軍はどこで何をしているのだろうか?
東に出たから、このまま進路を右に行けばサミュール要塞にたどり着くことができる。このスピードならすぐに着くことができそう……だったが……
「ちょ! どこ行くんだ! 」
蛇車は突然左に回りだした。
全くの逆方向だ。
「何してるんですか! 少将! 」
手綱をとっているのはメイデン少将だ。
「いや、右に指示しているのだが、言うことを聞いてくれないんだ! 」
「なんだって! 制御不能ってことですか! 」
やっぱり蛇に車を引かせるのは無理があったのか。前を見ると蛇はブンブン頭を振っている。
右に方向を変えなければ、訳の分からない場所に連れて行かれてしまう。
「おい蛇! そっちじゃない! 右だ! 」
「蛇って呼んでも反応しませんよ! 名前で呼ばなくちゃ。」
「名前って? 」
「ああ! そうだった! 名前まだ決めてないんだった! 」
「もしかしてそれでへそ曲げてるとか? 」
「いや、流石にそれはないだろう。ただ単に指示が分からないだけだと思う。」
蛇は左にどんどん逸れていく。このままじゃまずい。しかもかなり。
「大岩があるぞ! このままじゃぶつかってしまう! 」
行く手には超巨大な岩。ぶつかれば新調したてのこの車も大破してしまうだろう。
「メイデン少将! なんとかなりませんか! このままじゃ僕たちの身まで危ない。」
「そんなこと言ったって、さっきから見てるだろう! 全く制御ができていないんだ! 」
「それじゃあお手上げじゃないですか! 」
ぶつかってしまう! だが岩の表面が見えるくらいまでに迫ったところだった。
「キシャァァァァ! 」
蛇は大口を開けて、口から液体の塊を吐き出した。
その液体は真っ直ぐ岩にぶつかり、その瞬間岩は泥のように溶け落ちてしまった。
僕たちはその溶けてしまった岩の上を通り抜けていく。
「今のは? 」
「酸ですよ。強酸です。」
「めちゃくちゃ危ないじゃないか! あれが俺たちの方に飛んできたらどうするつもりなんだよ! 」
「もし危ないんだったら、とうに僕たち酸まみれになっているはずですよ。」
蛇は前だけを見ていた。
しかし方向は一向に修正されなかった。ずっと左に寄っていくのだ。
「もうこのままどこかの町まで行っちゃったらどうなんですか? 」
兵士くんはもう諦めている。
「それだとニフラインの町に着いてしまうだろ。一応ここは敵地なんだぞ! 」
中立のフォッケトシアならまだのんびりとしていられたが、他の町だと身が危ない。
しかしもう手遅れなよう。僕たちじゃ進路を決めることが出来ない。この蛇が気ままに進んでいく先へと僕らは連れてゆかれる。
そのうち、左前方に砦が見えてきた。
「あれ! 見てください。敵の砦です。」
「しまった! 敵地の奥まで来てしまってるよ! 」
見つかってはマズいと思ったが、すぐにそんな心配はないと分かった。
人の気配がしなかったのだ。まったくと言っていいほど。砦の壁の向こうにはたったの一人もいないのではと思えるほどに静かなのだ。
「うーん、これは幸運とみていいのだろうか? 」
「とりあえず襲われる心配はないみたいですね。」
不気味だ。場所からして敵の砦であることは間違い無いのだけれど、ニフライン兵が見えないのは、逆に怖い。
よく見ると、砦の中からは煙が上がっていた。白い煙がつらつらと空に昇っている。
「もしかして、あの砦落ちたあとなんじゃないですか? 」
「それって……。」
「陥落したのか。おそらくはシャラトーゼの本団が攻め落としたのだろうな。」
ここはどうやらシャラトーゼ本団の進行路の中らしい。本団の軍が侵攻して落とされたニフラインの拠点が左の砦ということだ。
今僕たちが進んでいる方角は西。蛇が左の方向に回ってからずっと進んでいくから、僕たちは今間違いなく、ニフラインの奥の方に進んでいってる。
「こっちに行っちゃうとまずいんじゃないですか? 」
