四十六話
蛇に気を取られているところへ、ソングライン侯が戻ってきた。
「ちょ! あなたたち、それは何よ! 」
「ああすいません、蛇なんですけど……。」
「そんなこと見たらわかるわよ! なんで連れ込んでるのって聞いてるのよ! 」
侯爵は顔が引きつっていた。
ついさっき卵が孵ったことを伝えると、一応は納得してくれた。顔は相変わらず嫌そうなままだったけど。
落ち着いた侯爵は、用件を思い出したように話し始めた。
「馬車の手配は済ませたわ。今日出来上がる予定だけど、夜になっちゃうから、どのみち出発は明日になるわ。今日は四人とも、もう宿でも取って休みなさい。」
蛇ごと早く帰してしまいたいように見えた。
街中は夜になってますます賑わっている。道を挟み並んでいる看板たちも、街灯に照らされて明るく顔を上げている。
だが、宿屋を探すのには難があった。
「どこにも無いじゃないですか、宿屋。」
並んでいるのは、商店だの、飲食店だのばかりで、泊めてもらえそうな宿屋は一軒も見つからなかった。
そのうちメインストリートの端の方まで来てしまった。
「どういうことでしょう? 」
「侯爵は宿を借りろと言っていたから、ちゃんとあるのだろう? もしかしてもっと別の場所なのかな? 」
少なくとも、ここには無かった。
路地を一本裏へ入った。喧騒を後ろに置き忘れて、辺りは一気に暗くなった。心ばかし、寒くなったように感じてしまう。
裏通りに出ると、小さい明かりがポツポツと灯っていた。こちらは人通りもまばらだ。
「よく見てください! 宿ですよ。」
「あ、ホントだ。」
並ぶ建物は軒並み宿だった。粗末なものから、高級そうなものまで、雑多である。
「こんなに集まってるもんですか? 近くに建てちゃうと客の取り合いになるんじゃないです? 」
「取り合いになっても困らないほど沢山人がいるんだろう。」
見上げると、どの宿の部屋にも灯りがついていた。
僕たちは一番近くにあった、そこそこの宿に入った。中は割と綺麗で、僕は不満も何もなかった。
「部屋があるか、心配ですね。」
入ったところに、すでに大勢の客がいた。全員が泊まるとなると、部屋が空いているかは本当に怪しい。
ロビーで受付をしていたのは変に気取った格好の老婆だった。
「あの、二部屋ほど空いてはいませんか? 」
「一部屋なら空いてるよ。」
「一部屋……。四人と一匹は入れますかね? 」
「窮屈でもいいんなら、入れるんじゃないの? 」
僕は他の三人に事情を話したが、みんな多少窮屈でもいいと言う。他の宿が空いている保証もないので、ここに泊まることにした。小さいとはいえ、蛇を入れてもいいというのは大変にありがたかった。馬たちは流石に建物に入れないので、外に繋いでおいた。
「じゃあ、その一部屋に泊まらせてください。」
「はいよ。」
老婆は空いている一部屋の鍵を取り出してきた。僕はその部屋の代金、20,000イデを支払って鍵を受け取った。
ロビー脇の階段から部屋がある二階に昇ろうとしたところだった。近くのテーブルで談笑していた三人組の商人たちから、気になる話が聞こえてきた。
「ニフライン、だいぶ攻め込まれてるみたいだな。」
「ああ。あとどんくらい持つか。」
「シャラトーゼ本団も防衛線を押し込んで、ついにニフラインの都市のすぐそばまでたどり着いたらしい。」
彼らの話に真っ先に反応したのは、メイデン少将だった。
「ちょっと君たち。その話は本当かい? 」
突然話しかけられた商人たちは大変に驚いていた。
「あ、ああ。そうだが。」
「どうしたんだい? それが。」
メイデン少将は足をかけた階段を再び降りて商人たちのテーブルについた。
「ホルンメランの軍の話は聞いてないか? その軍も進軍しているのだが。」
だが、商人たちは首を傾げた。
「いやあ、それは聞いてないなあ。」
少将はあからさまに落胆を顔に浮かべた。
「ちくしょう! やはり先を越されているじゃないか! パゴスキー君はなぜ東の進路を譲ったんだ! 」
ホルンメラン分団はいまだに都市圏までは進軍できていないらしい。パゴスキーはこれで良いと言っていたが、はっきり言って美味いところを持っていかれているように見える。
