四十九話
すぐに騒ぎになってしまった。
「おい! 大蛇がいるぞ! 」
「なんだなんだ! 」
「ヤバいじゃないか! 武器を持ってこい! 」
兵士たちは皆口々に叫び出してしまった。
騒ぎは軍の全体に知れたようで、声はしだいに広く聞こえるようになった。
僕たちは蛇車から降りて、彼らに説明しようと思ったが、すでに遅かった。とても収拾がつきそうにはない。
「静かにしなさい! 」
突然高い声が鋭く陣営を駆け抜けた。声がする方を見ると、ピオーネの姿。翡翠の大槍を肩にかけている。
「何の騒ぎですか? 」
「あの大蛇ですよ! 今しがたここに来て。」
「ああ、あれですか。この間のやつですね。」
ピオーネは大槍を構えた。翡翠色だった大槍はピオーネの手のあたりから緋色に変わって行き、そのまま刃先まで変色してしまった。
「まったく、このくらいあなたたちでもどうにかなるでしょう。」
ピオーネは槍を大蛇の喉元に向けた。
「ストーーーーップ! 」
僕は声を張り上げた。せっかく運んでくれた蛇を勘違いで殺されてしまってはたまらない。
「あれ、タイセイさんじゃないですか。それに他の皆さんも。おかえりなさい。」
「ただいま、ってそれより話を聞いて欲しい。」
「あなたがたがこの蛇と一緒なんて、ややこしいですね。」
「それはそうだね。」
僕は経緯を説明した。中身の濃い数日間を過ごしていたから、説明は結構難しいものだったが、とにかく蛇のことは分かってもらえた。
なにより、こう説明してる間も、蛇が大人しくしていたのが一番の説得材料になった。
「あなた、あのときドサクサに紛れて卵持って帰ってたんですね。変わった人……。」
兵士たちはみんな注目していた。僕たちにも、後ろの大蛇にも。蛇を引き気味に見ているのはピオーネと話している間も感じていた。
蛇を陣営の外に繋いでから、場所を本営に移した。ピオーネが詳しい話を聞きたいとのことだったからだ。本営にピオーネと僕たちの五人だけが残された。
諸々の話をするなかで、新調した車の話もした。費用がかかってしまったから、怒られることを覚悟していたのだが、そんなことはなかった。
「私には関係ない話ですから。首長から怒られるとは思いますけど。」
とのことだった。
さて、落ち着くと気になってくるのは、どうしてホルンメラン分団がこんなところまで来ているのかについてだ。ここは本都市から南にわずか1.5キロほどの場所にある。いわば、敵の喉元である。
「いつの間にこんなところまで? 」
「ええ、途中の砦、町は問題なく陥落してくれたので、思ってたよりも早くここまで辿り着けました。あとは本都市を残すだけです。」
「でも、本都市はシャラトーゼの本団が攻めるんじゃなかったっけ? 僕たちはシャラトーゼが本都市までたどり着きそうになっているって昨日フォッケトシアで聞いたんだ。」
「そうだぞ、パゴスキーくん! 私はやはりシャラトーゼに先を越されたと思って気が気ではなかったのだよ。」
昨晩のメイデン少将の落ち込みっぷりはなかなかのものだった。
「彼らがニフラインの都市までたどり着いたところで、攻め落とせるわけがないじゃないですか。」
「どうしてそんなことが言えるのさ? 」
いくらなんでも舐めすぎだろう。シャラパナの本団だぞ。
ピオーネは槍を壁に立て掛けていた。槍の色は翡翠色に戻っている。
「シャラトーゼの本団が今どこにいるのか知ってますか? 」
「知らないけど。」
聞くとピオーネは卓上にまた地図を広げた。今度の地図は範囲が狭めのもの。ニフラインの都市とその周辺だけを記したものだった。
「ここです。」
指さしたのは、ミュートロ山。さっきのポツンと一つだけ盛り上がった山だった。
「ここに今シャラトーゼは陣取っているはずです。」
「へえ、連絡が来たのかい? 」
「いいえ、連絡なんて取ってませんよ。敵に知られたくないこともありますから。連絡は本当に最低限のものに留めています。」
ここは都市から南に行ったところ。そこそこ距離の空いているミュートロ山はここから視認することはとても出来そうにない。
「じゃあどうしてそこにシャラトーゼ本団がいることが分かるんですか? 」
