駆け込み入城する者達
ワクソニア軍が南門に姿を現したのは予想通り、翌日の昼頃だった。
角笛が響き渡った。
それは南門の衛兵が鳴らし、側防塔から側防塔へと広がり、遂には城壁中の衛兵達が角笛を吹いた。
そして、教会の鐘が鳴り響いた。
いつもの時報のように、知らせて鳴り終わる鐘ではなかった。
角笛と争うかのように鐘はいつまでも鳴り響いた。
それは昨年の皇太子死亡の報が伝達された時以来のことだった。
既に南門は閉じられていたが、北門はギリギリまで開かれていた。
ワクソニア軍はまだ北門に現れていなかったからである。
『最後の一人が通行するまで門を閉じるな』とはローランド卿の命令である。
ここまで粘っていた北側の郊外の住人が逃げ込んできた。
ワクソニア軍が北側に回れば彼らの家屋は略奪され、放火されるだろう。
だから、少しでも我が家で過ごしたいと考えていた者達が最後に逃げ込んできたのだ。
また、戦のことを知らなかった旅人も鳴り響く角笛と鐘に驚いて走りこんできた。
ジェフリー達は門番を担当していたが、四人とも門の上にいた。
非常時で一小隊が門の上で見張りを担当し、一小隊が門の通行を監視していた。
門の下でランディの小隊が大声で早く入るように叫んでいた。
朝一番にジェロームは全北門詰めの衛兵を集合させた。
「これは全く不測のことだ。誰もこの町が敵軍に攻められるとは思っていなかった。この町の位置を考えればそれが常識だ。」
(馬鹿な。戦時の町の防衛は衛兵の大きな責務だ。それが不測のことだと?)
ジェフリーはジェロームの勝手ないいように苛立ちを覚えたが、必死に無表情を維持した。
(この町の位置を考えたら、この町こそ敵に狙われやすい位置にあることぐらいわかりそうなものだ。ジェロームの奴、事なかれ主義の代官へのごますりでこの町は安全だと力説し続けていたようだから、その考えに支配されてしまったんだな。)
そもそも、この町の成り立ちからして、戦略的重要な位置だから特権都市を築いて城壁で囲んだと言う経緯がある。
歴史を学んでいれば、すぐにわかることだが。
残念なことにそれは衛兵の責務とは思われていない。
ジェロームの言う通り、衛兵に求められていたのは平時の任務だ。
町の治安を守り、町を補修し、賄賂をとっても良いから商人達に課税しながら円滑にその通行を監視する。
そして、周囲に盗賊が現れれば、これを討伐する。
だから、常に訓練もする。
「だが、幸いにも皆は日頃、練兵場で汗を流し、ロズベリーアポンフロルの衛兵隊は精兵揃いと言っても良い。自信を持って良い。作戦は上からしっかり示される。」
訓練をするのは、戦が始まった時の為だ。
いつの間にか手段が目的になり、訓練することが目的のようになるから、ジェロームのように休日まで練兵場に通うのが美徳とされた。
(そんな暇があったら、もっと戦術や戦略を学ぶべきなんだ。攻められてからじゃ遅い。)
「だから、諸君はその命令に忠実であればよい。諸君、今こそ『衛兵の責務』を果たす時だ!ロズベリーアポンフロルに栄光を!」
ジェロームの話が終わると、衛兵達は解散し、その半分が南門へ加勢に向かっていった。
「ふん。臆病者共が。」
ジェフリー、ライリー、ランディと言った、北門に留まることを選んだ小隊がそれぞれの任務に向かう背後からジェロームの声が追いかけてきた。
鎖帷子で覆われたジェフリーの肩に籠手をはめたライリーの手が乗せられた。
「かっかすんなよ。大将?」
「あぁ。あのクソ野郎!」
「俺やランディはお前さんの『攻城論』を信じたんだぜ?あとジルやウィリーの隊もだ。それにエディの小隊も残ってくれたのは大きい。あそこのバーンは一番弓を遠くまで飛ばせるからな。やってやろうぜ!」
ジェフリーは大きく息を吐くと気持ちを切り替えた。
「あぁ。やってやろう。」
ランディの大声に急かされて入城する者達を見下ろしていた。
郊外の農民達の他に旅人達も混じっていた。
ジェフリーの目を引いたのは派手な服装の男だった。
子連れのようだった。
親子で同じような服を着ている。
左右色違いの服。
奇妙な被り物。
間違いなく大道芸人だ。
(かわいそうに。ロズベリーアポンフロルでひと稼ぎしようと思ったんだろうが、まさかの籠城に当たっちまうとはな……)
やがて、グース街道の向こうから派手に砂埃をあげて猛スピードでやってくる馬車が見えた。
商人のようだ。
(商人なら逃げるだろうな……)
まだ、北門は敵が押し寄せてきていない。
馬車があるなら北に引き返すか、追分を西に向かえば良い。
全速力で逃げれば、ワクソニア軍に捕まることもあるまい。
しかし、意外にもその商人は城門に入ってきた。
(こんな時に町に入る商人?おかしな奴だな。)
下で大声で何かを話し合う声が聞こえてきている。
やがて、呼子笛が鳴った。
「どうした?ランディ!」
ジェフリーは横着をして門の上から下を覗き込むように叫んだ。
「ジェフリー!来てくれ!あんたに客だ!」
「客だと?」
「兎に角、急いでくれ!」
(何なんだ?)
