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(6)桐江の出蘆(しゅつろ)


 桐江の半遁世暮らしは思いのほか長く続いた。二十二歳のとき、あらゆるしがらみから逃れて一人庵に籠りたいとの強い欲求に襲われ、実際その挙に出たものの、そんな暮らしは長く続けることにはならず、せいぜい数年から五年もすれば、また俗世間の中に身をおく日々に舞い戻るであろうと当初は目算していた。

 だが、桐江のそういう暮らしは十年続き、時は元禄十二年(一六九九)、桐江は三十二歳になっていた。

 ある日、桐江が漱石山房で「唐詩選」を読み耽っていると、積徳堂の小者と称するものが訪ねてきて、口上を述べた。

「山鹿藤助師からの伝言です。大事な用向きがありますゆえ、省吾先生におかれましては、只今から浅草田原町までご足労願えますまいか、との由にございます」

 桐江は積徳堂を退塾してからも、藤助とはときどき文を交わしたり、ごくたまに市中で面晤(めんご)することがあった。

「もし省吾殿にご異存がなければ、以前のように積徳堂の講師として復帰してもらえますまいか?」

 藤助からそう勧誘されたこともあったが、その頃はまだ遁世の思いが強かったため、桐江は丁重に断った。

(大事な用向きとは、いったい何だろうか?)

 恐らく、積徳堂の講師として招きたいとの再度の勧誘であろうと桐江は想像した。以前は断ったが、すでに庵に籠ること十年、おのが遁世の欲求は存分に満たされ、しかもこの十年で膨大な数の漢籍を読み漁り、学者としての自信も盤石となった。そのため、もしそういう話であれば受けるつもりでいた。出蘆(しゅつろ)のいい機会が巡ってきたと、桐江は気持ちが高揚するのを感じていた。

 小物を待たせて無精髭を剃り、頭髪に櫛を入れてから、二人で漱石山房を出た。空は雲一つない好天であった。

 積徳堂までは約一里、半刻もかからずに到着した。

「藤助先生、大変ご無沙汰しております」

 待ちかねた藤助は、桐江を座敷に招じ入れると、おもむろに切り出した。

「実は、省吾殿に仕官の話がございましてな」

「仕官、ですか?」

 桐江は意表を突かれた。てっきり積徳堂への復帰を要請されるものと思っていただけに、そういう話であることはまったく想定していなかった。

「実は昨日、ある大名家のご家中の方がお見えになり、どなたか儒学、兵学に通暁した御仁を推挙願えまいかとのお話があり、私はすぐに省吾殿のことを話しました。すると、ぜひ一度お目にかかりたいと大変興味を示された次第です」

「そうでございましたか。して、その大名家とは?」

「柳沢出羽守様です」

「何と!」

 桐江は仰天した。柳沢出羽守保(やす)(あきら)と言えば、将軍綱吉の側近中の側近であり、このご時世、公儀において最も権勢のある大立者であることは、この十年間、あまり世間と交わらなかった桐江でさえも知っていた。

「なにゆえ、柳沢様が儒学者、兵学者をお探しなのでしょうか?」

「私も(しか)とは分かりませんが、公方様はご自身の身の回りの世話をする若い小姓や小納戸役の相当人数を柳沢邸に下宿させ、そこで学修させていると聞き及んでおります。柳沢邸内に学塾があるのも同然であり、それゆえ、かれらに教授する儒学者が必要なのではないでしょうか」

 なるほど、と桐江は合点した。将軍綱吉は学問に熱心であり、みずから臣下へ「大学」を講ずるという。近年、綱吉の柳沢邸への御成(おなり)が多いというが、これはどうやら側近たちの学問修行の進捗確認の意味合いもあるらしい。

「ところで、藤助先生には数多の優秀なお弟子さんがおられるのに、なにゆえ私のような隠者然とした男をご推挙なされたのでしょうか?」

 気になったので、桐江は質問した。

 すると藤助は、やや困惑した表情を浮かべながら、言った。

「あいにく私の弟子の中には、自信をもって大名家へご推挙できるほどの人材がおりません。これは私の教師としての能力不足を露呈するようなものであり、大変お恥ずかしい限りです。ですが、亡き父のお弟子さんの中には、それに足る人材がおられます。省吾殿は当塾で学ばれ、かつ講師となられ、塾を退去後は十年にわたって読書三昧の暮らしをなされました。その学識はすでに当代の名のある学者に比肩する水準に達していると私は見ております。加えて人物は謹厳(きんげん)剛毅(ごうき)、武術にも通じておられる省吾殿なら、大名家のご家中として十分にその職責を果たされるものと判断しました」

「これはちと、買い被りが過ぎるようでは……」

 桐江は正直そう思った。すきま風が吹き込む小さな庵に籠って襤褸(ぼろ)をまとい、無精髭を生やしたまま虱をつぶすような暮らしをしている自分が、それほどの人物であろうはずがない。

「まだ試問もあるでしょうし、柳沢様へのご仕官が決まったわけではありませんが、もうそろそろ、庵をお出になる時宜(じぎ)が来たのではないでしょうか? 省吾殿はもう十分に陰儒暮らしを経験されましたし、まだまだお若い。これを機にひと働きなされたのちに、また後年、庵にお戻りになられたらいかがでしょうか?」

 漱石山房を出て、人並みに世間と交わって暮らす気概がようやく芽生えてきたところである。柳沢保明については、良い噂も悪い噂も耳にするが、幕閣の中枢にいる人物なだけに、毀誉(きよ)褒貶(ほうへん)がやかましいのは異なことではない。

 桐江は仕官の話を進めてみることにした。長年の貧寒暮らしで持ち合わせがないため、藤助から肩衣(かたぎぬ)熨斗目(のしめ)、半袴を借り受け、後日、藤助に指定された通りに神田橋にある柳沢家上屋敷へと出向いた。

 桐江は家中の者から試問を受け、また出自を書面で提出したが、五日後に内定の通知を得た。

 ただし、当面は月俸十五口の臨時の御雇であり、いずれ働きぶりを見定めて正式な藩士として処遇するという。もっともな話であると桐江は納得し、十年間住んだ漱石山房を出て、柳沢家上屋敷に隣接する長屋へと居を移した。


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