ライアンくんの、当然の疑問。ピオーネはさらっとこう答えた。
「ただの予想ですよ。あのフリージアならミュートロ山に陣取るだろうという。」
予想? そんな不確かなもので動いているというのか。
「敵よりも高いところに陣取れば有利になる、つまり山が陣地に適しているというのは兵法の基本です。このニフライン周辺で山はミュートロ山だけですから、フリージアは必ずそこを選ぶでしょう。」
論理的な理由があるようだ。
メイデン少将は少し焦げてしまった手袋を手から剥がしながら、話を聞いている。彼は何も言わなかったが、僕としてはピオーネの意がいまいち汲み取れなかった。
「でも、有利になるのならそれでいいんじゃないか? 今の話を聞いていると、シャラトーゼは問題なくニフラインを制圧できそうだけど。」
ピオーネはスイッチを入れて、地図を立体に変えた。ホログラムの光が彼女に当たって、顔が青白く、病人か幽霊のようになった。
「これを見てください。」
立体になると、ミュートロ山だけがポッコリと盛り上がっている。
「通常では山々は連なっておりますので、その頂上近くに陣取れば、ちょうど坂から敵軍を見下ろすような形になります。」
「それが有利な形だな。」
「ですが、これが一つだけ盛り上がってしまった山、孤山となれば全く別の話になってきてしまいます。一つだけの山に対してなら、連なった山脈に対してできないことが出来てしまうのです。」
ピオーネは、ペンで地図のミュートロ山の周りをぐるりと一周囲った。
「包囲できてしまうのです。」
「あらら、それはそんなにまずいのかい? 」
「そりゃあまずいですよ。ある程度の戦力で囲まれてしまったら、何も出来なくなってしまいますから。突破するのも難しく、だからといってずっと留まれば今度は水や兵糧が無くなってしまう。デッドロック状態です。」
まずい状況の説明をしているはずなのに、ピオーネはどこか楽しげだ。
ピオーネはまた木の椅子に腰を下ろした。乾いているのか、湿っているのかよく分からない音を立てると、足と座面の関節あたりからファッと砂が吹き出した。
テントの薄暗い中にチリがキラキラと舞うのが懐かしい。座ったピオーネは軍服の裾を整えた。
「あなたがたは今さっきちょうどこのミュートロ山の方面からやってきたでしょう? 煙が上ってませんでしたか? 」
さっき見てきたあの煙のことだ。
「ああ、たしかに上がっていたよ。白い煙がつらつらと。でもどうしてピオーネが知っているの? 」
「やっぱり。その煙は炊事で出た煙ですよ。あの阿呆、期待を裏切らずに陣取ってくれているようですね。」
明らかに戦争の煙じゃないのは分かっていたが、そういうことだったのか。
ピオーネはメイデン少将の方を向いてニヤッと笑った。
「よかったですね、メイデン少将。先を越されることは無さそうです。それどころか、本団はこのまま敗走しますよ。その代わり、私たちだけでニフラインを落としてしまわなければなりませんが。」
「なんてことを考えるんだ。友軍の敗走を望むなんて決してあってはいけないぞ、まったく。」
そういいながら少将の顔は綻んでしまっている。
ピオーネは全将校を本営に集めた。幸いまだ一人も欠けていない将校たちが全員本営テントの中に集まると、窮屈だ。ただでさえ暑いのが急に増したよう。こめかみを流れる汗がざらつく砂を転がしていく。
将校が全員着席し、場が落ち着いたところで、ピオーネの言葉は始まった。
「諸君、待たせましたね。私たちの決戦はにわかに近まりました。三日もしないうちに、ニフライン分団はミュートロ山頂上のシャラトーゼ本団を包囲、攻撃を始めます。」
何も知らない将校たちはざわつきだした。
「静粛に願います。」
上から撫で下すようにまたテントは静まった。
「その日が私たちの出撃の日でもあります。シャラトーゼが敵を引きつけているうちに、ニフラインを陥落させます。」
聞いている将校たちの顔はにわかに色めきだった。
「他の誰でもない。"私たち"がニフラインを落とすのです! いつでも出撃できるように各自準備を怠らないように。」
そう言い放って、ピオーネは本営を出て行った。




