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人出品子は悔やむ

次話タイトルは『冬野つぐみはおもう』

 品子はシヤが自分へと駆け寄ってくるのを確認し安堵の息をつく。

 彼女の肩を借りて、品子は部屋へと戻る。


「井出さん! 品子姉さんをお願いしますっ!」


 部屋に入ってすぐにシヤは、彼女には実に珍しい大声で中にいる人物へと声を掛けた。


「えー、なにこれ。すっごく忙しいんだけどー」


 相も変わらずのんびりとした口調。

 それにより明日人がまだここにいることを品子は理解する。


(……そうだ、彼女は! 冬野君は?)


 部屋を見渡せば、室内にはシヤと明日人、それにソファーに誰かが寝かされている。


「あ、あれは冬野君か? シヤ! 彼女は生きているのか?」


 取り乱し叫ぶ品子に、明日人が答える。


「はいはい~、話は後でしてください。取りあえず治療しましょう。了承お願いしまーす」


 白衣を羽織(はお)りながら、気だるげに明日人が品子の傍らにやって来た。

 その様子に彼には相当な無理をさせてしまったのだと品子は悟る。


「ありがとう。だが今の君の顔色は、随分よろしくない。君は一度、戻った方がいい」


 品子の提案に明日人は頭をかきながら苦笑いで言葉を返した。


「僕より明らかに体調が悪い方に言われても説得力ないですね。つい先ほどまで、落月の上級者とたっぷり遊ばれていたと聞きましたよ」

「どうしてそれを?」

「治療済みの人達を二条の人達に随時、運んでもらっています。その際に報告も貰っています。さて床が固いですが、そこのシートが敷いてある所で横になって下さーい」


 状況を理解したところで、品子は言われるまま床に仰向けになる。


「タオルを掛けますね。スカートは脱いでもらってもいいですか。動くのが辛いならこちらで処理しますけど?」

「いや、いい。自分で出来るよ」

「……はい、ありがとうございます。あらー。折れていますね、これ」

「例の上級者に、膝と肘でサンドイッチされたからな」

「あぁ。蹴りだけや殴打だけなら逃げ道もあったでしょうけど、挟み込まれたのか。女性に対して、こんなに痛めつけるなんて容赦ないなぁ」


 明日人が淡々と状況を報告していく。


「さて、では治療を始めましょう。改めて了承お願いします」

「……三条発動者、人出品子。治療を依頼します」

「はい、では始めます。右足がちょっと熱く感じると思いますが、そこは我慢して下さいねー」


 天井を眺めていると、シヤが恐る恐るといった感じで品子の視界に入ってきた。


「シヤ、教えてくれ。冬野君はどうなった?」

「つぐみさんは、助かりました。体の毒も消えています」


 シヤの言っていることが理解できず、品子は思わず起き上がろうとする。


「それは一体? どうして彼女の毒が消えている?」

「わあっ! ちょっと、品子さん動かないでください! シヤさん、この人を落ち着かせて! ……ああもう! ここの人達って、ちっとも僕の話を聞いてくれないのだから」


 明日人のボヤキを聞きながら、品子はシヤに肩をそっと押さえ込まれる。


「つぐみさんは、兄さんの肩代わりによって助かりました」

「肩代わり? でもそれは治療発動者の能力のはず。ヒイラギは、そんな発動能力は持っていないはずだ」


 品子の言葉にシヤはうつむいて言葉を続ける。


「私達はかつてマキエ候補として治療発動の訓練を受けています。適応能力がないという判断で中止されましたが……」


(上の連中は、この子達にそんなことをさせていたのか。自分からその芽を潰しておきながら、よくものうのうと!)


