籠城初日
ワクソニア軍に包囲された最初の夜明け前、衛兵達は中央詰所に招集された。
北門詰め、南門詰めを問わず、城壁上で寝ずの番をしている者達を除く全ての衛兵が中央詰所の扉を入ってすぐの一番広い広間に集まった。
鎖帷子、鉄板胴衣、陣羽織、手には籠手、腰には長剣。
衛兵達は皆、武装している。
広間の奥、壁に掛けられたロズベリーアポンフロルの都市紋章を背に衛兵達と向かい合って並ぶのは代官シェリンガム卿、町長ウィリアム=サットン、衛兵隊司令官ローランド卿、北門詰め武術師範ランドルフ、エリック、南門詰め武術師範クリス、テイラー、北門の長ジェローム、南門の長ブライアンと言ったこの町の幹部達だった。
「諸君、知っての通りワクソニア軍がこの町を包囲した。今日から籠城戦が始まる。」
代官シェリンガム卿が話し始めた。
(当たり前だろ……)
戦が始まり殺気立っているジェフリーは苛立ちを覚えていた。
周りの衛兵達も同様らしく、所々で小さい舌打ちが聞こえてきた。
シェリンガム卿は衛兵達の反応が良くないことに居心地が悪くなり、誤魔化すように咳払いをして続けた。
「そして、アヴォンマスも陥落した。アヴォンマスからの援軍は望めない。幸い、北門に敵が現れるまでに使者は出した。マーレーマス、ダントン、ホーシャムだ。援軍を要請しておる。」
マーレーマスは西のエクスモーア丘陵の彼方、ワクソニア王国との国境に一番近い港湾都市だ。
ロズベリーアポンフロルとはウェストメーレ街道で繋がっている。
アヴォンマスほどの大艦隊は駐留してはいないが、ワクソニア王国との国境紛争に備えて高い城壁を築き、精強な兵が常駐している。
ダントンはエクスモーア丘陵の北にある町だ。
ウェストメーレ街道の脇道を北に行ったところにある。
マーレーマスほどの規模ではないが、大きな町で北西の隣国コエディオン王国との国境にも近く、やはり国境紛争に備えてある程度の兵力が常駐している。
ホーシャムはグース街道を北上して最初の町だ。
ロズベリーアポンフロルよりは大きいが、大した規模ではない。
(援軍の望みは薄いな……)
ジェフリーはシェリンガム卿の戦略音痴を痛感した。
「兎に角、援軍が来るまで持ちこたえなくてはならない。郊外から逃げてきた農民が持ち込んだ作物や家畜は全て買い上げたし、出て行った商人の荷にあった食料は全て没収した。これらが倉庫に備蓄されておる。」
挙手する者が数名いた。
「何だね?」
シェリンガム卿はやや不機嫌に言った。
「それで十分な食料はあるんですか?」
「北門も南門も封鎖された以上、備蓄された食料で籠城に耐えなければなりません。」
「詰所の倉庫にそれほどの物資があったように思えないのですが?」
シェリンガム卿は苦虫を潰したような顔になった。
「そ、それはだな……」
ここでジェロームが口を出した。
「諸君。確かに倉庫に十分な物資は備蓄されていなかった。それほどにこの平和な町が敵に包囲されるなど想定外のことだったのだ。」
ジェロームの助け舟にシェリンガム卿はかなり気を良くしたらしい。
再び、雄弁になった。
「さよう。このような事態は想定外のことだった。元々備蓄されていた物資が少ないことは仕方のないことだ。」
「その通りです。代官様。このロズベリーアポンフロルが敵に包囲されるなど、常識では考えられないことでした。敵が卑怯にも騙し討ちをしてきたのです。こんなことを想定していたとしたら、寧ろ、その者は裏切者、敵の間者の恐れがありますぞ!」
ジェロームがまた口を出した。
代官の表情には更に自信が戻ってきたようだ。
その一方で、ジェフリーは前にいる衛兵の影に隠れて、ジェロームの視界に入らないようにした。
既にジェロームには敵に通じていると疑われたことがある。
(こんな時、奴の視界に入ってみろ、何を言われるかわかったもんじゃない。)
ジェフリーは前に立つ衛兵を盾にジェロームの視界から消えつつも、他の幹部達の様子を窺った。
幹部達の一番端に立っているサイモン中隊長と目が合うとサイモン中隊長は頷いた。