「そうだよ! 場合によっちゃ戦場に突っ込んじゃうよ! 」
刻一刻とニフラインの中心へと近づいて行っている。
進んでいく間に、僕たちは陥落した砦や街を三つ見た。いずれの場所にも人はいなかった。ニフラインの兵も、シャラトーゼの兵も。
「落としてからすぐに発っているようですね。捨てていくような感じで。拠点を抑えるよりも、先に進むことを優先しているようです。」
ライアンくんは地図とコンパスを取り出した。フォッケトシアで買っておいたらしい。
「現在地はここら辺ですね。」
陥落した砦のお陰で、この荒野の中にいても自分たちの現在地を知ることができた。
「しかしどうだろう。この場所ってのは。」
「随分まずいことになってきましたね。」
僕たちが今向かっているのは真西の方角。落ちたフロパイエ砦の位置を基準とすると、その真西にあるのは……。
「おいおい、そんなところに今から行くのか? 」
手綱をとる少将以外の三人全員の視点は地図の西のところに定まった。
そこに載っていたのは、大きな赤い都市のマーク。
「ニフラインの本都市じゃないですか! 」
そう、そこには、僕たちの行軍の最終目的地。ニフラインの都市だったのだ。敵の総本山に、僕たちはたった四人で突っ込もうとしているのだ。
蛇車の勢いはもうすでに止められなくなっていた。制御することはもう不可能。かろうじて話されないように縄で必死に引き留めていると言う状態だ。
急流を川下りしているような気分だ。慌てるぼくたちとは対照的に、蛇は気持ちよさそうに進んでいく。体を唸らせながら、まっすぐに這っていく。足がないというのに、どうして馬よりも速いのかが不思議だ。
四人全員が途方に暮れてしまったところで、遠くに立ち登る煙が見えた。
山の上から煙は出ていた。というよりなんだあの山は。これまで荒野しか見えていなかったというのに、突然緑の多く茂った小高い山が現れたのだ。
「あの山は? 」
「ミュートロ山ですよ。ニフラインの都市から東に一キロ弱のところにある、一つだけ盛り上がった山です。」
奇妙だ。一つだけ山がある。普通は山脈のように峰々が連なっているが、このミュートロ山は本当にポツンとひとつだけあるのだ。
「地震による地殻変動のせいでそこだけが盛り上がったみたいです。」
さらに煙が立っているのも気になった。人があそこにいるのだろうか。尋常じゃない量の煙だ。
「あそこで戦いでもしているのだろうか? 」
「いえ、そう言う類の煙じゃなさそうです。規則正しく並んで立っていますから。」
言われてみれば、煙は細く並んでいた。乱雑に手当たり次第燃やしまくったような、戦火の煙とは明らかに違っていた。
じゃああれは何なのだろうか? 気にはなるが、それどころではなくなってしまった。
「おわっと! 今度はどうしたんだ! 」
蛇が突然また左に曲がり始めたのだ。
今までしばらく真っ直ぐ進んでいたっていうのに、何を心変わりしたと言うのか。
「見てください! あれを! 」
蛇が進んでいく先には、微かにではあったが、陣営が見えた。白い布で陣を張っている。
ああ、よかった。あれは……間違いない。
「「「「ホルンメランの陣営だ! 」」」」
これほど遠かったとしても、あれを見間違うはずがない。
するすると力が抜けてきた。安心してしまったようだ。
「はあ、よかった。この蛇、実は賢かったみたいですね。」
そのようだ。この大蛇は最初からホルンメラン分団の場所が分かった上で、僕たちの指示を無視して勝手に進み始めたらしい。
蛇は遠くに見える陣営へと一直線に突進していく。そのまま突き破ってしまわないか心配になるくらいのスピードだ。
しかし、そこも蛇は賢かった。ホルンメランの陣営に近づくにつれて、だんだんとスピードを緩めていく。
陣営の真ん前までたどり着いたところで、蛇は立ち止まり、僕らが乗っている蛇車もカタカタと乾いた車輪の音を立てながら停車した。




