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明日にはお土産を買って帰ることになりそうだ…姉さんには何を買っていけばいいかな…。
ルーナが頭を下げながら短い首都の滞在に思いを馳せていると、
「頭をあげよ、ベネット男爵令嬢。」
ジュードから声がかかり、ルーナは息をつめた。どうやら笑いはおさまったらしい。
穴を掘って埋まりたい思いでいっぱいだったが、なんとか気持ちを落ち着かせる。
「はい。」
ルーナは何故ジュードが自分の名前を知っているのか驚いたけれど、よくよく考えれば、イザベラ以外の侍女から報告があがったのだろうと察しがついた。今さら印象を変えようと思っても遅いけれどせめて少しでもと、改めてジュードに挨拶をし直した。
「初めまして、ジュード・バルカス皇太子殿下。ベネット男爵家の次女、ルーナ・ベネットと申します。」
ルーナが顔を見せると、ジュードは先ほどまでのことを思い出したのか、むせたのを誤魔化すような咳払いを1つする。
ダメだ、私の印象は完全に水でビショビショの人になっている。
ルーナは、顔をひきつらせながらも笑顔を維持した。ジュードの方はというと逆に口角をあげず静かな目をしており、先ほどまで笑っていた人間とは思えなかった。
「少しばかり顔合わせをと思ったが、少々驚かせたようだ。改めて機会を設けることにする。」
完全にルーナの失態ではあったが、ジュードは面目をとりもどすチャンスを与えてくれるようだった。
デビュタントに参加していない時点で、貴族の一員としての評価は低い。だからルーナは、今さら自分の評価が下がろうが気にしていない。ただ実家であるベネット男爵家の評価が下がるのだけは避けたい。こればかりは、皇太子の温情にすがるしかない。
「ご配慮いただきありがとう存じます。」
「今日は長旅で疲れているであろう。ゆるりと休まれよ。では、また後日。」
ルーナが再び頭を下げると、ジュードはそのまま踵を返して場を辞そうとした。だが何かを思い付いたように足を止めると、ルーナの方に振り向いて付け加えた。
「身内が迷惑をかけるやもしれん。」
それだけ予言のように告げると、ジュードは去っていった。
どういう意味?
ジュードの言葉の意味をはかりかねて、頭の中でその言葉を反芻した。
とりあえず、すぐに切り捨てられるなんてことはなかった。
侍女のアメリアは、ルーナがジュードとエンカウントしている間にルーナが宛がわれた部屋に案内されていたらしい。領地から運び込んだ物は既に荷ほどきされていた。そのまま、後宮内の設備を案内されているとイザベラから教えられた。
案内された部屋は、調度品が殊更豪華だった。部屋は3間続きで、まずは広々としたソファーセットが置かれた部屋、その隣に化粧する為のドレッサーや艶々になるまで磨かれた柱に支えられた天涯付きの寝台がある部屋、もう1つは衣装や荷物を置く為の部屋らしく、アメリアが荷解きしたルーナのドレスや小物等の荷物が置かれていた。
明らかにベネット家の自室よりも豪華だった。
ルーナはイザベラがいなくなるとソファーに腰を下ろし、誰も周囲にいないことを確認した後に寝転んだ。
寝転んでクッションを抱き締めた途端、自分の失態が思い出され、熱くなった顔をぐりぐりとクッションに押し付けた。
ジュードが可哀想な目を向けてきたことも、吹き出す姿も、しばらく黒歴史の一部だ。
ただ思い返せば、想像していたよりもジュードがすぐに人を切り捨てるような人間でもなく、ルーナを気遣ってくれたことに驚きもした。
黒皇子というのは噂でしかない。貴族の噂というのはやっかいで、人の評価を下げて蹴落とすのに使われたりする。黒皇子の噂も、誰か皇太子の評価を不当に下げたい誰かの仕業かもしれない。
そうすることで得するのは………。
ルーナはそこまで考えて、プルプルと顔を左右に振った。自分はすぐに領地に帰るんだから、そんな貴族のいざこざなんて関係ない。関わっちゃいけない。心に刻むと、その件について考えるのをやめた。
ただ1つ気になったのは、最後のジュードの一言。『身内が迷惑をかける』という言葉。その言葉の意味がわかったのは、翌日のことだった。
アメリアに身支度をしてもらい、ソファーで寛いでいたとき、イザベラの来訪があった。
「皇太子殿下は多忙の為、本日は後宮に来訪する予定はございません。」
城に招致されて二日目。ジュードは後日に機会を作るとは言ったけれど、それはまだ先のことのようだ。
イザベラより伝えられ、今日こそはジュードへの失態はしないと意気込んでいた緊張が解けた。
「皇帝陛下ならびに皇后陛下に拝謁する機会はあるのでしょうか。」
国から招致されたのに、そのトップである皇帝陛下と皇后陛下に拝謁しないのは失礼に当たるのではないか。そう考えたのでイザベラに質問したところ、イザベラはにこりと微笑んだ。
「10日後に后候補の令嬢方を集めたパーティーがございます。その際に、拝謁の機会がございます。」
皇帝夫妻とのパーティーという言葉に、ルーナに緊張が戻ってきて背筋がピシッと伸びる。
令嬢方を集めたパーティーということは、その日までに令嬢が後宮に増える予定があるんだろう。
「なら、今日は予定が何もないのね。」
「はい、ごゆるりと後宮にてお過ごしください。」
そう言って、イザベラは部屋を出ていった。
ごゆるりとと言われても、何をすればいいかわからない。
「アメリア、どう過ごせばいいと思う?後宮の設備を案内されたんでしょう?」
建物がでかすぎて、失態を犯した中庭までの道すら、実はよくわかっていない。さすが、実家のベネット男爵家とは規模が違う。
「なら、図書館はいかがでしょう?この部屋から近い場所にありますし、ベネット領にはない書物もたくさんあるかと思います。」
「なら、勉強でもしようかしら。少ない領地でたくさんとれる作物の資料とかあるといいんだけど。」
ルーナは今日の行動を決めると立ち上がり、アメリアに案内を頼んだ。
アメリアの案内で後宮内を歩いていると、人気がなくて虫の声や鳥のさえずりさえ聞こえてくる始末だった。
皇帝夫妻とのパーティーでは、一度帰った令嬢もまたいらっしゃるのかしら。それにしても、なぜ令嬢方はご帰宅を。
いくら考えても理由がわからず首をかしげていると、遥か前方に赤い何かがあるのが見えた。
長い長い廊下の先、遠目で見てもわかる赤。歩いて近づくと、それが人であることがわかった。
長く艶やかな赤い髪、長い睫毛に縁取られたエメラルドのような瞳、ふっくらとした赤い唇。姉のハンナの清楚な美人とは違う、大輪の薔薇のような迫力美人。
新しく来た令嬢かしら。
その迫力美人はルーナの存在に気づくと、まるで獲物を見つけたかのように、ニィと口角をあげた。