(そのまま、隠れていろってことだな。)
先日のジェロームとの諍いの後、サイモン中隊長からは目立たないようしろと助言を受けている。
「そこでだ。諸君。」
ここで話に入ってきたローランド卿もシェリンガム卿とは別に苦々しい表情だった。
衛兵司令官は平和な時は町長の、戦時は代官の命令に従わなければならない。
つまり、衛兵達が武装した今はローランド卿に指示を出すのは代官のシェリンガム卿だ。
正直、やりきれないのだろう。
「昨夜から非常事態として全員に待機命令を出して、不測の事態にその備えてもらったが、一度、待機命令を解く。勿論、戦時であるから通常の任務とは異なる戦時任務に従事してもらう。しかし、勤務形態は原則、通常時と同じだ。休みの時の行動についても規制はしない。詳細はそれぞれの門の長から聞いてくれ。」
実はこの命令についてはシェリンガム卿が否定的であったとジェフリーは後から聞いた。
しかし、ローランド卿の判断は正しいとジェフリーは思っていた。
ワクソニア軍は北門に一度は寄せたが、今は撤退して遠巻きにこの町を包囲している。
恐らく、暫くの間は陣地の構築などに時間を使うだろう。
つまり、攻撃をしてくるとは思えない。
この時期から衛兵を非常事態で縛って疲労させる必要はない。
『攻城論』でも包囲を始めた最初の時期は戦闘がほとんど起きないと記述されていた。
「但し、近々、こちらから仕掛けてみようと思う。敵もこちらが出て来るとは思っていないだろうからな。敵の準備が整うまでに一泡吹かせてやろう。」
衛兵達から口笛や拍手が起きた。
ローランド卿は微笑を浮かべたが、両手で皆を制した。
「兎に角、今はまだ英気を養ってくれ。」
再び、衛兵達から口笛や拍手が起きた。
さっきより更に盛大に。
シェリンガム卿は再び不満そうな表情になっている。
その横でジェロームは衛兵達を険しい表情で睨み、大声を出した。
「お前達!代官様や町長様の前でその態度は何だ?」
ジェロームの一喝で一先ずは静まったが、衛兵達の表情は挑発的でニヤニヤしている。
この方針についてもシェリンガム卿は反対だったそうだ。
しかし、町長がローランド卿に味方し、南門の長ブライアン中隊長や武術師範達も同調した為、ローランド卿の説得に屈したそうだ。
中央詰所で解散が宣言され、衛兵達がそれぞれの門に戻ろうとする中、ジェフリーはローランド卿に話しかけられた。
「どうやら、そなたの『攻城論』での学習が活きることになりそうだな。」
「我が中隊長のお考えでは、そのような準備をしていた者は間者である恐れがあるそうですね。」
それを聞いて、ローランド卿は笑った。
「そなたも苦労しているようだな。まぁ、そう言うな。ジェロームがいるからあの代官をある程度、抑えられているのも事実だからな。」
ローランド卿は少し皮肉っぽい表情を浮かべた。
(それはそうだろうが、ローランド卿もジェロームの代官への諂いにはうんざりしているようだな。)
「司令官殿、ご質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
「うむ。幾つかね?」
「差し当っては二つです。」
「よろしい。」
「一つ目、例の使者は北門から出て行ったと聞いております。やはり北に向かったのでしょうか?」
「ほほぅ?」
例の使者とは、敵の侵攻を報せ、援軍を求める代官の出した使者ではなく、もっと前に町の衛兵の半分を招集すると伝えてきた王都からの使者のことだった。
ローランド卿にもそれはすぐわかったらしい。
「北だ。」
「そうですか……では、援軍の到来は絶望的と思うのですが、違いますか?」
「そのようなことを申しておると益々間者と疑われるぞ?」
(これはローランド卿の助言だな。)
ジェフリーにもわかっていた。
敵の侵攻を想定していたことだけで間者と疑われるのであれば、都合の悪い予想をする者も同様に間者と疑われるかもしれない。
少なくともジェロームは間者を見つけ出したいだろう。
それは代官への点数稼ぎにもなり、多少は代官を安心させることにもなるだろうから。
