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ルーナの声で、ジュードはステラの耳を引く手を離すと、己の腕を掴むルーナの手を凝視した。
そこでルーナははっと気づき、その手を慌てて離した。
目の前の2人の気安い雰囲気につられてしまったけれど、兄妹という関係性からのことだ。
会ってたった2日目で、しかも皇太子である相手にしてよい行為ではない。
「も、申し訳ありません。」
頭を下げて謝罪し、ちらりと様子を伺うように目線をあげる。なんだかデジャヴを感じる構図なのは気のせいだろうか。
なんだか頭を下げてばかりな気がする。黒歴史二つ目だ。
そんなルーナの謝罪に、ジュードは頭を振った。
「いや………気にすることはない。」
そう言いながらも、ジュードは捕まれていた場所をじっと見ている。どう見ても、腕を捕まれたことを気にしているようにしか見えない。
やはりまずいことをしてしまったかとその成り行きを見ていると、ステラは口元に手を当ててやや驚いたようにジュードの姿を見ていたかと思えば、からかいも含めた笑みで、
「どうかなさって?お兄様。」
と問いかけた。
「どうか………とは?」
クスクスと笑い混じりのステラの質問をジュードはどう捉えたのか、落ち着いたはずの場の空気が急に剣呑な物になり、ルーナは身体が縮み上がった。
ジュードの目が据わり、ステラを見るその視線は鋭い。まさに、黒皇子という異名そのまま現しているような姿だった。
低く地を這うようなその声に、ルーナは一歩後ろに退き、ステラも同様に身を縮める。
「お、お兄様には冗談と言うものが通じませんの?」
「さあ……な。」
ルーナには状況が読めないけれど、ステラがジュードを怒らせたのは確かだ。
兄妹だからこそ、言葉少なでも通じるものがあるのだろうか。
ルーナが頭の中で、私は壁です、壁の一部ですと唱えながら存在感を消して黙って様子を見ていたところ、ジュードは目線をステラからルーナに向けた。
その目線はステラに向けていた冷ややかなものとは違い、落ち着きがあり穏やかであった。
「身内が迷惑をかけてすまない。」
ジュードの謝罪に、ルーナは頭をぷるぷると振った。皇太子に謝罪をされてしまうと、恐縮してしまう。
なぜ急に2人が険悪になったのか理由を知りたい気持ちはあったけれど、あいにく藪をつついて蛇をだすつもりはない。知らぬが花だ。
「いえ、十分謝っていただきましたし、大丈夫です。」
その迷惑をかけた当人であるステラは、矛先が他に移ったことにほっとしたようで、あからさまに安心しきった顔をしていた。
しかし、
「ステラ、ゆっくり城で話すとしよう。」
ルーナの方に身体が向いていながらも、 まだ事は終わっていないぞと脅すような黒いオーラを感じるその声色がステラに向けられると、ステラはましてやルーナも、再び身体を縮み上がらせた。
黒皇子の名は伊達じゃない。
ジュードがいささか怯えた様子のステラを連れてその場を離れると、ルーナはアメリアと顔を見合わせた後、2人はジュードが凹ませた壁の方を示し合わせたように見つめた。
石膏で出来ている壁は、ちょっとやそっとで凹むような代物ではない。
おっかなびっくり、ちょんとつついてみると、凹むと共にヒビの入った壁材がポロポロと落ちるので、それ以上触れるのは止めた。
それと共に、黒皇子を怒らせてはならないと、心に深く誓った。
ルーナはもはや図書館でゆっくりする気にもなれず、植物についての本を2、3点をアメリアに選んで貰うと、早々に部屋に戻った。
これ以上驚くことばかりだと寿命が縮まりそうで、部屋に籠りたかった。
夕刻、借りた本を読み終えて一息ついていると、部屋の扉をノックされた。夕食の時間にはまだ早い頃合いで、何だろうと、お茶を給仕していたアメリアと顔を見合わせる。
アメリアが来客に応じるために扉へと向かうと、その扉の向こうにいたのは、イザベラを含めた数名の侍女を引き連れたステラだった。
慌てて迎える為にルーナがソファーから立ち上がると、ステラは勝手知ったる我が家のように、引き留める間もなく部屋に入ってきた。
その様子におろおろとするアメリアに目配せすると、アメリアはスッと後ろに下がった。
「急にお邪魔してごめんなさいね。朝のことを改めてお詫びしたくて。」
そう言ってステラが視線をイザベラに移すと、イザベラはラッピングされている小さな箱をルーナの方に掲げて見せた。控えていたアメリアが失礼のないようにイザベラに駆け寄ると、その箱を受け取って、ルーナの方に差し出す。
「それは兄からよ。開けてみて。」
箱を受け取りラッピングを剥がすと、箱の中には見事な細工の金の髪飾りが入っていた。
部屋に差し込む夕陽の光を受けてキラキラと輝くそれは、あまりの綺麗さに、身分不相応だと感じさせた。
驚いて顔をあげれば、ステラはにこりと微笑む。
「このような上等な物、受け取れません。」
恐れ多くて慌てて箱の蓋をとじると、ステラは不満を隠そうともせず眉を曇らせた。
「受け取って貰わないと困るわ。貴女がそれを受け取らないと、それを作った細工師は気に入られない物を作ったと処罰されるし、貴女が受けとるまで詫びとして違うものを用意され続けるだけよ。」
細工師が処罰されると聞き、返そうとした箱を掴む手に力が入る。自分のせいで、処罰されるなんて冗談じゃない。
「喜んで拝受いたします。」
ルーナがひきつった笑みを浮かべてアメリアにその箱を渡すと、ステラは満足そうに頷いた。
それでいいのよ、と言っているように聞こえた。
どう考えても、お詫びの品を渡す態度ではない気がした。




