8
話はそれだけで終わらなかった。
ステラは突如として、ルーナの長い髪を左側から後ろにかきあげるように持ち上げた。そのまま髪を背中の方に下ろされ、首筋が露になる。その首筋を白い指で撫でられ、くすぐったさに背筋がゾワリとし、流石に身をよじってその手を止めた。
「ステラ・バルカス皇女殿下、一体何を……。」
「ルーナさん……この際、ルーナと呼ばせてもらうわ。ルーナ、貴女、まさかアクセサリーすら持っていないとかないわよね?」
ルーナの言葉を遮り話すステラに面食らはしたが、ステラの行動の意味を理解した。
ルーナがイヤリングはおろか、ネックレスすらしていないことを確認していたらしい。もちろん、ルーナは指輪すらしていない。
逆にステラの方はというと、白い肌に合い、かつ赤い髪と揃いの燃えるように赤い一粒の宝石のついたネックレス。また耳には揺れて輝く金のイヤリング。左手の指には、パールの指輪。
それが主張しすぎることなく、絶妙なバランスでステラを輝かせていた。
「いえ、ないことはないのですが。」
お金がないから。
そんな身も蓋もない理由もあり、ルーナはあまり飾り気のあるものを身につける習慣がなかった。
お金がないと、飾るものも買えない。ならば、飾る習慣なんてなければ買う必要もない。ルーナは単純にそう考えた為、人前にでる必要最低限の時以外には身につけないことの方が多かった。
特に今日は皇太子が後宮に来ないと聞かされていたこともあり、着飾ることもあまり考えていなかった。
このままだと、『お兄様の后候補として紹介されるのに、アクセサリーもないなんて恥ずかしいわ!』なんていって、アクセサリーすら斡旋してきそうな気がする。
ルーナはステラを納得させる為に、慌ててアメリアに視線をやった。
「アメリア、鍵つきの青い箱を持ってきて。」
「はい!」
アメリアはルーナの指示で隣室に向かうと、両手を広げたくらいの大きさの青い箱を捧げもって戻ってきた。
ステラからもらった書類をアメリアに渡し、逆にアメリアから箱を受け取る。ルーナが鍵の部分に手を当てると、小さくカチンと音がした。
「魔力の鍵………?」
「はい、私の魔力に反応して鍵が開くようになっています。」
魔術師ほどの力はないが、ルーナは多少の魔力を持ち合わせていた。鍵の内部に鉱石が入れられていて、登録された魔力に反応して鍵が開くようになっている箱だった。
ベネット家のベネット男爵、ハンナ、ルーナは全員、魔力を持ち合わせていて、3人の魔力が登録されている。
ただ一般人に毛が生えた程度の力なので、話すことでもなく自慢にもならないので、秘密にしていた。
「曾祖母の代から受け継がれてきたネックレスと、イヤリングです。」
中身を見せるように蓋を開けると、ステラから感嘆の声が漏れた。
「ベネットジュエリー………。綺麗な青だこと。」
白いベルベットの敷かれた箱の中には、透明度の高い親指大の青い石のついたネックレスと、小粒の青い石が幾重にも連なったイヤリングが鎮座していた。
ベネットジュエリーとは、ベネット男爵領の鉱山からかつてとれていた宝石の呼称だ。
単純にベネット領からとれたのでそう呼ばれているが、100年前に廃鉱になった鉱山の為、それ以上採れないという宝石の付加価値は高い。
その澄んだ青い宝石は、今や貴族の間で垂涎の的だ。
あまりに貴重な物なので、後宮に出向く前に父に渡されたときは、緊張でどうにかなってしまいそうだった。
家にお金がないものの、これはさすがに売買するわけにはいかず、ベネット領の宝として、父が執務室の金庫で厳重に管理していた物だった。
親指大のベネットジュエリーがついたネックレスなど、流石に市場出回ることなど今ではありえず、その分、偽物も多い。
ステラの後ろで待機していた侍女達も、その美しさにホウとため息をついた。
ちなみにこれ以外のベネットジュエリーは、お金に変えてしまっていて、ベネット領には存在しない。
「貴女の領地で採れた物だから、さすがに本物よね。」
「はい。鑑定書は父が管理しています。」
ステラは目を輝かせて宝石を見ていたが、急に頬に手を当てて考え込んだ。
「でも不思議ね。母もベネットジュエリーを身につけていたけど、石の色が………。」
ステラが言わんとしていることに検討がつき、ルーナが口を開こうとしたところ、部屋の扉がノックされた。
すると、ステラはルーナの箱を持つ手に手を添え、まだ開けてもいないドアの向こうに見えないようにするかのように、箱の蓋を締めさせた。
自動的にカチンと音がなり、箱の鍵が閉まる。
「これは、常に身につけるか、もしくは大事なとき以外は常に閉まっておきなさい。貴重なものだから。」
ステラはそう言うと、箱をぐっとルーナに押し付けた。ステラの言葉は重々承知しているので、ゆっくり頷いた。
「どちら様かしら?入室を許すわ。」
部屋の主は今はルーナのはずだが、ステラが入室を許可してしまった。
大きなくくりで言えば、この後宮自体が国の物なので、その国の皇女であるステラが部屋にいる以上、ステラが許可するのもあながち間違いではない。だがルーナに許可もえず勝手にされてしまっては、苦笑するしかなかった。
許可を得た扉の向こうの侍女は、扉を開けると深々と礼をした。
「歓談中のところ失礼いたします。皇后陛下がステラ皇女殿下をお呼びでございます。」
「あらやだ、お母様にまで話が伝わったのかしら。お兄様ったら告げ口なんて、嫌になるわ、もう。」
ステラは腰に手を当ててため息をつくと、ルーナを見やった。
「ごめんなさいね。またゆっくりお茶でもしましょう?お友達ができて、嬉しいのよ、私。」
ルーナはいつのまにか、ステラにお友達認定されていたらしい。
「はい、喜んで。」
ここで嫌ですなんて、言えるわけがない。
ルーナがニコニコと微笑んでみせると、ステラも微笑み返してその場を辞した。
その場にルーナとアメリアだけになった時、ルーナは深くため息をつくと、ジュエリーの入った箱を抱き締めた。
「つ………疲れた……。」
アメリアも同じ気持ちなのか、どこか呆けた様子でステラとその侍女集団が去っていた部屋の入り口を見つめていた。
机の上に目線をやれば、ジュードから贈られたとされる贈り物の箱が目に入った。ジュードはルーナを囮にしてステラを捕まえようとしていたと、ステラが話していたのを思い出す。
「ねぇ、アメリア。皇女殿下に虐められたことを苦にして家に帰ることにした……ってことにしたら、私は家にすぐに帰れたんじゃないかしら……。」
この後宮から早々に出ていった、他の令嬢と同じように。そんな考えにいたってルーナが空笑いをしていると、アメリアがぽつりと呟いた。
「………すぐに帰れたと思います………。」
ルーナの生来の気の強さが災いをもたらしたようだ。
すぐ帰ろうと思っていたのに、まさか自分でそのチャンスを捨てていたようで、ルーナは頭が痛くなった。