狐につままれた気持ちでジェフリーは門塔の螺旋階段を下りた。
門のところで商人がランディと話をしていた。
見知らぬ商人だった。
「あんたもこんな時にしつこいな!わかったよ!入市料は支払うよ!」
ランディがにんまり笑った。
「悪いね。この門の下まで馬車を乗り入れるとね。いただくことになっているんだよ。それとも賄賂をくれるかい?」
「あんたら、敵はもう南門を囲んでいるってのに!呆れた連中だ。」
「『平常心』って大切だろ?」
ランディは独特のユーモアを持った男だ。
そのランディ節にやられていた商人は下りてきたジェフリーを見ると
「あんたがジェフリーさんかい?聞いた通りだな?」
「?」
「小柄、無愛想、個性的な顔立ち。聞いた通りだ。」
「誰だ?そんなことを言った奴は?」
周りでランディの小隊が馬鹿笑いをしている。
郊外から逃げ込んできた顔見知りの農民もそれを聞いて、思わず疲れた顔に笑みを浮かべた。
「この手紙の主さ。」
そう言うと見知らぬ商人は巻紙を投げてよこした。
「手紙?誰からだ?」
「ホリスさ。」
「ホリスだって?」
「あぁ。しかし、間に合って良かった。ホリスからは例え包囲されていたとしてもあんたに渡せって言われててな。」
「その為に来たのか?」
「あぁ!この前、大損した取引の穴埋めが交換条件だからな。」
商人はランディ小隊の衛兵に手伝ってもらいながら馬車の向きを変えた。
「じゃあ、渡したからな!」
「おい!」
「なんだ?」
「北から来たな?」
「そうだ。ホリスに手紙を託されたのはロウデンさ。」
ロウデンはグース街道を北に行った先にあるドゥヘルト平野中部の町だ。
「ロウデン辺りで戦の気配は?」
「ないね。きな臭いのはもっと北さ。北部丘陵以北だな。」
「そうか。わかった。ありがとう。」
「まぁ。赤の他人なんだけどな。健闘を祈るよ。特にそこの妙に熱心な衛兵さんのな!ハハッ!」
見知らぬ商人は北に去って行った。
「なんだそれ?」
とランディ。
「さぁな?それよりなんだあれ?さっきの?」
とジェフリー。
「ほら、ジェロームが言ってたろ?『衛兵の責務』って奴さ。」
「ハハッ!後でジェロームに褒めてもらえよ!」
笑いながらジェフリーが門塔への扉に手をかけた時、門の上から呼子笛が鳴った。
「ジェフリー!すぐに来てくれ!」
「次はなんだ?」
「待ってくれ!俺も行く。お前ら、ここは任せたぞ。」
ランディが付いてきた。
ジェフリーとランディが門の上に上がるとロニー達とライリーの小隊がいた。
「あれを見てくれ。」
ライリーが右手の方角を指差す。
その方角には蛇行するフロル川が続いており、その右にカンバー丘陵が広がっている。
カンバー丘陵の裾野がフロル川に到達したところがエルムフォードの渡し場だ。
門の上からも見える。
以前、ロニーが言っていた。
渡し場の少し上流と下流にそれぞれ歩いて渡河できる浅瀬があると。
そして、あの怪しい余所者の商人はその浅瀬を歩いて渡ったと思われるのだ。
その浅瀬を渡る軍勢が見えた。
黒地に赤いグリフォンの旗が見えた。
ワクソニア王国軍だ。
赤いグリフォンが川を渡るとグース街道へと進む。
「敵軍じゃないか!?角笛を鳴らせ!閉門を命じなきゃ。」
叫びながら走り出そうとするランディをライリーが止めた。
「待ってくれ。あれを見ろ。」
ロニーが指差している。
ジェフリーとライリーはその指の先をみるとグース街道をこちらに向かっている集団がいた。
遠くてよく見えないが、どうやら馬二頭の間に渡した輿に乗った人物を中心に騎馬が囲んで護衛しているようだ。
街道をこちらに向かって進むその集団に赤いグリフォンが近づく。
「あいつら、もしかして気づいていないのか?」
「角笛を鳴らして知らせてやろう!」
「どのみち、敵軍を目視したら角笛を鳴らすことになっているからな。」
「角笛!」
ジェフリーとライリーが命令した。
ボリスやライリー小隊のミカが角笛を鳴らす。
そして、次々と別の角笛が続く。
角笛を聞いた教会も鐘を鳴らした。
こうして、町中が北門にも敵軍が寄せてきたことを知った。
一方、街道を進む集団も町から聞こえる角笛に反応した。
輿に一騎が寄せる。
他の騎馬は輿の後方に回った。
どうやらワクソニア王国軍に気づいたようだ。
輿に寄せた騎手はどうしたことかもたついていたが、漸く輿の上の人物を自分の馬に乗せた。
それと同時に集団が速度を上げた。
とうとう街道に姿を現したワクソニア王国軍からは矢が放たれる。
輿の人物を乗せた一騎を守るように他の騎手達がその背後に並んで壁を作った。
(なんだ?命を投げうって護衛に回るなんて……よほどの身分なのか?)
