パピエ・マシェ、あるいは神の声を聞く貴族令嬢 その3~貴族令嬢は聖女になりたがる~
次の日には、祖母は上半身を起こして、ベッドに座れるようになった。
エレナは次の日も、また次の日も、その『リコリスと豚の副腎のスープ』を作り、祖母に食べさせた。
一週間後には祖母は歩けるようになり、父は喜び、家の中の雰囲気も明るくなった。
継母だけは不機嫌なままだった。
感動のあまり父は出かける先々で娘が作った『魔法のスープ』が老母の不治の病を治したと、芝居がかった仕草で、大げさな口調で、熱量たっぷりに言いふらした。
そのせいで、老人女性に多い関節痛の病に聞く『魔法のスープ』を注文するために、わざわざエレナを訪ねてくる人が現れた。
その効果はてきめんで、噂が噂を呼び、口コミで広がった『魔法のスープ』の評判は高まる一方だった。
そのレシピを考え出したエレナ自身の評判までも上がり続け、あっというまに『ウィーンの聖女』とまで呼ばれるようになった。
面白くないのはエレナにステロイドのことを教えた『聖女さま』ことマチルデだった。
彼女は古い家柄の貴族令嬢であるにもかかわらず、ある日目が覚めると頭痛とともに聞こえる変な『声』のせいで、気が狂いそうなほどイライラしてムカつくのに、自分のおかげで『ウィーンの聖女』に成り上がったエレナだけがチヤホヤされていい思いをしてることが悔しくて憎くてしょうがなかった。
エレナに対抗して豚の副腎やリコリスから『魔法のスープ』を作って売ってやろうと思ったけど、具体的なレシピを思い出し、
豚の臓物?
ってあの、血なまぐさい、気持ち悪い、アレでしょ?
絶っっっっ対っっイヤっ!!
あんなもの触りたくないっ!!
あっ!召使にやらせればいいのか!!
料理人につくらせる?
と考え、試しに料理人に作らせてみた。
臭いや味を気にした料理人は、リコリスや豚の副腎のほかにも様々なハーブを使い、グツグツと高温で長時間煮出したのち、出た灰汁のすべてを捨て、上品な琥珀色の透明なスープを作ったせいで、ステロイドの効果はほぼ無いスープが出来上がってしまった。
エレナのスープを買いに来た客に、マチルデがそれを無料で配っても、一度は試した客も、二度めに欲しいとは言わず、
「営業妨害をする女がいる」
とエレナに告げ口する始末だった。
マチルデは別の方法で有名になろうと考えた。
真っ先に思いついたのは『奇跡の水』を作ること。
材料は腐るほどあるし、大勢が飲んで効果が出れば、すぐに広まりすぐに有名になるっっ!!
さっそく頭の中の『声』に
『奇跡の水の作り方は?』
と聞くと
『「奇跡の水」といば、「水素水」です。
水素水はまず水を電気分解し、発生させた水素が水に溶け込んだ状態で使います。
水素(H2)の持つ抗酸化作用や抗炎症作用により、多くの疾患や症状に対して改善や予防の効果が期待されています。』
と答えたのでマチルデが
『電気分解ってどうするの?』
頭の声が
『まず1860年代に発明されるルクランシェ電池を先取りして作ります。
亜鉛の板、炭素棒、二酸化マンガン、塩化アンモニウム、小麦粉を手に入れます。
水に塩化アンモニウムを限界まで溶かし、そこに小麦粉を混ぜて加熱し、ネバネバの「糊」をつくります。これが・・・・』
理解できない言葉の羅列にイラ立ったマチルデが
『もういいわっ!やめてっ!!
そんなめんどくさいことしたくないわっ!!
もっと簡単に「奇跡の水」を手に入れるには?』
頭の声は
『フランスにある「ルルドの泉」では大勢の巡礼者が訪れ、水を飲んだり浴びたりした人々の不治の病が次々治ったそうです。
おなじくフランスの「ラ・サレットの泉」でも二人の子供が山中で聖母に出会ったのち、枯れた泉が湧き出し「奇跡の水」として信者の病を治したそうです。
ドイツの「ノルデナウの廃坑で見つかった湧き水」が人々の病気を治したそうです。この水には高濃度の水素が含まれてることが報告されています。』
わざわざフランスやドイツ?ってプロイセン?バイエルン?に出かけて「奇跡の水」を運んでくるなんて正気の沙汰じゃない!とブチ切れたマチルデが
「もういいっ!!そんなことやってられないっ!!
そうだっ!
エレナの邪魔してやればいいのよっ!!
あっちが汚名をかぶって評判を落とせばいいのよっ!
そうすればこっちの『魔法のスープ』と私の評判が上がるわっ!!」
いいこと思いついたっ!!
と浮かれたマチルデはエレナのいる洋服店をたずねた。
そこはサロンのようにふかふかの絨毯、マホガニーの長椅子やカウンター、奥の部屋や棚にしまい込んでる高級な生地、豪華なドレスの見本を着た人形がある、旧市街の高級な洋服店の重厚でプライベートな空間・・・・ではなかった。
エレナの働く洋服店は、新市街の賃貸集合住宅の一階にある狭い一室で、仕立てあがったドレスやジャケット、エプロンやボンネットなどの帽子、ショールやスカーフまでが所狭しと洋服掛けに引っ掛けて並べてある、この時代には珍しい大衆的な店だった。
エレナはカウンターで接客をしていた。
この洋服店にくる客は、服を買う客ばかりではなく、半数は『魔法のスープ』を注文しに来た客だった。
マチルデはつかつかとエレナに近づき、両腕を前で組んで、どっちが上の立場かをわからせるために、顎を上げ、上から目線で睨みつけ、ふん!と鼻を鳴らすと
「ねぇ、私のお告げのおかげで、あなたは『ウィーンの聖女』になれたんでしょ?!
感謝しなさいよっ!」
(その4へつづく)




