パピエ・マシェ、あるいは神の声を聞く貴族令嬢 その4~貴族令嬢は聖女を引きずり落そうと企む~
マチルデのせいで注文を遮られた客に、エレナは丁寧に頭を下げ
「すみません。
別の店員がお伺いしますので、少々お待ちください。」
と奥から店主を呼び出し
「よろしくお願いします」
と対応させると、マチルデに向かって、
「こちらへどうぞ」
と奥に案内した。
そこは足踏みミシンや、作業台、カーテンで区切られた試着室、布地を保管するための棚、などが所狭しと並ぶ、製作部屋だった。
布の切れ端や定規やペンの散らかった作業台の横で、マチルデに向かい合ったエレナが
「あの・・・・この前はお世話になりました。
お礼したくても、どこのご令嬢か見当もつかずそのままにしてしまいました。
おかげでおばあさんが助かりました。
本当にありがとうございました。」
ゆっくりと頭を下げた。
マチルデは思いもかけないお礼の言葉にギョッ!としたが
「べ、別に・・・・。
頭の『声』がそうしろって言うからそうしただけで、私は助けるつもりなんかなかったわ!
それなのに、あんただけ有名人になってチヤホヤ賞賛されるなんてズルいっっ!!
本当の『ウィーンの聖女』は私よっ!!」
エレナはマチルデをジッと見つめ、ウンとうなずき
「本当にそうね。
あなたの知識があれば、私より全然、困ってる人たちの役に立てるわ!
私も応援しています。
私にできることがあれば何でも言ってね?」
マチルデはその生真面目で優等生的な発言に、偽善的な臭いを嗅ぎつけ、心底うんざりした。
心の中で
『何よっ!神にすがるしか能がないクセにっ!!
慈善活動するのだって、いざというとき自分がいい思いをしたいからでしょ?
あ~~~~!ムカつく!
コイツが汚名を着せられ弱ってズタボロになって、絶望して悲嘆にくれるサマが見たいっ!』
と悪態をつき、エレナの不幸を切望した。
だから、ありもしない嘘の『奇跡の水』の作り方を教えることにした。
マチルデはニヤッ!と企むように口の端で笑い
「あのね、もっと人々の役に立ちたいなら『奇跡の水』の作り方を教えてあげる。」
エレナは目を輝かせて
「そんなことができるの?
何の役に立つ水なの?」
マチルデはテキトーに嘘をつく
「ええっと、そうね、まず美肌効果!お肌がツルツルになるから、アレルギーとか肌荒れで悩んでる人は喜ぶわよっ!
ほら、肌がかゆくて眠れないとか、困ってる人がいるでしょ?
そういう人には救いの水だわ!
それに、飲むと健康になって沈んだ気持ちが明るくなるし、病気にかかりにくくなるっ!
伝染病にかからないってまさに奇跡でしょっ!
こういうのを『免疫が上がる』っていうのよっ!」
初めて聞いた『奇跡の水』の効能にすっかり感動したエレナは感嘆のため息を漏らし、
「はぁ~~~~~~。
凄いわ!
そんな水があるなら、私に作れるものなら、ぜひ作ってみたい!」
マチルデはニヤリと口角をさらにあげて笑い
「簡単よっ!
水に細かい空気を入れるのよっ!
滝の水が健康にいいのは空気が入ってるからよっ!
だから、水を思いっきり速く、長い間かき混ぜればいいの!
空気さえ入ればどんな混ぜ方でもいいの!」
エレナは考え込むように顎に指を添え
「時間はどれくらい?混ぜればいいんですか?」
マチルデは興奮で頬を染め、企み顔でフフン!と笑い
「最低丸一日はかかるわね!
でも長く混ぜ続ければ続けるほどいいの!
空気がいっぱい溶け込むから!」
エレナは納得したようにゆっくり頷き
「わかりました。
やってみます!
自分で試してみて、効果がありそうならお肌のトラブルで困ってる人に使ってもらいますね。」
マチルデはまんまとエレナが騙されたことに、すっかり満足してご機嫌になって、鼻歌を歌いながら帰路についた。
数週間後、旧市街にある高級賃貸集合住宅の一室にあるレオポルトの下宿先を、友人のフランツが訪れた。
レオポルト・アントン・フォン・グリュンタールは、ウィーン大学の学生で、無造作に整えられたライトブラウンの髪が目を覆い隠すほど伸びた、物憂げな青年だった。
重厚な黒褐色のマホガニー製の絹張りの肘掛け椅子に、両肘をつき、いつものようにけだるげに背をもたせ掛けていた。
漆黒の短い髪と、漆黒の瞳を輝かせたフランツ・バウアーが、軍で使うような雑嚢を、掛けていた肩からおろし、中から艶のある黒い小箱を取り出した。
それをレオポルトに見せながら
「どう?綺麗な箱だろ?
『ヤーパン』だよ!
正式に言うと『Japanische・ Lackwaren(日本製の漆器)』だ!」
レオポルトはその黒い小箱を受け取り、ジックリと点検すると、
「これは違うね。
透明なニスの下に埋め込んでいる模様はGoldlack(蒔絵:金粉をまく技法)でもないしPerlmutt(真珠層の)-Einlage(象嵌)(螺鈿)でもないし、そもそもSchwarzerLack(黒漆)でもない。
それらしく見えるが、偽物だ!」
呆れたように、ため息まじりに呟いた。
フランツは目を丸くして驚き
「まさかっ!?
なぜそう思う!?
どこからどう見ても蒔絵螺鈿の小箱だろ!
ほら、この黒く艶やかに輝く、滑らかで美しい表面だとか、その中に沈む虹色の真珠の光沢、金のきらめき、どれをとっても一級の芸術品だ!!」
レオポルトがフン!と鼻であしらい
「まず重さが全く違う。
紙をちぎって固め、膠を何層にも塗り固めたとしても、木でできた本物に比べ偽物は圧倒的に軽い。
そして、これのように真新しいうちは美しいが、本物の漆器のように長持ちせず、数年で劣化し、ニスがはげ落ち、白い紙の部分がところどころ露出するようになると、みすぼらしい惨憺たるさまになる。」
(その5へつづく)




