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イザベラが先導するのを、ルーナはしずしずついて行った。
後ろをちらりと振り向けば、イザベラ以外の侍女はてっきり後ろからついてくるものだと思っていたが、いつの間にか姿を消していた。自分の侍女であるアメリアの姿すら、いつの間にかそこになかった。
他の仕事があるのかしら?
そんなことを考えていると置いていかれそうになりら置いていかれないようにひたすらイザベラの後を追い、長い長い回廊を歩く。時々、右に曲がったり左に曲がったりするので流石に覚えられず、ルーナはもはや記憶するのを諦めた。
ひたすら無言で歩いていたけれど、ルーナはなんとなく居心地が悪く辛くなってきており、場を和ますために、イザベラにいくつか質問を投げ掛けた。
「あの…イザベラ。私以外に、候補として来ている方々は、どれくらいいるのかしら?」
軽い世間話のようなつもりだった。イザベラは足を止めると、ルーナの方に振り向いて答えた。
「今は、ルーナ様お一人です。」
「一人だけ……?」
道理で先程から、回廊を歩いていて他の后候補に会わないはずだ。むしろ后候補どころか、他の侍女すら見かけない。
『今は』ということは、これから増える予定はあるんだろう。けれど、ルーナの実家のあるベネット男爵領より、首都に近い場所に住んでいる貴族など山ほどいる。その貴族の令嬢の姿がないのはおかしな話だと思う。ルーナが訝しげな顔をしているのに気づいたのか、イザベラは説明を足した。
「先に来ておられた他の方々は、皆様、お帰りになられました。」
「お帰りにって……そんなにすぐ帰るものなの?」
ルーナもすぐ自領に帰るつもりであったけれど、先に来ていた令嬢と滞在期間が一切被らないのはおかしい。手紙が届く時期は領地の位置によって早かったり遅かったりはあるだろうけれど、まったく同じにならないのはおかしいと思う。ルーナの質問に、イザベラは隙のない笑顔で答えた。
「人によります。」
心の内が表情から読み取れない。これは、何かあるに違いない。ルーナは急にこの場が怖くなり、己の肩を自分で抱き寄せた。
帰りたい……今すぐ帰りたい。
気を取り直してしばらく歩いたところで回廊の壁が途切れ、左手に中庭が見えてきた。
見たこともないような植物が植生しており、その
中央には水が盛大に吹き上げる見事な噴水があり、ルーナは思わず足を止めた。そこは中庭というには広すぎて、広大な領地の公園のようだった。ベネット家の屋敷が全て収まってしまいそうな広さだった。
ベネット家にもかつては噴水があったが、それも100年以上前の豊富に鉱石がとれたときのお話。
地下水を汲み上げてろ過し、吹き上げさせる為には、ワープゲート同様に魔術師によって魔力をこめた鉱石が必要になる。
当時は鉱石は自領の鉱山で賄えばよかったけれど、力をこめる魔術師を雇うにもお金がいる。
鉱石もとれず、お金がない今では、噴水なんて夢のまた夢。
噴水はお金のある貴族の贅沢なのだ。
「イザベラ、ちょっと中庭を見てもいいかしら。少しだけ、少しだけだから!」
ルーナが足を止めて中庭に見とれていたことにイザベラは気づいていたようで、少し先でルーナが歩き出すのを待っていた。
ルーナが中庭を指差すと、イザベラはこくりと頷いた。
「どうぞ、存分に。」
「ありがとう。」
どうせすぐ領地に帰ることになるだろうから、この際、色んな場所を見れるだけ見ておきたい。
礼を言って走り出したくなった気持ちを抑え、ゆっくり噴水に近づく。噴水から飛んでくる飛沫が冷たくて気持ちがいい。
噴水から吹き上げた水が貯まる、岩でできた水槽を身を乗り出して覗くと、そこは意外にも深そうで、水面にルーナが写っているのが見えた。
ルーナが噴水を見ると思い出すのは、祖母に聞いた昔話だ。
『鉱石に力を込める魔術師によっては、噴水の水の味に違いが出るのよ。』
今考えれば、いくら鉱石で浄化しているとはいえ、祖母が噴水の水を飲んでいたことを咎めるべきだったのだと思うけれど、小さな頃は純粋に『噴水の水は飲めるんだー。美味しいのかなー。』と単純に考えていた。
思い出すと、途端に気になって仕方がなくなる。
本当はいけないことだとわかっているけれど、興味の翼が生えたら、羽根を開かずにはいられない。
イザベラに視線をやると、彼女は何故か懸命にこちらを見て、なにか言いたげに口をパクパクしていた。
ルーナはその意味がわからず首を傾げるが、ちょっとだけ…とイザベラに背を向けて、両手で水をすくう。口元に持っていき、その水をゴクリと飲んだ……けれど、冷たいは冷たいが特段美味しいわけではなく、なんだか拍子抜けした。
なんだつまんないと水を覗き込むと、覗きこんだ水面に自分以外の誰かが映り混んでいるのに気づく。
一瞬、イザベラが呼びに来たのかと思ったけれど、それにしては映りこんだ姿は髪が短い。
そういえば、イザベラは何か慌てている様子だった。
意を決して振り向けば、背の高い男性がすぐ後ろでルーナを見下ろしていた。
驚きすぎて、ひっ!と声を出しかけて必死で抑える。
風に揺られる黒い髪、鋭い切れ長の赤い瞳、身体には黒い鎧を纏い、膝裏までの黒いマントを身につけた姿。
デビュタントに参加していないのでその尊顔を拝見したことはないけれど、噂通りの様相。
ジュード・バルカス皇太子殿下。通称、黒皇子だ。
慌てて頭を下げようとしたけれど、驚きのあまり忘れていたが、ルーナはハッと己の姿のひどさに気づいた。
水をすくってビショビショの手、水を飲んだせいで口元もビショビショ、飲んだときの雫でドレスも水が染みている。
どう考えても、皇太子に挨拶するような姿ではない。
ルーナが自分の姿を見下ろして確認し、青ざめながら顔を上げると、可哀想な物を見るような目を向けるジュードと目があった。
ヤバイ、ヤバイ、オワッタ、オワッタ。
今さら遅いとはいえ、なんとか場をごまかさないといけない。
指先で素早く口元をぬぐい、スカートを摘まんで持ち上げ礼をする。その早さは電光石火。
ルーナが礼をすれば、ぶっと何か吹き出す声が聞こえる。少し顔をあげ目線を上にあげれば、皇太子が口元を押さえ、小刻みに震えていた。
穴を掘って埋まりたい。
もう家に帰りたい。
ルーナは泣きたい気持ちを堪え、頭を下げ続けた。




