24社会の目
「アドレナリン1Aいって」
「サクションします」
「抗生剤、確認してー」
医者と看護師の声が響くなか、兄弟は廊下の椅子でじっと座っていた。先ほど陰口(事実だが)を言っていた看護師が慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら近づいてくる。
「……」
「……」
兄弟が看護師を見た。手には書類を何枚か持っており、その中から一部を渡す。
「入院になりますので、書類の説明をしますね」
看護師が家族に入院説明をし、先ほどと重複した質問をいくつか繰り返され、それに「分かりません」と答える兄弟。看護師は笑顔でほんの少し眉をひそめたがすぐにひっこめた。
橘周防、財閥の跡取りとして人の心を読むプロである。
橘咲夜、他人を陥れるため、いくつもの顔を瞬時に使い分ける、やはり人の心を読むプロである。
2人は看護師の一瞬の反応に内心で怒り狂った。だが、それを表に出すほどバカではない。
何食わぬ顔で書類を受け取った。
これが仮にユキや舞依が同じ反応をしたなら兄弟は炎に炙られるような痛みを感じていただろう。
しかし、医者や看護師の、社会からの突き刺すような、それでいて突き放すような冷徹で情け容赦のない眼差しに対しては別だった。
そんなものに耐えられるほど、兄弟の繊細で傷つきやすい心は強くはなかったのだ。
医者が2人に向き合った。特に笑いもせず、かといって怒りもしない。
「あー、奥さんね、まず舞依さんですけど、胃が潰れてましてね。とりあえず入院して、明日手術です。こう…胃袋があるんですけど……」
言いながら医者が紙に絵を描いていく。一部にバツ印がつけられた。そして胃袋を縫って繋ぎ合わせると言う。
「で、ユキさんですけど、こっちは肺に肋骨が突き刺さってましてね。血はあまり吐かなかったということは移動中に骨が動いたんでしょうね。ほら、肺がペシャンコでしょう?これは外から肺を引っ張ってまた膨らませます」
ユキの身体からは見たことのない四角いプラスチックの容器がぶら下がっていた。
「胸腔ドレナージって言うんですけどね、まあ、名前はいいでしょう。そういうわけでして、2人ともICUに入院になりますので、あとは看護師さんから話を聞いて下さい」
医者の説明はそこで終わりだった。オペが終わり、一般病棟に移り、そして退院の日。
何事もなく兄弟の迎えに従ってユキも舞依も帰っていく。それを看護師が休憩室で愚痴っていた。
「マジで信じらんない。何で警察は不介入とかほざくわけ?」
「建前は民事不介入、本音は橘を裁けない、でしょ。わかってるくせに」
「だから怒ってるんじゃん!」
「ほんと。うちらには一時停止で切符切るくせに」
「ねー」