 自分の中に生まれたどす黒い感情が、体を駆け巡るような感覚。

 それを押さえようと、品子は唇をきつく噛んだ。


「それで兄さんはつぐみさんの毒の全てを引き受けました。そうしたら兄さんの体が黒くなって……」


 シヤはそこまで言ってから声を詰まらせる。

「……はい、完了です。ちょっと僕は席を外すので、その間に着替えてもらっていいですか? 脱いだ服は、隅にまとめておいてとのことですよ」


 白衣を脱ぐと明日人は大きく伸びをして、廊下の方へと向かっていく。


「着替え終わったら、声かけてくださいねー」


 出て行こうとする明日人に、品子は声を掛けた。


「あ、待ってくれ。シヤ、彼に冷蔵庫から何か飲み物を出してあげて」

「わぁ、ありがとうございます。シヤさん! 僕ねっ、何か甘いやつ飲みたいなー」

「品子姉さんのお気に入りコーヒー。渡してもいいですか?」

「えー、それは駄目。私が全部、飲むから」

「じゃあシヤさん、そのコーヒーちょうだ~い。僕が全部それ飲むー」


 発動時の有能さから一転して、子供のように明日人は冷蔵庫へと走っていった。

 ゆっくりと品子は立ち上がり体をほぐしていく。

 右足には痛みも腫れも全くない、動くようになった体をぐっと、大きく伸ばす。

 ふと部屋を見渡すとシヤと明日人がいない。

 着替えが終わるまで、明日人と一緒に廊下で待っているのだろう。

 気を遣わせてしまったと思いながら、品子は部屋の隅にある着替えを取りに行く。

 予備着替えと書かれたケースを開けて、中にあった服を手に取り着替えを始める。


「えっと、脱いだ服は、隅にだっけ?」


 衣装ケースから少し離れたところに、品子の服に負けず劣らずぼろぼろになった服が確かに置いてある。

 着ていた服を抱え指定の場所へ向かい、品子は何とは無しに置いてあった服を見た。


「あー、これ惟之のスラックスだ。うわぁ、高そうな服なのに切られてやんの。ざまぁ」


 そのスラックスの隣には見覚えのあるTシャツが並んで置かれている。


「これは、ヒイラギのTシャツか?」


 真っ白だった彼のシャツは、黒色でまだらに染まっていた。

 品子は思わず手に取り、ひとしきり見た後、ヒイラギのシャツを戻す。


「さてっと、明日人に声を掛けにいくとするかぁ」


 彼を呼び戻そうと廊下へと向かおうとしたその時。


「先生……」


 その呼びかけに品子は、声の主の元へ急ぎ駆け寄る。

 つぐみが、自分の方へ向かおうと立ち上がっているのを品子の目が捉える。


「あぁ、冬野君! そのままでいい!」


 つぐみの正面で屈み、品子は顔を覗き込む。

 その顔色は、とても良好とはいえない。


「ずいぶん無理をさせてしまった。今、痛むところはあるかい?」

「……いいえ。大丈夫です」


 つぐみの声に力がない。

 不安に駆られている品子に、つぐみはぽつりと言葉を落とす。


「先生、……ヒイラギ君は、どこですか?」


 その問いにどくん、と品子の心臓が大きく跳ねた。


「……ヒイラギは、怪我をしてしまってね。今は治療のために別の所にいるよ。惟之も同じところにいるんだ」


 彼女は品子の答えに何も言わずうつむいている。

 気まずさから思わず饒舌(じょうぜつ)になるのを品子は止められない。


「シヤと医者が今、廊下にいる。これから帰るよ。さて、少し休んだらここを出ようね」


 彼女には普通の生活に戻ってもらうのだ。

 沙十美の話を信じるならば、この子に危険が及ぶ可能性は低い。

 どうかこのまま、平穏な生活をこの子に。

 そう思う品子に対し、つぐみは口を静かに開いた。


「私は……。私は、少し前に目を覚ましました」


 うつむいていた彼女は、品子の顔を見上げて言葉を続ける。


「先生。肩代わりというもので、ヒイラギ君は私の体を治したのですね」


 ――だめだ、どうしよう、この子を傷つけたくない。

 品子のその願いは彼女にも、誰にも守ってやれない。


「先生が着替えてヒイラギ君の。……黒くなっていたシャツを眺めているのを見て、ようやく理解しました」

「違うんだ。君は何も……。何も悪くないんだ」

「私がヒイラギ君をその『怪我』をさせた張本人だということに」


 震えた声。

 彼女は泣いていた。


「違うっ! それは君が負うべきものではない!」


 品子は思わず大声をあげてしまう。

 その声に反応して、シヤと明日人が部屋に入ってくる。


「私がっ、ああ……」


 彼女は顔を手で覆ったまま、泣き続けている。

 手から伝い落ちていく涙が終わることなくただ、ぽたぽたと落ちていく。



 ……どうして私は。

 こんな優しい子の心を、傷つけてしまうことばかりしてしまうのだろう。

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 もう、これ以上はもう。



「……明日人、シヤ。先に帰っていてくれるかい?」


 そのまま泣き続けるつぐみを品子は抱きしめる。


「私は最後の片づけを終えたら、彼女と帰るよ。……だからお願い」

「わかりました。シヤさんは僕が家まで送り届けます」

「うん、ありがとね。明日人」


 明日人がシヤを促すように、背中にそっと手を添えた。

 そのままシヤは数歩すすんだが、明日人を見上げると強い意志を持って告げる。


「ごめんなさい。少しだけ……」


 シヤが品子達のそばに駆け寄ると、つぐみの膝にそっと両手を乗せた。

 シヤの口が、何度か開いては閉じる。

 そうしてようやく出てきた言葉は……。


「……ありがとう、ございました」


 たった一言。

 人と接するのが苦手な彼女が、精いっぱいの思いを込めた言葉。

 それだけを呟いて、明日人の元へと戻る。

 しばらくして、扉の閉まる音。

 今、この部屋に響いているのは彼女の悲しい泣き声だけ。


「冬野君。少し落ち着いたら、聞いてほしい話があるんだ」


 しゃくりあげる彼女を抱きしめたまま、品子は話す。


「それが、全て終わったら、……帰ろう」

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