「しかし、そう思われませんか?」
「ふむ。正直、私も同じ意見だな。」
あたりを見回してからローランド卿は声を潜めて言った。
もし、衛兵招集の使者が追分を北に行ったのであれば、次のホーシャムの町にも行っていることになる。
そして、更に北上していったのであればグース街道沿いの町々は既に衛兵を王都方面か北部へ派遣している可能性が高い。
その状態で援軍を送って来るとは思えなかった。
また、アヴォンマスを占拠し、ロズベリーアポンフロルを包囲するワクソニア軍が敵中に孤立したくなければ、本国からも増援を送ることになる。
そして、まさにその道筋の最初にある町がマーレーマスだ。
今頃、マーレーマスはワクソニア王国の本軍に包囲されているだろう。
可能性があるとしたらダントンだ。
「今回の件、ワクソニアはコエディオンにも声をかけていると思うか?」
「まず間違いないでしょう。」
ローランド卿もジェフリーに戦略眼があると思っているようで、その質問は傍から聞けば意味が理解できないような、高度なものだった。
メカニア王国の北西にある隣国コエディオン王国はワクソニアから去って行った人々の国へ攻め入ったアクセン人の軍団が建国した国だ。
昔からワクソニア王国の属邦のような立ち位置にある上、その北部にあるアベルブリスの地の領有をメカニア王国が古くから狙っており、メカニア王国とは険悪な仲だ。
このような事態があれば、喜んでワクソニア王国に靡くであろう。
そうなれば、その境目の町であるダントンも援軍を出し辛いであろう。
ローランド卿の質問はそういう意味だ。
「それも同感だ。援軍は厳しいだろう。」
「では次のご質問です。」
「うむ?」
「先程、敵へ先制攻撃をかけると仰いましたが?」
「ふむ。」
ローランド卿は少し意味深な笑みを浮かべた。
「それは楽しみにとっておけ、後程、ヒントは教えてやる。」
「はぁ……」
(後からヒントをくれる?どういうことだ?)
「では、私からも質問を良いかね?」
「勿論です。」
「そなたは以前から何かあると察しておったな?それは……」
「ジェフリー!」
後ろからジェロームの怒鳴り声が聞こえた。
振り返るとそこにはジェロームとシェリンガム卿がいた。
「ローランド卿はこれから代官様や儂等と大切な打ち合わせがあるんだぞ?暇なお前の相手をしている場合ではないのだ。さっさと行け!」
「ジェローム中隊長、すまぬな。貴殿の部下を無断で借りていた。」
これはローランド卿なりのジェロームへの嫌味だろう。
ジェロームが自分の息がかかっていない者や気に入らない者がローランド卿と直接会うことを毛嫌いしていることを知っているのだろう。
「私から彼に質問があってな。それに打ち合わせまでにはもう少し時間があるだろう?まだギルドの者達が集合しておらぬ。」
「いいえ。この者には任務がございます。さぁ!ジェフリー、さっさと行くんだ!」
「中隊長殿、私の小隊の任務は昼からでは?」
「たった今、変更したのだ。ジェフリー小隊は戻って城壁の上!部署は……そうだな……貴様等、昨日も城門で『大活躍』したんだろう?今日も門の上に立ってろ!」
ジェロームはデルセスター公の娘、モードのような大物の相手を寄りにも寄ってジェフリーがしたということに憤慨していた。
恐らく、自分が立ち会って、相手をしたかったのだろう。
デルセスター公の娘、モードは今、代官館に滞在していると言う……
「さぁ!行け!」
ジェフリーが喉まで上がってきた罵倒の言葉を飲み込んで、その場を立ち去る後ろからジェロームの声が聞こえていた。
「申し訳ございません。代官様、うちの不良衛兵の騒がしいところをお見せしてしまい……司令官殿にも申し訳ございません。あのような者、お慈悲を見せることなく追い払っていただいて結構ですので……」
中央詰所から戻るとジェフリー達は城壁に上がり、寝ずの番をしていた連中と交替した。
丁度、夜明けだった。
城壁から見える平野には朝日を浴びながらはためく赤いグリフォンとワクソニアの軍団が見えた。