軍人でない僕は、無事で帰れるのならばどちらでもよいのだが。
落ち込むメイデン少将を商人たちが心配そうに見ていたので、僕たちは少将を回収して、二階にあがった。
部屋は二階の真ん中だった。部屋は綺麗だったが、やはり四人で泊まるには手狭。ベッドも二つしかなかった。
四人で色々と話す間に、夜はあっという間に更けてしまった。少将は先ほどからずっと落ち込んでいる。よほど悔しいのだろう。
「早く帰った方がいいではなかろうか? 」
「そんなこと言ったって仕方ないですよ。今日はもう休みましょう。」
悩んでも、憂いても、どうすることもできないだろうということで、僕たちは眠った。
朝は一瞬にして来た心地。よく眠れていたらしい。窓の外の空気は触れていなくても乾いているのが分かった。爽やかな空に、替えのベッドシーツがたなびいている。
他の三人はまだ眠っていた。一人だけ先に呼び出されたようで、特別な感じだ。
静かで、しかし目が冴えている。こんなに落ち着いているのは、ついこの間までの日常のようだ。ただ僕のすぐ横には、軍人が一人寝ているのだが。
そろそろ、起きなければならない時刻なので、僕は他の三人を起こした。
「起きて、みんな。」
身を起こした三人は、上体を朝日の陽射しに突っ込んで、眩しそうに目尻のシワを寄せた。
ライアンくんの目元にはクマが出来ていた。
「眠れなかったのかい? 」
「ええ。クロードくんの寝相が悪くて。シーツを剥ぎ取られるたびに起きてしまいました。」
「え! それはすいません、ほんと。」
対して兵士くんの顔はツヤツヤとしていた。
メイデン少将もちょっとはスッキリしたみたいだ。彼は起きるとすぐに身支度を始めてしまった。
僕たちは一階に降りて、朝食を頂いた。食事もそこそこの物が用意された。目新しいメニューもいくつかあったので、楽しむことができた。
蛇の分まで用意してもらえたのはいいサービスだった。鹿の肉をすり潰した、離乳食のような見た目のメニューを用意してもらえた。
食べるかどうかは少し心配したが、蛇はその肉を、僕たちが食べ終わるよりも早く平らげてしまった。
「元気いっぱいですね。」
「僕たちは食べられたくないね。」
「悪い冗談です。」
あまりに人が多いがために、蛇に特段の興味を持つ人はいなかった。みんな通りすがりにちらっと見ていくだけ。赤子のうちはいたって普通の蛇だから、誰も気にしないのだろう。
朝食を済ませ支度もしてから、僕たちはまたソングライン侯の屋敷に向かった。
彼女は待っていた。
「遅いわ! あなたたち、昨日は結構急いでるっぽかったじゃない。なんで今日はのんびりしてるのよ! 」
「申し訳ないです。久々のふかふかしたベッドだったので……。」
「言い訳無用! と言いたいところだけれど、だからと言って私が困るわけでもないのよね。まあいいわ。案内するから来てちょうだい。」
彼女に連れて行かれた先は、メインストリートからずいぶん離れた場所。建物さえもまばらな、外れた場所だった。
「ここは? 」
「色んな職工たちが住んでいるところよ。ここらへんに来れば、大体のモノは完成するわ。」
見回すと、職人のような姿で作業している人たちが何人も見えた。
僕たちは、右手にみえている大きな赤屋根の建物まで歩いた。ログハウスになっており、近づくだけで木の香りが漂ってくる。
ソングライン候が大きなドアを開けると、職工たちは一斉にこちらを見た。
「おはようございます! 」
全員が侯爵に挨拶した。
「おはよう、みんな。ミルドーはいるかい? 」
「ああ、俺はここです。」
大男の職工が侯爵のもとまでやってきた。
侯爵は僕らの方を向いた。
「この男が今回馬車作りを請け負ってくれた、エイト・ミルドーだ。」
「よろしくお願いします! 」
「「「「よろしくお願いします。」」」」
ミルドーは活力をみなぎらせていた。
彼は早速僕たちを完成した馬車の前まで連れた。
「おお!これは……。」
「前より凄いじゃないですか! 」
完成した馬車は、前のやつよりも大きく、豪華になっていた。
「今回も自信作ですよ! 」
深緑の車体は金に縁取られて、煌びやかに輝いている。