「ライリー!うちの小隊も任せていいか?射程圏内に入ったらあの集団を援護しよう。ロニー、ボリス、フィル!弓の用意をしておけよ!ライリーの指示でやってくれ。」
そう言うとジェフリーとランディは再び門塔の階段を駆け下った。
「閉門準備!」
ランディが指示を出す。
ランディの部下が左右の門にとりつく。
やがて門の向こう、街道の先にその集団が現れた。
「急げ!」
ジェフリーが叫んだ。
「射て!」
城門の上からライリーの号令が聞こえてきた。
矢の雨が降るのが見える。
ライリーが号令をかけたと言うことはワクソニア王国軍が射程圏内、即ち、門から僅か百フィートの地点にまで来ていると言うことだ。
しかし、矢は敵軍の手前で落ちた。
(逆風か!?)
騎馬集団が近づいてきた。
その向こうに黒地に赤いグリフォンの旗が見える。
こちらも近い。
もう放物線射撃をすると、今度は敵の後ろに矢を落としてしまいそうだ。
遂にこちらに逃げてきた集団が門を通り抜けた。
「閉門!閉門!」
ジェフリーが叫ぶとランディ達が門を閉める。
「射て!射て!射て!」
ライリーが連呼する。
ワクソニア王国軍は門が閉まるまでに何とか押し寄せようと全力で走ってきている。
ジェフリーもランディの横で扉を押した。
角笛を聞いて、慌てて走ってきたギルド会館で待機していたギルド兵がやってきて、閉門に加わる。
「ダグ?」
「ジェフリーか?遅れてすまない!」
ジェフリーの横で扉を押し出したのはダグだった。
一気に門が閉まる。
「かんぬき!」
ランディの小隊がかんぬきをかける。
「さぁ、ランディ小隊、どけ!落とすぞっ!」
門塔からエディの声が響く。
ランディ達が慌てて、門から離れるとガラガラと音を立てて落とし格子が落ちた。
こうして北門は閉鎖された。
「無礼者!」
女の声が響いた。
先程の集団の先頭にいた馬の上で騎手の前に腹ばいで馬体につかまっていた貴婦人が手足をバタバタさせていた。
「申し訳ございません。モード様。」
馬上で騎手は落ち着いて謝っている。
「早く降ろしなさい!そこのあなた!早く来なさい!」
ジェフリーは思わず周りを見回したがどうやら自分らしいと気づいた。
ジェフリーが馬に近づくと、貴婦人が不機嫌そうに命じた。
「さぁ!ぼさっとしていないで、早く来なさい。」
ジェフリーは更に馬に近づいた。
「さあ、私を降ろしなさい。」
ジェフリーは貴婦人の下馬など介助したことなどない。
しかも、貴婦人は荷物のように馬上に乗せられている。
「さぁ、早く!ちょっ……あなた、何を?」
仕方なく、ジェフリーは貴婦人の腰を両手で持ち上げるようにして馬から強引に下したのだ。
「なんてことをするの?あなた?」
貴婦人は烈火のごとく怒り始めた。
しかし、スカートの裾が捲れていることに気付くと慌てて直した。
「失礼よ?」
恥ずかしさが彼女の興奮を冷ましたのか、少し落ち着いた声だった。
ジェフリーは何も言い返せないまま貴婦人を見ていた。
まだ若い。
ジェフリーとほとんど変わらないだろう。
二十歳といったところだろうか?
恐ろしく顔立ちの整った美人だった。
やがて、他の騎手達が馬から降りて集まってきた。
五人いた。
遠くから見た時は十人ほどの集団だったように見えたが、やはり、この貴婦人を庇って数名が討たれたようだ。
「あの……」
ジェフリーは咳払いをしてから、話しかけた。
「何よ?」
「やんごとなきご身分の御方とお見受けいたしますが、ロズベリーアポンフロルでは如何なる御方であっても通門の際にはお名前とご身分を確認し、然るべき入市料をいただくことになっております。まずはお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あなたね……こんな時に?」
貴婦人はあっけにとられたようだ。
「えぇ、私達はロズベリーアポンフロルの衛兵でございますから。『衛兵の責務』は絶対なんです。うちの栄えある中隊長殿のお言いつけでございましてね。さて、ロズベリーアポンフロルへようこそ!」
ジェフリーは笑顔で続けた。
「で、お名前とご身分は?」
今回の挿絵は、遂に現れたワクソニア軍の旗ですね。
画伯にはよくよく言っておいたのですが、やや私の意図と違う部分があります。
(ほぼ毎回なんですけどね…)
旗の下に見えているのが槍の穂先になっているのですが、ここは本来ビル(矛)の先端である筈なんです。
指示を無視されちゃいました。
もういいや…
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