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神の歌  作者: 遵由
22/27

22 それぞれの痛み



ユキと咲夜、舞依と周防は再び屋敷の外に出た。2人の天使が次に向かった場所は普通の家と、小さなアパートだった。


舞依はアパートの中で眠る女性を見下ろすと、周防のがっちりと掴んだ手を引き剥がす。そして、光の粒になって消えた。



「……は?舞依?」



今まですがりつくようにして掴んでいた手をあっさり離されたかと思えば、急に消えた。


周防は眠る女性の身体に向かってひたすら「舞依っ!」と叫ぶ。

ユキと咲夜が離れても周防はそこから1歩も動こうとはしなかった。


ユキは咲夜と共に一軒家に入る。やはり同じように自分に必死にすがりつく万力をこめた手をほどこうとして…咲夜がグイッと抱き寄せた。

抱き締める。



「……どこにも行くな」



震える声でそう乞われる。ユキはしばらく抱きしめられると、咲夜をグイッと押す。

そうして女性に向き合った。



「ま、待て…待ってくれ。どこに…行くんだ?」


咲夜の泣きそうな声にユキは一言、静かに「私は受肉する」と言った。

咲夜が口の中で「…受肉」と呟く。その言葉の重さを理解して、今までとは違う意味で震えた。



「なんで…」



咲夜の言葉にならない呟きにユキは静かに答える。 



「痛みを引き受けるため。肉を纏って寄り添うために」


「……まっ…」



待ってくれ、この言葉を咲夜が口にするより早く、ユキは光の粒になり女性の中に消えた。


周防と咲夜の意識が覚醒の波に引き寄せられる。2人は別の場所で再び絶望した。


天国から降臨した天使、自分達みたいなクズの搾りカスみたいな願いで、降りてきてくれた……俺だけの天使。


それをまた、ゴミ箱扱いする場所に戻るのか……。


そう思って絶望し、目を開ける。


……絶望し、目を開ける?



「………全部、覚えてる」


「………ああ、俺もだ」



手の平を見る。全て、覚えていた……全てを。


そうして、一番見たいのに…何よりも見たくないもの…自分達の隣で眠る激しい暴力と凌辱の痕が痛々しい2人の天使の肉体を、はっきりと目撃した。


思わず兄弟2人、絶叫しそうになって口を片手で塞ぐ。



叫ぶなっ……2人が起きる。



自分達の気配を感じたのか、2人の目蓋がゆっくりと開いた。

兄弟は後悔、懺悔、謝罪…あらゆることを頭の中で考えて…2人の目を見る。

 


周防の、咲夜の目から一筋、涙がこぼれた。



首についた自分達の手の痕も、腫れ上がる頬も、身体の青痣も、彼女達の涙のあとすら彼らの目には映らなかった。そう、彼らにはあの、美しい銀河のほとりの美しい天使だけが見えていた。



「……ユキっ…」


「……舞依っ…」



2人の男たちがそれぞれの最愛を抱き締める。ぎゅうっ…と強く。


そうして、やっと安堵の息を吐きながら2人は妻の胸の中でさめざめと泣いた。


その時だった。ユキと舞依が思わず眉をキュッと寄せる。

奥歯をグッと噛み締めると必死に耐えるような表情を浮かべて…絞り出すように一言「やめて」「やめて下さい」と言った。


2人ともハッと顔色を変えて腕を離す。

ユキと舞依は青い顔でベッドにそのまま横になり彼らに背を向けて身体を小さく丸めた。そうして自分の身体を押さえて震えている。


周防と咲夜はその姿に唇を噛み締めるとやっと一言だけ「すまない」「ごめん」と言った。そうしてベッドで震えながら自分達に背を向けて震える2人の妻にかける言葉もないままシャツを羽織る。


周防が「…なんか食いもの、持ってくる」と力なく言った。咲夜も「甘いもの、持って来るね」とバツが悪そうに伝える。


2人が部屋から出ていった。


パタン、と扉がしまったことを確認するとユキが「っ…アアアッ」と呻いてベッドを転がる。


舞依もずるずるとゴミ箱に寝たまま近づくと喉元まで迫り上がっていた吐瀉物を吐いた。そこには真っ赤な鮮血が混じっている。ひとしきり吐くと、お腹に手をギュッと当てながら舞依はベッドで身体を固くした。


2人とも額だけではなく、身体中汗でびっしょり濡れている。

ユキは折れた骨の痛みをベッドの上で転げ回って何とか散らす。舞依と同じように苦悶の表情で痛みに耐えた。



「……まい、ちゃん……たべ、られる?」


「……むり、です」



でも、ユキも舞依もこの激痛を相手に悟らせず、何て言うことない顔でこれから来るであろう「少し摘まめるもの」と「甘いもの」とやらを食べて、にっこり笑って「美味しい」と言わなければならない。


ご主人様の機嫌を損ねると、何が起きるか予想がつかない。

2人は、とりあえず周防と咲夜が戻るまでは思う存分痛みを吐き出しておこう、とベッドの上で悶絶していた。







悲しいかな、ユキと舞依に天使の記憶はまだ戻っていなかったのだ。





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