これから、ワクソニア軍は慌ただしく働き始めるだろう。
先ずは包囲軍の部隊配置を整え、陣地を構築し、周囲の土地にも部隊を派遣して略奪する……
次に前進してきて牽制攻撃を始めるだろう。
「まったく……お前の小隊にいるといちいちキツいんだよ。」
「もう少し寝たかった。」
「ただでさえ、城門の上みたいな危険な場所にはつきたくないのにさ!」
急に任務を振られてロニー、ボリス、フィルは不平たらたらだ。
尤も、いつものことだから、挨拶みたいなものだ。
「そう言うなよ。俺が一番、腹を立てているんだ。」
ジェフリーは不機嫌そうに返した。
「それに今のところ、城門の上にいても攻撃は受けないさ。」
「そうなのかい?」
途端にフィルが嬉しそうな顔をする。
これだけ戦いを嫌がる衛兵も珍しい。
「見ていろよ。そのうち、あいつらあの辺の土を掘り返したり、木の伐採を始めるさ。」
アルバウィルディア地方は木が少ない。
かつては去って行った人々の支配のもと、森林の豊かな地域であったが、アクセン人、メカン人、ヘゼルブ人と言ったニヴァルダント民族の各部族が海を越えて攻めてくると、彼らは奪った土地の森を伐採し、畑や放牧地を作って行った。
その結果、木の少ない地域になったのだが、ロズベリーアポンフロルのある南部は比較的、木立が多い。
投石機を作るのに必要な木材には事欠かないだろう。
昼が近づいた頃、ローランド卿がジェロームを連れて城壁を歩いてきた。
南門のブライアン中隊長も一緒だ。
「皆、そのまま聞いてくれ。」
城壁の上にいた北門詰めの衛兵達が慌ただしく集まってきたが、ローランド卿はそう言った。
「今から、皆に大切な指示を出す。ジェローム中隊長、ここにいない者にも伝えて徹底させるよう。」
「はっ!」
ジェロームは返事したが、やや困惑している。
何も聞いていないのだろう。
(ヒントってこれか?)
ジェフリーは先程の司令官の言葉を思い出していた。
「その前に質問がある。ここに昨日、ワクソニア軍と矢の射ち合いをした者はいるか?」
ジェフリー、ライリー、ランディの小隊が手を挙げた。
「ふむ。では、聞くが放物線射撃は行ったか?」
「最初の斉射のみ放物線射撃でした。閣下。」
ライリーが代表をして答えた。
「敵に届いたかね?」
「いいえ。運悪く逆風でした。かなり手前に落ちてしまいました。」
「よし!よくやった!」
「?」
ライリーがキョトンとしている。
「では、指示を出すぞ?よく聞けよ?」
皆が傾聴した。
「これから、私が良いと言うまで放物線射撃をする際はいつもより拳の握り一つ分、上に向けて射て。」
「!」
皆が驚いた。
握り一つ分も上に向けてしまえば、かなり射程が短くなる筈だ。
「ちょ、ちょっとお待ちを!」
ジェロームが慌てた。
しかし、ジェフリーは口に手を当て考え込んだ。
(こいつが『ヒント』だな?わざと射程距離を短くしろと……あぁ!『籠城見聞録』を読んでいれば!きっとそこに解となる記録があるに違いない。)
「良いか?この命令は絶対だ。よく覚えておけよ。」
そう言うとローランド卿は再び、歩き出した。
どうやら、城壁の上を歩いて町を一周するらしい。
「お待ちください。司令官殿!」
ジェロームが慌ててついて行こうとすると、ローランド卿が制して答えた。
「ジェローム中隊長、君は今から下にいる連中にも今の話をして、徹底させてくれ。この先にいる連中には私が自ら伝える。」
「しかし……」
なおも食い下がろうとするジェロームを無視して、ローランド卿は歩き出した。
「ブライアン中隊長、これから君の部下のところも通るから、一緒に徹底させよう。」
「はっ。」
皆は呆然として立ち去るローランド卿とブライアン中隊長の背を見送った。
今回の挿絵は衛兵中央詰所の大会堂で説明をするローランド卿です。
胸にある彼だけのバッジがかっこいいですよね。
ところで、私は左に写りこんだシェリンガム卿がお気に入りです。
めっちゃ私のイメージ通りなんですよね。
やるやん!画伯!




