四十七話
前よりもグレードアップしてしまってよいのだろうか? 半日でこれを完成させてしまうのだから、ここの職人たちは凄腕だ。
ただ機能だけを求めた馬鹿でかい馬車ではない。デザインもお洒落で、かっこいい。
「なんだか、貴族になったみたいですね。」
「貴族でもこんなもの乗らないわよ。」
ソングライン侯に出会ってから、彼女が何かの乗り物に乗っているところは見たことがない。全て徒歩か飛行である。
僕はどうしても気になることがあったので、ソングライン侯に尋ねた。
「その……お金の話ってどうなるんですか? 」
彼女は笑った。
「ああ、それなら心配ないわよ。貴方たちのとこのアイラちゃんに請求しとくから。」
帰った後がちょっと心配にはなってしまうが、ひとまずは安心できそうだ。
あとは出発するだけ……ん?
「あの、馬は? 」
「なに? あなたたちが連れてるんじゃないの? 」
「乗ってきた4頭しかおりませんが。」
その場の全員が固まった。
僕たちはてっきり馬まで用意してもらえていると勘違いしていた。
困った。立派な車体だけが出来上がって、肝心の動力が何もないのだ。このままでは当然帰ることができない。
「貴方たち、考えなしで来ちゃったの? この町には馬なんていないわよ。」
「でも品物として運ばれてくるんじゃ? 」
「それにしても数頭くらいしか来ないわ。しかもたまにだけ。」
僕たち四人と機械を乗せたまま、この巨大馬車を引っ張っていくパワーがなければならない。馬ならば、二十頭くらいはいなければ。
しかしここに馬がいないとなれば、かなりの難題だ。僕たちが乗ってきた四頭だけじゃ馬力不足。今もすぐそこまで連れてきてはいるが、彼らだけじゃとても引っ張ってはいけない。
巨大な生き物がこの馬車を引っ張ってくれでもしたら、いいのだけれど。そんな絵本みたいなことは……あれ? そういえば。いるじゃないか、すぐそこに。
僕は傍でチョロチョロと動き回っていた蛇を拾い上げた。
「また蛇じゃないの! 連れてきてたわけ!? 」
「あ、すいません。苦手ですよね。でもコイツならなんとかしてくれるかも。」
「蛇が? ヒョロいだけじゃないの。」
侯爵は苦い顔をしてそっぽを向きながら話している。
僕は、搬入のために準備されていた配合マシンの成長促成部分のスイッチを入れた。
音が出て、動き始めた。
「よかった! 壊れていないみたいですね。でも何をするつもりなんですか、そんなもの使って。」
促成部のビーム射出機を取り出して、蛇に向けた。
僕の意図に気づいたライアンくんは慌て始めた。
「ちょっ! そりゃ不味いでしょう! 暴れ始めでもしたらどうするんですか! 」
「でも、こいつはデカイし、パワーもある。この馬車だって引っ張れるかもしれない。」
「だからって賭けに出過ぎでしょう! 」
「ノーチャンスよりはマシだろう。」
気づけば、ソングライン侯はちょっと離れた場所にいた。
「あとは勝手にしなさいね。私はちょっと仕事があるから。」
彼女は翼を広げると、パッと飛び上がってどこかへ行ってしまった。徒歩でも帰れるのに、そんなに蛇が嫌だったのかな?
僕は促成部を蛇に向けてスイッチを入れた。
「うお! 本当にやっちゃったよ。」
蛇はみるみるうちに成長していく。人の大きさになり、それを越え、あっという間に馬車の大きさも追い越してしまった。
まだまだ蛇は大きくなり続けた。いつか見たあのマウンテンバジリスクそのものだ。
他の三人は唖然としている。兵士くんは開いた口が塞がっていない。
「おいおい! ニシキヘビくらいの大きさじゃないのかよ。こんなもんの卵を置いてたのか、今まで。」
蛇はぐるぐると回って、辺りをキョロキョロと見ている。
この蛇ならば、巨大な車体を無理なく引っ張っていけるだろう。しかも、蛇は生まれてから一度も暴れていない。気性が穏やかなのもすごくよかった。
試しに、車体に繋がれた綱を蛇にくくりつけてみた。どのよつになるか、試運転だ。
首元に綱をくくりつけても、蛇は大人しかった。
「大丈夫そうですね! 」
兵士くんがここでいつもの話題。
「この蛇の名前、どうします? 車を引かせていくっていうのに名前がないのは可哀想でしょ? 」
「そういえばそうだね。」
と、蛇を目の前に、今度は四人で命名会議だ。
毎度難航してしまうこの会議。今回はどうなるのか……。
「あの……。」
「どうしたの、ライアンくん。」
「軍に帰りながら考えてもいいんじゃないですか? 」
「「「あ……。」」」
蛇は不思議そうに僕たちを見ている。
僕たちは一転して車の準備を始めた。機械と諸道具の搬入。兵士くんは街で新しいワインセラーを買ってきていたから、それも入れた。
「ワインセラー買うお金なんてどこにあったのさ? 」
「ああ。官吏の身分証を出したら後払いでいいと言われました。領収書はホルンメラン官庁名義で書いてもらいましたよ。」
「ダメなやつじゃねえか! ちなみにいくらしたのさ? 」
「16万2千イデです。」
「結構いいやつ買ってるじゃないか。全く、他人の金だと思って……。」
ワインセラーもグレードアップしていた。4人がかりで持ち上げると、ずっしりと重かった。
「お前、もしかして……。」
搬入が終わってからワインセラーを開けると、ビンゴだった。
「お前やってんな。」
中にはずっしり酒が入っていた。ワインだけじゃない。今度はバラエティに富んでいる。
どうやら、酒も街で買い込んでいたらしい。一体そんな時間がいつあったのか?
