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神の歌  作者: 遵由
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07 救いを待つ者

「咲夜、私外に出たい」


監禁されてからもう、長く出てない。当たり前か、監禁されているんだから。


「……は?立場、分かってるの?」


咲夜はもう最初の優しい顔を全て剥ぎ取っていた。低い声で威嚇し、縛る支配者の声。


しかしユキも限界だった。ダン!と足を踏み鳴らす。約半年、我慢に我慢を重ねた結果………キレた。


「はあ?立場あ?被害者様ですけど、それが何かあ?」


指でグッ!と咲夜の胸を突く。咲夜はそれを見て唖然としていた。190cmが150cm に詰め寄られている。


「大体、人を拐って、閉じ込めて?挙げ句に犯して、婚姻届書かせて…そういうの、何て言うか知ってる?犯罪って言うの!!」

「………」


正しすぎる自分の評価に返す言葉もない咲夜。


「他人を好き放題にして!暴力と優しさで依存させて、私の意思を奪ってたつもりでしょ?バッカみたい!そんなことしなくても、逃げないよ!」


今さら、この男からどう頑張っても逃げられない。どうせスマホだって電話かけたら転送されて咲夜が出る…サイトも何見てるかチェックされてる。


そこまでして、まだ私が逃げると思っているのだ、咲夜は。


「……当たり前だけど俺も一緒に行くから。身体中にカメラつけて、トイレの中でも監視する。一人になんて絶対しないよ」


君を一人にしないって恋愛ドラマかよ、とユキは吐き捨てた。いいや違う。変態ストーカー監禁凌辱野郎だった。

一緒にしたら、恋愛ドラマが青筋立てて抗議をするレベルに違う。月とすっぽんだ。


ユキはいまだにモタモタしている咲夜の手を握ると「行こう」と引いた。

咲夜は溜め息を吐くと「絶対離れるな」と言う。


久し振りの外の空気に感動する。ビルや住宅街、よごれた路地裏すら光り輝いて見える。頭の上を電車が走っていく。咲夜の手が私を掴んでいた。


「…どこ行きたいの?」


ぶっきらぼうな声。多分、今の私なら近所のコンビニでも聖地巡礼並みに感動する。自信がある。


「…ご飯、食べる?」

「……いい。咲夜と食事とか…トラウマものだよ」


全てはあの日、一緒に夕飯を食べたことから始まった。もう、どんなに高級な料亭でも喜べそうにない。


「ふーん……じゃあ、僕達が付き合うことになった記念のお店……行ってみる?」


ニヤリと笑う咲夜にユキは思いっきりビンタした。目が怒りで染まっている。


「……その冗談、全然面白くない。センス…ないんじゃない?」


ヒリヒリする手を振って睨むと、嫌でも身長差を感じる。150cmが190cmを見上げている。


周囲の人達がチラチラと自分達を見ている。構うもんか…私はこの糞野郎に1発入れないと気が済まないんだ。


咲夜は氷のような目でユキを見ていたが、すぐににっこり笑った。すれ違う女の人が違う意味でチラチラと見た。


「ゴメンね、ユキ。じゃあさ、公園行こう?」


するりと手の平を絡ませて進む。東京の空の下、軽く食べてから家に帰った。何だかんだ外の空気を満喫する。約2時間程度だがこうして外にも出る。


この毎日で小さな優しさを見せる咲夜に絆されたくない。自分の恐怖を誤魔化したくない。


でも、支配するのは別に普通のことなんだって思う自分がいた。

ユキは自分をいつまでも、永遠に、被害者にしてはいられない。咲夜をいつまでも、永遠に、加害者にもできない。


被害者と加害者という極度の緊張を保てるのはどれぐらいだろう。


咲夜の執着を受け入れて、何でもないことのように笑った方がウンと楽だった。




そうしてまた、夜が来る。




毎日の苦痛、夫婦の義務。


気持ちいいのは咲夜だけ。ユキはひたすら耐えていた。慣れようと思っても、慣れない。身体がガチガチに固まる。


怖い、嫌だ、辛い。


思っても口にも顔にも出さない。出せない。


「ユキ、大丈夫だから……力、抜いて。俺を愛して…受け入れてみて……」


気持ちよくしてあげるから、と耳元に囁かれる。力を抜いて。受け入れて。


愛?愛って何だ、愛って。


くっそ……何だ、完全って……わけ分かんないこと言いやがって…。


咲夜のユキへの執着の理由。ユキには理解不能な理由。

ユキが揺さぶられながら唇を噛む。咲夜が優しく唇に触れた。


「ユキ。傷ついちゃうよ、やめて?」


それから、自分を抱き寄せて快楽に眉を寄せながら小さく震える咲夜に対して諦めに似た感情で受け入れた。


「もう少し食べようね。俺は肉付きがいい方が好きなんだ」


また、この台詞。咲夜は毎回、ユキにこの言葉を囁いた。




二人の眠りが混ざるとき、ユキは再び銀河のほとりに居た。前と違うのは隣に咲夜が居たことだ。


白い羽根を広げてユキは咲夜を見る。

そうして天使は苦笑した。


「……ユキ?」


咲夜が天使に息を呑む。足元には星の河、天上の星々、そして無数の天使。


「無理をしているね」


天使が静かに言って咲夜を見た。


「苦しいの、分かるよ。辛いね」


ユキの顔をした天使が羽根で咲夜の顔を覆う。ふわふわと柔らかい羽根が彼の目元を拭った。


「泣かないで、小さな神」


天使の声が響くと上空に浮かんだ。咲夜が思わず手を伸ばす。「待って!お願いだ!」しかし、天使は宙に飛んで仲間達と歌った。


「小さな神」を慰める天使の歌。咲夜はその美しい天使の合唱を聞いた。


一筋、涙をこぼす。

ああ、この先に、きっと救いはあるんだろうなあ、と。


咲夜は銀河のほとりで天界の歌を聞いていた。





二人、目を覚ますと何も覚えていなかった。


支配者と支配される者、加害者と被害者の関係だけがそこにはあった。


人間の業そのままに、咲夜は暴力と優しさで甘く、冷酷に支配する。


人間の中に閉じ込められて、ユキは逃げ場もなく、見えない鎖に繋がれている。


二人、救いを待つ魂と天使は地球の中でゴミクズのような役回りを演じていた。


銀河のほとりの河辺に立ち、救済の歌を歌う天使の声は、まだ、人間には届かなかった。






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