16 結婚式
橘周防と橘舞依の結婚式は華々しく豪華で、財閥の跡取りに相応しいものだった。
周防が舞依に指輪をはめる。舞依もまた、周防に指輪をはめる。
教会で神父に祝福されて、出席者から拍手で迎えられた。そこには弟の咲夜とユキの姿もあった。
披露宴会場に向かう前、ほんの一時、大切な客に呼び止められて周防と咲夜が目を離した瞬間、舞依とユキはス…と2人の傍から離れた。
周防と咲夜の顔色が変わる。獲物が…逃げる。
「舞依っ!」
「ユキっ!」
兄弟同時に声を上げるが2人はまっすぐ角の向こうに消えていった。
「……呼んでる」
「……呼んでる」
ユキと舞依は囁く。そうして、教会の中、礼拝堂へと入った。
光が差し込んだ。ステンドグラス越しに。薔薇窓越しに。
天の光が十字架とそこにはりつけになるキリストの像に降り注ぐ。
2人は喉を震わせた。
「「泣かないで
泣かないで
小さな神様
泣かないで…
私と貴方はおんなじで
神様あなたとおんなじで
辛くないよ
悲しくないよ
寂しくないよ
小さな神様
泣かないで………」」
2人は何もかも忘れていた。地球に来た目的も、宇宙も、銀河のほとりも、神も、たくさんの天使達も……何もかも。
でも、歌だけは魂が覚えていた。
人間の目には決して見えない輝く翼が背から生える。
2人は誰にでもなく歌った。まるで歌うことが生きることのようだった。
バタバタと足音が響く。2人の夫が礼拝堂の入り口で自分達の妻を見つけて……立ち尽くした。
妻が2人、歌っている。聞いたこともない歌を。
小さな神……そいつに向かって、自分達の妻が喉を震わせて天から差し込む光を見上げて歌っている。
神聖で、清らかで、祈りたくなる光景だった。
「…おい、ユキ」
咲夜が拳を握り締める。
「…なあ、舞依」
周防の噛み締めた唇がブチッと音を立てる。鮮血が流れた。
「「こっちを向け!!」」
男2人の怒号にも関わらず、ユキも舞依も歌い続ける。誰にも見えない背中の翼が大きく開く。見ることの出来ない光が2人の内側から溢れだし、礼拝堂を満たす。
周防が黙って舞依の、咲夜がユキの肩を掴む。振り向かせざまに拳で殴った。
「……ねえユキ、小さな神ってだあれ?」
「舞依……お前、誰に向かって祈ってんの?」
「「ねえ、そいつ……お前の男?」」
フッとユキのトランス状態が戻った。目には見えない翼がふわりとかき消える。舞依もまた、訳がわからないという顔で周防を見上げていた。
「あ……」
「ちが……」
2人も自分に何が起きたかわからない。わからないまま、ここに来て、内側から溢れるように歌って……今、夫に殴られている。
「……お前ら、今から体調不良な」
「表にはもう、出さねえぞ」
神に嫉妬した醜い男達の獣じみた笑いが2人を舐め回すようにまとわりついた。
普段は連絡以外では口も利かない兄弟がこんな時だけ連携している。
互いの妻の上腕を強い力で掴むと、周防と咲夜は2人を車に押し込める。
「おい、こいつら屋敷に閉じ込めとけ。部屋から1歩も出すんじゃねえぞ」
周防の命令に車内で待機していた黒服の男達が「了解しました」と返事をする。
ユキが窓越しに「……咲夜」と呟いた。
乞われて咲夜が優しく微笑む。しかし、その目は冷徹だった。
「俺達は、まだ仕事があるから…部屋で待っててユキ」
このあと、披露宴が控えている。新婦不在の披露宴が。
周防が舞依の頭に手を置いた。そのままギリッと強く掴む。思わず舞依が顔をしかめると、周防が獰猛に嗤った。
「……逃げんじゃねえぞ、舞依」
周防の圧に舞依が震える。隣でユキも震えた。
逃げる場所など、どこにもなかった。




