23 現場
周防と咲夜が入ってきたとき、2人はやはり身体を抱き締めるようにして震えながら横になっていた。
「起きれるか、舞依?」
「ユキ、昨日はごめんね…」
そっと触れる。2人がビクッと身体をよじれさせた。起きて甘いものを食べるどころじゃない…。咲夜も周防もため息をつくと小さく独白し始めた。
「舞依、俺…さ、小さい頃から……親父に虐待されてた。それから、そんな自分の痛みを抱えきれなくて……咲夜にも…舞依にも…すまなかった」
「ユキ、俺も……兄貴から虐待、受けてた。やっぱりもっと弱いやつに吐き出したくて……大事なのに、大切なのに……あ、愛せなくてっ……ゴメン」
2人、心の、魂の傷をさらして謝る。しかし、ユキと舞依からの返答はない。
さっきまで震えていたのにそれもすっかりおさまっている。2人は依然として兄弟に背を向けたまま……。
兄弟はさすがに焦れたように「こっち向いてくれよっ舞依っ!」「話を聞いてっユキっ!」と叫んで肩に手をやって………紙のように真っ白な2人の妻の姿を見た。
2人は話を聞いていなかったのではない。出血と激痛に耐えかねて、意識が消失していたのだ。
「……っ!救急車っ……救急車呼べっ!」
「もうやってる!」
そうして、救急車のサイレンが鳴るまで兄弟は自分が冷や汗を流しながらひたすら待つしかなかった。
救急隊員たちがストレッチャーに乗せる。
「ご家族ですか?」
1人が咲夜と周防に声をかけ、軽く説明を聞く。状況を説明して下さい、いつから痛みを訴えていましたか?身体に内出血がありますが出血しやすいですか?2人とも痛む箇所はどこですか?昨夜の様子はどうでしたか?今までかかった病気はありますか?飲んでる薬とお薬手帳を見せてください、妊娠の可能性はありますか?
………2人は全てに「分かりません」と答えた。本当に、何一つ、知らなかった。
隊員がほんの少し眉を寄せる。それは内心では「何で家族なのに何もわかんねえの、こいつら」という意味であり、同時に「チッ…役に立たねえ家族だな。別の奴いねえの?」という意味でもあった。
「では、分かるご家族を呼んできて下さい」
「……いません」
「……俺たちだけです」
2人はバツが悪そうにそう答えたが、隊員は少し眉を持ち上げると「そうですか、じゃあ救急車に同乗して下さい」と答えた。
隊員たちが救急外来に到着すると、医者と看護師がスタンバイして待っていた。
2つのストレッチャーに乗せたあと、医者が「じゃあお願い」と隊員に声をかける。状況を救急隊員から聞いている間に看護師は素早くバイタルを測った。
「血圧50/32、SAT測れず、P130です」
「先生、こっちは血圧42/30、SAT測れず、P40です」
「救急カート持ってきて」
言われる前に既に看護師が赤いカートを引っ張ってきた。
「ソルラクト繋いどくでいいですかー?」
「生化、血算、糖、凝固と…クロスマッチも採っておきますねー」
「血液培養と血液ガスも一緒にお願い」と医者。
「はーい、酸素何Lで行きますか?10?」と看護師が聞けば医者が「それで」と返答した。
取り敢えず兄弟を廊下に案内すると、さっきの救急隊とはまた違う医療的な細かさで看護師から質問される。
しかし、やはり兄弟の答えは曖昧だった。
「いつから痛みを訴えてたのかは…ちょっと分かりません」
「多分、我慢してたんだと思う…そういえば3時間くらい前に声かけても震えるだけで…」
「やめてって振り払われました」
口にすると重苦しい気分になるが、看護師は別の反応をした。
「では、その時にはまだ、意識はあって動けたと。他は……分からない。なるほど、分かりました。じゃあお待ちくださいね」
そう看護師は言って、怒涛の救急現場に戻った。
中から声が聞こえてくる。扉は防音じゃないし、検査技師や看護師、隊員などが出入りの度に開け閉めする。
兄弟の言葉をカルテに書いていた看護師が他の看護師に「ねーねー」と言った。
「あの旦那さんたち、マジでヤバイよ!本っ当になーんにも知らない!」
「え?うそ!奥さん死にかけてんのに?」
その会話が聞こえていた医者が「チッ」とイライラしながら舌打ちする。
「喋ってんじゃねえよ!こんなん、DVに決まってるだろ?身体中にアザがあるんだぞ」
医者に一喝されて、看護師2人は顔を見合わせて肩をすくめる。彼女たちの日常に、DVを「きゃー」だの「えっ…」だのと驚く言葉は存在していないのだ。