「いやあ、すいません。ニフライン落ちるまでに飲みきれないくらいの量は確保しとかないといけないと思って。」
ずっと飲むつもりでいるのか、こいつ。
ワインセラーを運び込んだところで準備は完了した。あとはもう出発するだけ。車夫はいないが、メイデン少将がその役を引き受けてくれた。
「もう出発していいのか? 」
少将は蛇の手綱をガッチリつかんだ。
蛇の方も準備は万端らしく、軽く息巻いている。
「ミルドーさん! この街から出るには? 」
「裏手から出てあとはまっすぐ進み続ければ、街の門に着きます。それが東門です。そこを出て南に行けばあなた方がやってきたサミュール要塞に戻ることができます! 」
「ありがとう! 」
それを聞いたメイデン少将は、蛇に合図を出した。
「ぎゃおおおおおお! 」
蛇は唸りを上げて体を捻ると、凄い勢いで少将が指示した方向に這い始めた。
始めてなのに、この蛇を扱えるメイデン少将もさすがだ。蛇の体長は目測でも25メートルを越えている。なので、手綱は30メートルをゆうにこえる長さだ。
馬の手綱をいくつも繋ぎ合わせた、即興の長縄を上手く捌いている。
「そのまま真っ直ぐだ! 」
行く先は緩い下り坂。道の左右を挟むのは荒地と民家。下るにつれて、建物が繁くなっている。
「気をつけないと、家をぶっ壊しちゃいますよ! 」
「もし壊したら大問題ですね。悪魔侯爵にどやされちゃいます。」
「そしたら私は軍をクビになってしまうな。」
そんなことを言いながらも、全員顔は笑っている。
そう、結構楽しいのだ。蛇は勢いよく進み、坂を駆け下りていくので、顔を撫でる風も爽やか。髪は空気を含んで逆立ち流れていく。
道の脇には人も見えた。どうか避けてくれよ。彼らは僕たちを見ると、驚いて口々に騒いでいた。
「これ、もうすでに問題になってる気がするんですが。」
家が増えるにつれて、僕たちを目撃する人も多くなっている。まるで見世物のようだ。
「蛇が車を引っ張ってるぞ! 」
「なんなの? 何かの祭り? そんなの聞いていないわよ! 」
皆のさまざまな言葉が聞こえてきた。そのうち噂になるぞ。
たくさんのギャラリーに見守られながら、馬車改め蛇車は道をまっすぐ突き進んでいく。
「門まではあとどのくらいあるんだ? 」
「見えてはいますけど、まだ小さい。もうちょっとかかりそうです。」
行く先には小さく門がみえている。そこまではずっと一本道が続いている。蛇は素直にその道の上を突き進んでいた。
蛇車の傍を僕たちの馬も走っている。ヒカルゲンジは車の右を走っていた。
もうすぐ門だ。
「あとちょっと! そこを抜ければ広くなります! 」
少将は必死に手綱を持っている。
門の入り口は狭い。蛇はニュルッと上手に抜けていったが
「ゴスッ! 」
「新車なのに早速擦っちゃったじゃないか! 」
門の壁に車体をぶつけてしまった。衛兵たちもたまげている。
少しバランスを崩してしまったが、どうにか門を抜けた。後ろを振り返ると、街の人が大勢。彼らは僕たちに手を振ってくれていた。
僕たちは彼らに手を振り返した。
晴れやかな笑顔たちはしだいに遠ざかり霞んで、荒野はまた静か。




