14 もう一人の天使
身体が無くても吐くんだな、なんて馬鹿みたいな感想を思うとユキが心配そうに首を傾げて「大丈夫?」と聞いてきた。
押しも押されもせぬ100%被害者様がクソッタレ加害者を心から心配する。
このシュールな絵面に普段の咲夜なら笑っただろう。自分の身に起きたことでさえなければ。
「…お前が俺を心配すんな。笑えねえ、寒い冗談だ」
咲夜が吐き捨てるように言って、ユキを見上げる。
「……わりい」
小さな声で謝った。
ユキは咲夜の周りをパタパタと飛びながら「地球人は苦しむのが好きって聞いたけど……本当だったんだ…」と言った。
ふと、上空に白い羽根が降りてきた。
「おーい、せーんぱーい!」
羽根……もう一人天使が銀河のほとりに降りてくる。ユキが彼女に向かって手を振った。
沢山の幼児姿の天使と共にその天使は降りてきた。ユキと同じ羽根が背中に生えている。
「あれ?こんな場所に人間なんて珍しいですね…どこの星の方ですか?」
もう一人の天使が咲夜を見て不思議そうに首を傾げた。沢山の小さな天使も不思議そうに咲夜を見ている。
咲夜はチッ…と舌打ちすると「地球」と一言だけ言った。途端に小さな天使達が悲鳴を上げる。一目散に逃げていった。
ユキの仲間の天使も目を見開いて咲夜をみていた。
「マイ、失礼だよ」
「………地球……あの、地獄星ですか……」
ゴクリ、と唾を飲み込むと咲夜を頭の天辺から足の先までジロジロと見た。咲夜はまるで自分が珍獣にでもなった気分だ。
「……おい」
低く唸ってやると、マイと呼ばれた天使が「うわっ!またしゃべった!」と叫んだ。
「マイ、近いうちに地球に行くのに、今からそんな調子で大丈夫?」
ユキの心配をよそにマイは胸を張ると「大丈夫ですよ、先輩!先輩と私で首席と次席の仲じゃないですか。いくら向かう先が地球とはいえ、大丈夫ですよ、きっと」と答える。
咲夜はこの天使は地球を舐めていると思った。そんじょそこらの苦痛なんて裸足で逃げ出す「宇宙の檻」「地獄星」だぜ?と。
そして、そんな地獄の星の中でも特に悪党の上澄みみたいな自分を再度自覚して落ち込んだ。
「あっ、へこんだ……先輩、この地球人、どうしたんですか?」
「うーん、具体的なことは何も言わないけど、さっきから自分の罪の重さを嘆いているんだよ」
ユキとマイが2人で羽根を広げて囁き合う。ひそひそ、と話しているが丸聞こえだった。
「地球人なのに、罪の重さを嘆く…ですか?」首をかしげるマイ。
「そうなんだよ、ちっとも楽しそうにしないんだよ」同じく首をかしげるユキ。
2人でしばらく考えこむと、ハッ!と思いついたように顔を見合わせた。
「「じゃあ、好い人だ!」」
「………ちげえよ」
天使2人は地球に降りてはいけないレベルのポンコツだった。降りたら確実に羽根をむしられて鶏ガラスープにされてしまう。そんな未来しか見えないレベルでポンコツだった。
「……俺は地球の中でも悪人の部類だ。間違いなくな」
ふーん、と咲夜を見る2人は穢れを全く知らない目だった。
チリ、と胸を焼く焦燥に蓋をして咲夜は「そういや、お前ら…何で地球に行くんだ?」と聞く。
今までも聞いてきたが、ここまで普通に質問したのはもしかしたら初めてかもしれない。
2人は同時に答えた。
「「小さな神を救うために」」
それが彼女達の地球降臨の目的だった。
「小さな神……」
咲夜が目を見開く。それは歌の歌詞に、宇宙の真理を語るときにたびたび出てきた単語だった。
「私達は救済の天使としての使命を神から与えられたの」
「地球にいる小さな神の願いを、呪いから祈りに転ぜよって命じられたんですよ」
ニコニコ笑う2人の天使に咲夜は「そうかよ」とぶっきらぼうに答えた。ふと、意識が引っ張られているのを感じる。
まただ…また、朝が来る。
「お前らより先に俺の意識が地球に戻る……行きたくねえ……」
行けば、自分の両手で地獄を作る。自分が苦しいとか、辛いとか叫びながら目の前の女をいたぶる鬼畜野郎になる。
「………行きたくねえ」
しかし、咲夜の身体は意識に反してそろそろ覚醒の準備を始めていた。
「……ここにいたい」
咲夜が本音をポツリとこぼす。ユキとマイは顔を見合せると笑った。
「みんなそう言うよ」
「当然ですよ。通称、天国なんですから」
ユキとマイが仕方ないなあ、と言うように咲夜の背中を押す。
アッと思ったその時には咲夜は目が覚めていた。
咲夜は肉体の意識として存在し、目覚める。魂のことなど全て忘れている。
彼はもはや宇宙も、神も、天使も、天国も忘れ去り、自分の欲で弱い人間…つまり自分の妻を嗜虐的にいたぶるクソ野郎になっていた。
いつもの咲夜だった。




