25 必死の提案
退院後の兄弟が異様に優しい。なんだかんだと2ヶ月近く入院してしまった。もう、すっかり元気だ。
それだというのに、ユキには咲夜がつきっきりで、舞依には周防がつきっきりだった。
ユキも舞依も最初はまた暴力の前振りかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
兄弟はユキや舞依の周りをうろちょろするくせに、視線一つ、言葉一つに対しても過剰に反応する。
「……ねえ咲夜、」
「なに、ユキ?お腹すいた?それとも何か飲み物持ってくる?」
「……周防さん」
「どうした、舞依?どっか行きたいか?宝石でも服でも鞄でも、何でも買ってやるぜ」
「……気持ち悪いよ」
「……気持ち悪いです」
咲夜と周防が揃って目を見張り、そして目をそらした。
手を所在なさげにモジモジとする咲夜と、爪先でトントンとリズムを取るように貧乏ゆすりをする周防。
ユキと咲夜はそんな2人を見て、顔を見合わせてため息をついた。
「単刀直入に言うけど、何があったの?」
「最初はいつもの叩いた後のやつだと思ってたんですけど、何か違いますよね?」
周防と咲夜が互いを見た。
(チッ……クソ兄貴が……ぶん殴りてえ。たしかに家でコイツが親父から何されてたか知っちゃいるけどよ……それが何だってんだよ?世界中の誰が兄貴を憐れんだって、神や天使が泣いて手を握りしめようがなあ……この俺だけはてめえを被害者だとは死んだって思ってやらねえからな?この、クソレイプ野郎が!
……俺は銀河のほとりの天使様じゃねえんだよ。てめえと宇宙を共有するだあ?冗談じゃねえ…殺してやりてえ…)
だが、今はユキだ。
「…俺は、ユキにとって優しい夫じゃなかった。それはよく分かっているんだ……そしてそれじゃダメだってことも……だからさ、」
周防は周防でそんな咲夜の眼差しに心中で「はっ!」と吐き捨てる。
(……てめえこそ、自分より弱いと見りゃ、犯して、殴って、首絞めて、また犯してたじゃねえか。しかも、とーっても楽しそうだったぜえ?俺と何が違うってんだよ?てめえの方こそ、クソレイプ野郎なんだよっ!そのウゼえ被害者意識……反吐が出るぜ)
しかし周防も今は舞依である。頭をかきながら困ったように、バツが悪い様子で「なあ、舞依」と言った。
「俺はお前に酷いことした。まあ、色々あってよ…はっきり分かったんだよ。今のままじゃダメだなって……だからよ、」
咲夜と周防がそれぞれ続ける。
「俺たち、やり直そう?ユキ」
「俺たち、やり直そうぜ?舞依」
「「……はあ……」」
それに対して、2人は気のない返事をするしかなかった。
兄弟に気のない返事をしたものの、やり直すと言われても何をすればいいか分からない。
再び2人は顔を見合わせた。
「ねえ、舞依ちゃん。やり直すって具体的には何をすればいいのかな?」
「……さあ?告白とか、手を繋ぐとか……キスとかですかね?」
だがしかし、キスなんて生ぬるいもの、すでにはるか銀河の彼方だった。
「ユキさんの方はどうですか?」
舞依の問いかけにユキが青空を見上げながら「んー」と言う。
「私と咲夜はオフィスで出会ったからねえ…シュレッダーボックスに咲夜の書類が入ってて、届けたら何だかんだと一緒に残業することになったのよね……」
ユキの回想に舞依が「きゃー」と弾んだ声を出す。
「ユキさん、それ!もしかしてオフィスラブっやつじゃないですか?高身長、高学歴、超イケメン御曹子とのドキドキオフィスラブですよっ!」
「……まあ確かにオフィスで始まったよね…」事件は。
「……ドキドキもした」生きるか死ぬかの恐怖で。
「………オフィス……ラブかなあ……あれ?」
ユキの虚しい呟きに誰も答えられなかった。
ちなみに今は橘邸の庭をユキと舞依はリハビリも兼ねて散歩中である。綺麗に剪定された花の先には漫画とかアニメでしか見たことのないようなアーチに絡まる薔薇の花が鎮座していた。
似たようなアーチが庭の中にいくつかある。ユキは(お金をどう使っていいかわからなかったのかな)と思った。
やり直そう、と言われても何をどうすればいいのか分からない。
「まあさ、2人にも聞いてみようよ。咲夜はどうすれば「やり直す」になると思う?」
ユキからの振りに咲夜が蕩けるような優しい微笑みを浮かべた。高身長イケメン超絶金持ち御曹子の渾身の笑みだったが、ユキは今さらときめけなかった。
女子として、非常に悲しい敗北の学びである。
「……付き合うところから始めようか、ユキ」
昔見せられた、咲夜の動画を思い出す。残業が終わって、バーに入って、前後不覚になったユキに咲夜は恋人繋ぎをしてきて言った。
「僕たち、付き合いましょう?」
「僕の家に行きましょう?」
「恋人らしいことしましょう?」
一連の事件(ユキはもう、事件と呼んでもいいか、と思った)を青空を見上げながら思い出していると咲夜が続けた。
「それで…俺の家で一緒にイチャイチャする」
イヤーな予感がする。ユキは咲夜を見たが別に彼は嫌がらせでも何でもなく本心から言っている。咲夜が夢見る乙女みたいな顔を浮かべた。
「それで…恋人らしいこと、いっぱいする……」
見上げた咲夜の横顔を、ユキは取り敢えず拳で殴った。
「あの動画……噓偽りのない、本心だったんかい!」
ユキは心の底から、突っ込みを入れた。
一方の舞依は隣の周防を見上げながら「やり直すって周防さんは具体的に何をするんですか?」と聞いた。
聞かれた周防は「あー、」と視線を宙にさ迷わせる。
「そうだなあ…まず、うちに呼ぶ」
「……はあ」
「それから…俺の部屋に入れる」
「……はあ」
「あとは…ほら、あれだ。俺を好きになってもらうまでひたすら口説く」
真顔でキリリと言う周防を見上げながら、舞依ははじめて橘邸に来た時のことを思い出す。
母の事故の件は偶然(と周防に言いくるめられて、信じている。本当は周防が犯人)だが、入院費15万をかせぐため、橘邸に25万の給料で使用人に雇われた日のことを。
そういえばその日の夜、使用人頭から「貴女は今日からこの部屋に入りなさい」と言われて周防さんの部屋に連れていかれた……。
それから……周防さんが来て、ベッドに手錠で繋ぎながらひたすら「よく来たな」とか「逃げようなんて思うなよ?」とか「お前はもう俺のもんだ」とか言って犯された……。
…………え?
「……あの……つまり、好きってことだったんですか?……ウソ……」
舞依は唖然と周防を見上げた。




