11赴任先
二人はしばらくそこに立っていた。咲夜が泣き止むまで。
ようやく涙が引っ込むと、ユキが首を傾げる。
「大丈夫?」
「……ああ。俺がクズ野郎だってだけだ。気にすんな」
そう言われてユキは軽く頷いた。銀河のほとりに天使と人間。
星々が渦巻き、星雲がたなびく。上空では天使の群れが神を賛美している……文字通りの天国。
「…なあ、ここが神とやらの中なら、俺は…何なんだ?」
ユキはポツリと口にした咲夜の問いにチラリと視線を向ける。そうして再び銀河に目を向けた。足元に転がる石はよく見れば惑星だった。
ここは何もかも、スケールが違う。
「神」
ユキがポツリと言った。咲夜の問いに対する答えだった。
「神の内側で、神ではないものなどない」
一瞬、何を言われたか理解に苦しむ咲夜だったが、しばらく考えてから認める。
「水の中身は…どんなに分けても水。海と波みたいなもんか……あり得ねえ…」
咲夜は自分が悪党だと知っている。変態ストーカー監禁凌辱DV野郎だと知っている。
それが……神?
「……ユキ。それ、地球じゃ絶対通用しないからな」
咲夜の言葉にユキの顔をした天使が足を止める。眉を寄せると「…地球」と小さく呟いた。
「そうか…そう言えば貴方は、地球から来たんだった」
言うとユキは足元を見る。足元の石を一つ拾った。石には細い糸屑が絡まっていて汚い。綺麗な場所には不釣り合いな石に咲夜は眉を寄せた。
「こういう石が宇宙にはいくつも、いくつも、転がっているんだよ。この糸は全て願い。中には綺麗な色の、もっと次元が高い場所への祈りもあるけど、大抵は違う。だから石から…星から離れない。宇宙に溶け込むことが出来なければ願いは呪いに変わってしまう。溶けてこそ、願いは祈りに変化する」
言ってユキは河の底からヘドロを掴んだ。とても汚い。その腐ったマリモみたいなヘドロの中にチラリと青が見えた…気がした。
ユキは手にこびりついたヘドロ汚れを銀河の河の水で洗うと「これが地球だよ」と言った。
「……願いを祈りにするどころじゃ……ねえ」
咲夜が絶句する。ユキは地球を…ヘドロマリモを、河の底に沈めて「そうなの、大変な場所なんだよね」と言った。
銀河のほとりでユキは祈りに耳を傾ける。
「私達は願いを、祈りに変えられるように、あらゆる星に行く。あそこの仲間達も、今から行くの」
上の方で旋回する沢山の天使が神に捧げる歌を歌う。そうして一人、また一人と飛んで行く。どこかへ。きっと役割を与えられた星へ。
「……お前も、行くのか…ユキ」
「そのうちに」
河辺の石ころを拾うとピカピカ光る宝石みたいな惑星だった。それを河辺から中央に向かって投げる。ぽちゃん、と軽い水音と共に光の粒が舞った。
「……どこに、行くんだ」
咲夜はもう知っている気がした。でも、聞かないではおれなかった。
「……地球……またの名を……地獄星」
ユキの表情がキュッと引き締まる。咲夜が絶望した顔でその横顔を見た。
「…だ、ダメ…だ、い、行くな!行っちゃダメだ!」
喘ぐように、それでも必死に言葉を紡ぐ。上空で星が青と赤の光を供に流れていった。シャランシャラン、と不思議な音を奏でながら。
眩暈がするほど、美しい…光景だった。
「……ここにいろ。悪いことは言わねえ……ここにいろ!」
夢みたいな天国から、天使が地獄に降りてくる。
何故?何故?何故?
何故…そんなことをする…?
「地、球に…来たら、地獄だぞ…」
「そうだね、地球だから」
キュッと決意に満ちた顔。
「地球に……来たら、ストーカー…される。家中に盗聴機とカメラ仕込まれて、寝顔、風呂、トイレ、裸……全部カメラで撮られてフォルダで分類されてパソコンに保管されるんだぞ!」
「……ストーカー…習ったよ、確か追いかけられるんだよね……写真やビデオ……そんな事も…地球ならあり得るかもしれない」
決意がますます固まったような、戦場におもむく戦士のような顔になる。
「地球に来たら、ストーカー野郎に酒飲まされて家に連れ込まれる!そんで、めちゃくちゃに犯される!天国にはねえだろ?婦女暴行なんてよ!!」
「…ない。でも、あるだろうね……地球なら」
戦士の顔をしながらも、苦痛に耐えるように拳を握った。咲夜はもう、止まらなかった。何とかして思いとどめたかった。
「地球に来たら、ストーカー野郎に犯された挙げ句に暴力で支配されて、婚姻届まで書かされて……一生そいつのモノになるんだぞ!!天国にあるわけねえだろ?そんな汚ねえもの、知らねえだろ?そういうことされるんだぞ!?行く奴がバカだろうが!!」
ユキが細く長い息を吐いた。その息で宇宙のガスが揺れる。
強く閉じられた目蓋が開いたとき、咲夜は止める言葉を失った。静かな目だった。感情の揺れは一切ない。そこにあったのはただ、岩より固い「使命」だった。
「地球……聞きしに勝る恐ろしい星。分離と争い、憎悪と嫌悪が渦巻く……まさに地獄星……でも、行かないといけない。私は…任務がある。使命が、あるから」
「だから、そんなのあんな所でやらなくてもいいだろ?さっき投げたダイヤモンドみたいな星とか…ほら、これとか!」
咲夜が足元に転がる薄ピンクの綺麗で可愛い石を見せる。
まるで中からも外からも光を放っているような、それでいて砂糖菓子のような甘さのある美しい星だった。
「……ありがとう。心配してくれて。でも、もう決まったんだよ」
そう言ってユキは凛々しく口を引き結んだ。
「……やめろ……やめてくれ……」
咲夜がユキの顔を絶望しながら見つめて……見つめて……喘ぐように口にする。
唐突に、目が覚めた。
やはり、何一つ覚えていなかった。




